++三人の一日〜黒〜++





「あいつって何気に黒いよな」
 エンがポツリと呟いた。視線の先にいるのはアキ。
「は?」
坊心の声:(突然何を言ってるんだろう?)
「ぱっと見はそんな風に見えないけどな」
 続けられた言葉を聞き、少し前に自分が同じようなことを言ったのを思い出したシュラは他に思い当たることがなかったので、単純にその話題と結びつけた。
「確かに。意外と黒いよね」
坊:(肌が)
「おお?!なんだ、お前実は気付いてたのか?!」
炎心の声:(あいつが腹黒だってことに)
 二人の思考は既に最初の段階で見事にすれ違っていた。
 ちなみに話題の主はただ今夕飯のカレー製作に熱中していてこちらの会話に気付いている様子はない。
「そんなに驚くこと?僕目はそんなに悪くないと思ってるんだけど」
坊:(100m先が裸眼で見えれば、目は良い方だよね?)
「いや、悪いというか…お前は身近なもんに対しては多少盲目的なとこがあるからな」
炎:(確かに人を見る目はあるんだろうが、気を許した相手に対しては天才的に鈍いとこがあるからな)
「ああ、そういうこと…」
坊:(盲目…ってほどでもないけど、確かに本拠地での無理な書類生活が祟ったのか、細かいのものを見るとき多少乱視入ったりすることもあるんだよね…でも日常生活や戦闘に影響が出るほどじゃないのに何で気付かれたんだろ?)
「何だ?自覚あったんならもうちょい直すよう心がけろよ」
炎:(近しい奴らに対して気を許しちまうのはわかるが、警戒心がなさすぎるのは考えもんなんだよな)
「は?治せっていわれて簡単に治せるものじゃないでしょ?」
坊:(視力なんて)
「まぁそうだな」
炎:(長年染み付いた性質ってのはそうそう変わるもんじゃないしな。それにこいつの前では巧妙に隠してる奴の腹黒さに気付いたくらいだし、そうやいやい言うほどでもないか)
「だよね」
坊:(ああ、びっくりした。納得してくれたみたいでよかった)
 もう一度断っておく。全く咬みあっていない。
「で、話を戻す。あいつはその黒さに関わらず、あまり周りにそれを悟られてない。その理由としてオレはあの面が一役買ってると思うわけだがお前はどう思う?」
炎:(特にこいつの見える範囲では明らかな白バージョンの表情を心がけてやがるし)
「ああ、それは言えるかも」
坊:(アキは綺麗系の顔立ちだから、あんまり日焼けとかしてなさそうに見えるんだよね)
「それにさぁ、仮にもあいつ群島諸国の男だろ?…そこに黒いイメージってのはあんまりないしな」
炎:(どっちかっつーと、南国の海にあるのは豪放磊落とか明けっ広げ、もしくは爽やかなイメージ?)
「え?何言ってるの?海の男は普通黒いじゃないか」
坊:(毎日太陽の下で、しかも南国で帆を操ったりするんだから色黒な人間が多くなるのは当然じゃないか)
「ああ?!普通?!いや、そりゃあいないとは言わないが普通ではないだろ?!」
炎:(群島諸国の海の男が皆腹黒って怖いだろ!)
「一般的だよ。本にもよく書いてあるし」
坊:(物語とかにも海の男の登場シーンで『よく日に焼けた小麦色の肌うんたらかんたら』とかって描写が出てくるもんね)
「本にっっ?!有り得ねぇ!!どっちかっつーと大空的な水色に近い青とかのイメージじゃねぇの?!」
炎:(そ、そんな本みたことないぞ?!世間の輪からはみ出してぼちぼち四十年は経ったが、オレの知らない間に世界の認識はそんなにも変わってしまっていたのか?!←大げさだ)。
「はぁ?!!青色ぉぉっ?!」
坊:(やばいやばいよこの人。青い人間が存在するとか思ってる時点で、どこの国とかいう問題じゃなくなってるよ!おかしいおかしいと思ってはいたけどまさかこんなイくところまでイっちゃってたなんて……)
「けど少しくらいはそういうイメージあるだろ?!」
炎:(うわっっ…そんな可哀想なものを見る目でオレを見ないでくれええ!!やっばりオレが間違ってるのか!そんな目を向けずにはいられないくらい当たり前の話だったとは知らなかったんだ!!)
「一切ない!」
坊:(まだ言う?!相当強く思い込んでるんだ……どうする)
「断言?!」
炎:(きっぱり言い切りやがった……しかし一切ないって、こいつ群島に対してどんだけ悪印象抱いてるんだ?!)
「かの有名な群島諸国のリノ王だって黒いだろう?」
坊:(そうだ、群島の有名人物を出せばいい加減自分が間違ってることもわかるはず!!リノ王の肖像画は有名だもんね。良い感じの日焼け具合に白い歯がキラリって感じで)
「莫迦な、全く気付かなかったぜ……」
炎:(明けっ広げな態度が国民に受けたことで有名なあの王が腹黒だったとは……)
「えー……」
坊:(気付かなかった?つまりリノ王まで青いと思ってたってことなの?まさか、いやもう間違いない。これは頭だけじゃない。目も完全におかしいんだ!エン…人の目を心配してる場合じゃないよ、自分こそ早急に医者に診てもらうべきだよ!!)
 二人は顔を見合わせた。
「貴重な情報をサンキューな」
「どういたしまして」
炎:(世の中まだまだオレの知らない不思議が多く眠ってるもんだな……とにかく群島にそれほど腹黒が多いなら、次に行くときは十分な警戒が必要だな)
坊:(余計なお世話かもしれないけど、今度リュウカン先生に相談してみよう)

 坊ちゃんとエンのコミュニケーションはいつも微妙にずれていて、そして微妙な被害をもたらす。


********


「楽しそうですね」
「アキ」
「げ」
「何を話してたんですか?」
「ああ、それは……ムグっ」
炎:(ば、莫迦!正直に話すんじゃねぇ!殺されるぞ!←重ね重ね大げさ)
「〜っちょっと!苦しい!何わけのわかんないこと言ってんの!日焼けを指摘したくらいでアキが怒るわけないじゃないか!」
「へっ?!日焼け?」
「?何を今更……」
「何だ、またその話ですか。シュラ、まだ日焼けに拘ってるんですか?」
「だってずるくない?」
「昼にも話したじゃないですか。いい加減納得して下さいよ……」
 シュラとアキの間では、どうやら昼に日焼けを巡って何やら会話があったらしい。
 一方エンの方はそれどころではなかった。
炎:(日焼け、日焼け?日焼けだと?!もしかして、いやもしかしなくてもシュラの奴、ずっと日焼けの話をしてたのか?!)
 遅い。とてつもなく遅かった。気付くのが。
炎:(ってことは…シュラの中でさっきの話はどういう解釈をされたんだ?!……いや、考えるな。考えたら多分色々なものを失う気がする)
「まぁ、その話はもう置いておきましょう。そういえばカレーができたんですよ」
 元々夕飯の支度を終えたから呼びに来たのだ。
「あ、ごめん。まだ器出してなかった」
 シュラが一足先にテントの方へ駆けていく。そしてそこには二人だけが残った。
「言っておきますが、リノ王は腹黒ではないですよ」
「そんなことはもうわかってら…………」

 間。

「お前、どっから聞いてた?」
「ずっと聞いてましたよ?」
「おい…『ちなみに話題の主はただ今カレー製作に熱中してこちらの会話に気付いている様子はない』っていうナレーションはどこいったんだよ」
「今更何を言ってるんですか。人を欺くにはまずナレーションから。基本じゃないですか」
「オレはお前のそういうところが腹黒いって言ってるんだよ」
「そういうところってどういうところです?」
「最初からオレが悪口を言ってるのを知っていながら、半端に止めずに気付いてないよう振舞って油断したところにジャブをかましそうなところだよ!」
炎:(オレらの勘違いに気付くくらい会話を聞いといて「何を話してたんですか?」っていかにもな場面インはどうよ?)
「ははぁ、なるほど。なんだか聞いてるとすごく嫌な人間ですね」
「だからそう言ってんだよ。この腹黒男」
「腹黒腹黒うるさいですね。あなたの腹も黒くしてやりましょうか」
小間:(ニヤリ)
炎:(怖っ!!)
「おーい、カレー食べないの?」
「すいません、すぐ行きます」
炎:(なんだその輝かんばかりの笑顔?シュラ、騙されるな。そいつは本当はどん底どす黒い、ニヤリ笑いをする男なんだ、と言ってもお前が信じないことは御見通しだ。従ってオレは何も言わねえ)
 エンも諦めて食卓につく。アキがシュラの隣に座ったので、エンはシュラの前に行く。
「あっ!エン、この丸太使いなよ。地面に座るより楽だよ」
「あ?ああ、さんきゅ……」
 何故かいつものように草の上に腰を下ろそうとしたエンに、シュラが薪集めの際に、座るのにちょうどいい大きさだと自分用に拾ってきた短い丸太を提供してきた。
炎:(何でこいつ今日はこんなに親切なんだ?まぁ、確かに椅子があった方が楽でいいが)
坊:(頭と目にキテるようじゃあ腰も危ないからね。御年寄りは労わらないと)
 シュラの小さな親切大きなお世話を知ることなく、エンはその好意を受けてシュラと席をチェンジする。
 アキがそれぞれの器にカレーをよそう。
「さぁ、食べましょう」
「……おい。なんかオレのカレーだけ黒いんだが」
「さっき言ったでしょう?腹を黒くしてやると」
小間:(ククク)
「おい、シュラ聞いたか?!コレがこいつの本性だぞ!」
「美味しすぎる」
坊:(このカレー)
「また肝心なときに聞いてねぇしよおおおっっ!!」
「そうですね。本当においしいですね」
小間:(彼のポジションは)
「中に何入れたんだ!!」
「早く食べないと冷めますよ?」
「答えろー!!」

 坊ちゃんとアキのコミュニケーションは噛み合っていなくてもスムーズだ……少なくても二人の間では。


********


 もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐ。

 もぐも…………


「こんなもん食えるか―――!!」
 ガッシャ―――――ン!!
 こ、これは伝説のちゃぶ台返し?!と言いたいところだが、生憎ここにはちゃぶ台はない。
 なので今エンがひっくり返したのは例の黒いカレーの入った器だけだ。
炎:(怒らせたのはオレだし、今回は我慢しようかと思ったが……味にも限度がある!)
「てめぇコレはちょっと色々無理が―――――――っっ!!!」
 腹に衝撃。言い切る前にエンは飛んだ。双剣ではなく、棍によって。
炎:(ぐぇっっ!っていうかなんでシュラ??おかしくね??)
「痛ぇじゃねぇか!いきなり何すんだよ、お前は!オレがお前を怒らせるようなことを何かしたか?!」
 普通ここで怒るのはアキのはずである。
 おかげでエンはアキの方にばっかり意識を向けてたため、シュラの一撃を諸にくらってしまっていた。
「した」
「何を?!」
「食べ物を粗末にした」
「そこ?!」
炎:(アキに気を使ってとかそういうことじゃないわけね……)
「っつーか、それだけでオレはこんなにおもっくそ吹っ飛ばされたわけか?」
「それだけ?何を罰当たりなことを…世の中食べ物に困る人が何人いると思うんだ」
 戦争経験者は語る。ああ、なんと説得力のあることか。
「まぁまぁシュラ。落ち着いて下さい。エンも戦争経験者なんですからそのくらいはわかっているはずです。あれはその場の勢いってやつですよ、きっと」
炎:(え?なんでお前が第三者になってんの?)
 しかしシュラはそこに疑問を抱かなかったようだ。アキの介入で我に返ったらしい。
「ごめん、ちょっとやりすぎた」
坊:(ああ、たった今お年寄りは労わらなきゃと思ってたところだったのに、僕もまだまだ未熟)
 ちょっぴり反省の観点はずれていたかもしれないが。
「まぁオレもひっくり返したのは悪かったよ」
 素直に謝罪されて根に持つほど自分は執念深い男ではない。
「しかし本当に痛ぇな」
 未だシクシクと痛む腹に手をやり、シャツを捲ってその箇所の様子を見る。
「わ、本当にすごいことになってる……紫色だ」
 タオル冷やしてくる、とシュラはエンから離れ、すぐ脇の河原へ走っていった。
「いや、この痣はむしろ紫って言うより、赤黒いような…………」
 赤黒い?腹、赤、黒い…………腹…黒?
炎:(はっ!)
小間:(ニヤッ)
 以下シュラに聞こえないよう小声でお贈りしております。
    ↓

炎:(か、確信犯?!お前ここまで読んでやがったのか!!)
小間:(はて、何のことですかね?)
炎:(汚ねぇぞ!報復にシュラまで使うとは!)
小間:(何を人聞きの悪い。俺は何もしていないじゃないですか)
炎:(どの口がそれを言うか!あのクソ不味いカレーは意図的でなくして一体何だって言うんだ!)
小間:(あれは漢方カレーという正式な南国料理です。決して身体に害があるものは入れてませんし、通の間では結構な珍味として人気があるものなんです。)
炎:(な、何だと?)
小間:(不味いと感じるかどうかは人それぞれですから、そんなあやふやな味覚問題を責められても)
炎:(…………)
小間:(それを不味いとひっくり返したのは貴方の勝手であって、そしてそれが食料を無駄にすることが許せないシュラの逆鱗に触れたのはまぁ仕方のないことです。)
炎:(………………)
小間:(その攻撃が腹に当たったのは、たまたま貴方がシュラの前に座ろうとし、たまたま今日はシュラが親切心を出しエンに椅子を譲って、地べたに座ると背負っている長い棍が邪魔になるから今日のシュラは棍を咄嗟に握りやすい真横に置いてしまって、 それでたまたま椅子と地べたでできた二人の高低の差からちょうどよくシュラの棍の繰り出しやすい位置にあなたの腹があって……それだけの話でしょう?それらは決して俺のせいではありませんよね?)
炎:(……………………)
小間:(いや災難ですねぇ、本当に。お気の毒です)
炎:(……………………………)
小間:(でも俺よりあなたの方こそまさに腹の内(胃)も外(痣)も真っ黒ですね。この腹黒男)

 エンとアキのコミュニケーションは噛み合っているが、絶対絆は生まれない。



炎:(寝よう、もう寝て全て忘れちまおう)
 エンはこの日心に決めた。
 こいつの内面領域には二度と深く干渉するまい、と。
小間:(ククク、あれだけで終わった気でいたとは、やはりまだ甘いですね)
 そしてアキは確信した。
 まだまだ自分の方が一枚上手だ、と。
坊:(随分長く話し込んでるな)
 密かに二人の遣り取りを見つめて、会話の内容の聞こえないシュラは安堵した。
 何だかんだ言っても結構二人とも仲が良いみたいだ、と。



 三人は今日も独自の相互理解を深めるのだった。




end.

拍手再録。坊ちゃん天然です。炎が可哀想です。4主は怖いです。三人の共同生活はこんなですが、これでうまくいっているのだと言い張りたいと思います(本当か?)




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