Hi、レツ!





++とりあえず奴をハチの巣にしてこい++





 また、出た。

 河原にて。豪と二人でマシンを走らせるためスタートラインを描いていた烈は、右手を上げながら陽気に近付いて来たアメリカチームのリーダーを視界に捉え、盛大な溜息を落とした。
「ブレット君、何か用?」
「今日は試合も練習もないんだろう?暇をしてるんだったら一緒に映画でもどうかと思ってな。誘いに来たんだ」
 烈の明らかに社交辞令とわかる愛想のない返答を気にした風もなく、ブレットは自然な動作で馴れ馴れしくも烈の肩に手をかけた。
 烈の眉がピクリと上に跳ね上がる。
 しかしその手を払いのけるより早く、ゴールラインを引きに行っていた豪がブレットの姿を目に止め、ものすごい速さでレツとブレットの間に割って入る。
「ブレット!てめぇー烈兄貴に近付くんじゃねえっっ!!」
「そう怒るなよ、ゴー・セイバ。クールにいこうぜ!」
 お前が言うな。この万年春頭。そして帰れ。
 と正直思ったが、面と向かってストレートに相手を罵るにはミニ四駆と無関係の日頃の烈では理性的すぎた。
 全く弟一人でも手に余るのにどうしてこんなデカイのにまで纏わり付かれなければならないのか。
「大体どうしてここにいるってわかったんだよ?」
 この河原に来るのは前もって決まっていたことじゃない。
 そもそもの発端は学校の帰りに豪が「今日は練習が休みだから久々にコースじゃないところを走りたい」と言い出したからであって、その発言がなければ烈が河原に来ることなんてそうそうありはしない。
 それなのにそこで偶々ブレット君に出会う。
 無理がある。
「愛の力さ」

 無理

 烈は常時被っている帽子を手に取り、裏返して折込部分をぺらりと捲った。
 何かが貼り付いている。
 薄型の、けれど明らかに機械と見てわかる物体。



「科学の力、みたいだね」



 ブレットの頬に冷汗がつたう。
「何だ、これ?!もしかしてトウチョウキってやつかっ?」
「違う!発信機だ!」
 ブレットは、烈の手の中を覗き込みあらぬ嫌疑をかけてくる豪の言葉を即座に否定した。
 盗聴器だと?そんな素晴らしい…じゃなかった。恐ろしい真似はすごくしたいが、できるわけがない。
 自分達はミニ四駆レースで競い合う敵同士。万一スパイ容疑などをかけられたら、出場停止処分にされかねない。
「ふーん発信機…やっぱり仕掛けてたんだ」
 昨日烈は会場でこの男に一度帽子を奪われている。すぐに返してもらったが、あまりにもあっさり戻ってきたのでおかしいな、とは思っていたのだ。
 烈はものすごく白い目でブレットを見つめた。
「ああああああ」

 うぜぇ。

 己の失態に苦悩するブレットを見て、烈は心底そう思った。
「烈兄貴!やっぱこいつ絶対危ねーよ」
 こそこそと耳元で訴えかけてくる弟もどうやら同じ考えのようだった。
 ならば話は早い。
「豪、お前は困ってる兄貴を見捨てるような真似はしないよな?」
「お、おう……もちろんだぜ…」
 しかし返事とは裏腹に豪の声には先ほどまでの覇気はなかった。
 烈は気にせず、ただ一言、言った。
「とりあえず奴をハチの巣にしてこい」
 なにで?!
 ここに来て初めて豪とブレットの心情が一致したのは言うまでもない。
「豪?お兄様の言うことが聞けないのか?」
 にっこり。
 いつもならこのような言い方をされれば必ずと言っていい程反発して兄に食って掛かるところだが、今の兄に逆らおうとするほど弟は命知らずではなかった。
「け、けど烈兄貴……お、オレ道具とか、持ってねえし……」
 それでも一応人命が掛かっているので声を震わしながらも兄に滅多に言わない正論を述べた。しかし。
「道具なんてその辺にいっぱい落ちてるだろ?」
 再びにっこり。
 その視線の先には河原付近では珍しくもない砂利。すなわち、石。
「れ、レツ???」
 さすがに身の危険を感じたブレットがかなりいびつな声を発した。
 しかしそこに火に油を注ぐ存在が飛び降りてきた。文字通り上から。
「レツ、私も協力します!」
 シュタッ、と華麗に着地を決めたのは現在アイゼンヴォルフのリーダーを努めるエーリッヒ。
「エ、エーリッヒ…お前どこから」
 一瞬橋の上から飛び降りたのだろうかと思ったが、よく見ると柵のところから少しロープが垂れていた。
 どうやら途中まではロープで降りて、そこから飛び降りたようだ。
 もしやずっと上から様子を窺っていたのだろうか?というかいつから、どう情報を得てここに?
 怪しさ大爆発だ。
「あれ、エーリッヒ君どうしたの?偶然だね」
「天気が良いので散歩していましたら、偶然ブレットを発見しまして。おせっかいかとは思いましたが、レツがお困りのようでしたので」
 しかしあからさまに不自然な登場をしたエーリッヒに対し、ブレットとは日頃の行いの差か、烈は不信など欠片も見せずただの偶然で済ませた。
 差別だ。
 悲しいかな。ブレットは日頃の自分の行動が、今のエーリッヒと大して変わらないことには気付いていたが、それが烈に免疫を与える原因になったことには気付いていなかった。
 抗議の意味を込めてバイザー越しに睨んだ、そのエーリッヒの手には。
「わ、ワルサー モデルPolizei Pistol Kriminal、通称ワルサーPPK?!」
 小型拳銃。
 MIT主席の優秀な頭脳はこんなときでも冷静に受け入れがたいそれの正式名称を正確に導き出した。
「蜂の巣にするならやはりマシンガンかとは思いましたが、すいません。さすがに持ち込むことはできませんでした」
 心底すまなさそうに肩を落とすエーリッヒは、それなりに無害そうに見えた。
 言っている内容とモノを省けばだが。
「ですがこれでも充分力になれるはずです!」
「ありがとう、エーリッヒ君!」
 がしっとエーリッヒの手を握り込む烈の姿にブレットが状況を忘れて嫉妬の炎を燃やす。
「エーリッヒ、レツから離れろ!!」
 しかしブレットが烈に触れようとしたその瞬間、エーリッヒの眼が光った。
「離れろ害虫」
 パァァンッ
 心臓を狙った正確無比な射撃。
 それはエーリッヒの几帳面な性格を表すかのようだった。
「ってお前はどこの暗殺者だ!」
 さすが腐ってもアストロノーツ。ブレットは冷汗を垂らしながらも紙一重で避けてみせた。
「汚い手でレツに触ろうとするからです」
「汚くない!大体、何だそれは!銃刀法違反だろう?!」
「……これはモデルガンです」
「弾が出てるぞ」
 パン、パンパンパンパンパンパン
「コラッ!やめろ!無言で乱射するな!暴力反……!!」
 エーリッヒによる容赦のない攻撃を素晴らしき反射神経でかわしたブレットはそのまま柱の陰へと転がり込む。
「くそっ、NASAの力を甘くみるなよ」
 しかしブレットもただでやられっぱなしでいる気はない。
 防戦に甘んじるしかない現状に悪態をつきながら、ブレットは懐から何かの機械を取り出した。
 どうやら無線機のようで誰に連絡したのか、必死な表情で何かを訴えかけている。

 エーリッヒは弾切れらしく、一旦銃弾を装填し直すつもりのようだ。
 一方、星場兄弟は暫くの間は白熱する(一方的な)戦いを無言で眺めていたのだが。
「さ、帰るぞ。豪」
 烈の突然の帰宅宣言に弟は目を丸くする。
「え?か、帰るって?兄貴?ほっといていいのか?あれ??」
「いいの、いいの。後はエーリッヒ君が始末をつけてくれるだろうから」
「シマツ、しまつってやばくねーの?」
 具体的には説明できないが、さすがに豪の頭でもそれが何かマズイことであることは理解できた。
「何?お前、これに巻き込まれたいのか?」
 しかしお兄様は「おかしな奴だな?あはは」とかなり爽やかな笑顔で尋ね返してくださった。
「でもさ、兄貴。心配じゃねえの?」
 兄に付く悪い虫とは言え、さすがにブレットが哀れすぎた。
 だから豪は放っておくのはどうだろう、と思ったのだが。
「何言ってんだ?心配してるから言ってるんだよ。エーリッヒ君の腕は信頼してるけど、もしお前に流れ弾が飛んできたりしたら危ないだろ?」
「あ、兄貴……!!」
 ああ、美しき兄弟愛。
「ほら行くぞ、豪。今度はもっと安全なとこで走らせよう」
「おう!!」
 右手にはマグナム、左手には差し出された兄の手。兄弟仲良く手を繋いでその場を離脱する。
 幸せそうに笑う豪の頭には、既に哀れなアメリカンのことなど欠片ほども残っていなかった。
「じゃあエーリッヒ君、またね。後で電話するから」
「はい、お待ちしてます。レツ」
 それを笑顔で見送ったエーリッヒは早めに寄宿舎に戻っておいた方がいいだろう、と判断しブレットの方に向き直る。
 再び河原に乾いた銃撃音が響き渡った。




 兵どもが夢の跡。
 エーリッヒが去った後には、恋に破れ、戦いに破れた男、ブレットただ一人が残された。
「おのれえぇ……エーリッヒ、ゴー・セイバ。今回は勝ちを譲ったが、次こそは必ず奴らに勝利して、レツを落としてみせるぜ……待っていろよ、レツ!!」
 そして彼は今日もまた夕日に向かい、決意を新たにするのだった。




end.

ヒットマンエーリッヒ。ちなみに弾はビービー弾です(間違ってもブレット以外の人間には打ってはいけません・笑)。改造されたワルサーPPKはドイツからの密輸入でしょうか?



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