やっかいなこと知っちまったな。





++reason++





 昨日の夕方、自分のもやもやを解決するためにドームへ行ったはずなのに、何故か新たな悩みを拾ってきてしまった。

 しかも他人の分だ。

 好奇心猫を殺す。
 この場合猫は自分だ。

 あー、このことをリーダーに伝えるべきか否か。
 後々のことを考えれば当然知らせておくべきなのだろうが、ブレットが突然烈の悩みにズバリと触れたら、情報源があることは丸わかりになってしまう。
 気付けば、きっと烈は嫌がるだろう。
 レツ・セイバはあれで意外とプライドが高い。
 恋人とは言え、いや恋人でライバルであるからこそ、きっと弱音を吐いたことをブレットに知られれば自己嫌悪に陥るだろう。
 そんな彼の性格を考えれば、やっぱり迂闊に話すのは危ないような気がする。
 それに、勝手に裏で手を回したオレも、ビンタくらいはされるかもしれない。
 烈は見かけは華奢だが、必要な分の筋肉はあるのだろう。攻撃力には定評がある。
 エッジは昔、ブレットが頬を盛大に腫らして帰ってきた日のことを思い出した。
 アレは確か、一週間くらい跡が残ったんだよな。
 エッジはブルリと身を震わせた。
「あー、一体オレにどうしろっつーのよ……」
「何を?」
「いやさー、またもレツ・セイバとリーダーがややこしいことに……」
 って、ん?
 自分へのぼやきから始まった自然な会話にふと違和感が過ぎる。
 オレ、一人だったよな?
「あら、またあの二人に巻き込まれてるの?あんたも懲りないわねぇ」
「ってジョー?!」
 ソファに沈むオレの上に影が落ち、声の主が正体を露にした。
「いつからそこに」
「いつって今さっきよ。何か文句でもあるの?」
「いや、ねえけどさ」
 深く質問されると困ると思ったエッジの歯切れは非常に悪かった。
 その明らかに歓迎しないといった態度に、ジョーの機嫌も低下の一途を辿る。
「ここはチームリビングなんだから人が出入りするのは当たり前でしょう?」
 聞かれて困る悩みがあるなら、プライベートスペースに行けばいいじゃない、とジョーは冷たく、そして尤もな指摘をした。
 しかし、エッジはそもそも一人部屋に篭っていると更に気鬱になるから、人の気配が残る広いリビングにいたのである。
 つまり部屋には戻りたくなく、そして一人で悩むのも既に嫌気が差していた。
「待った、ジョー!」
「何なのよ」
 と思ったときにはもう、部屋に戻ろうとするジョーを引き止めていた。
 ジョーなら口が堅いし、いいよな?
 と思う自分は、やっぱり口が軽いのかもしれない。
 軽く自己嫌悪に陥りつつも「まぁオレ一人じゃあ解決できそうにないし仕方ないよな」とすぐ割り切れる辺りは、エッジの美点と言えなくもないかもしれなかった。





 一通り事情を話し終えると、ジョーは深く深く溜息をついた。
「本当リーダーってそういうとこ駄目よね」
 アイタタタ、と額に手を翳しジョーは「自信過剰男」としばし頭を痛めた。
「仕方ない。私がそれとなくブレットを唆しといてあげるわ」
「大丈夫なのか?!」

 救いの神光臨!!

「レツの元気がないみたいだけど、もしかしたら今後のことで悩んでるんじゃないの。とでも言えばさすがのブレットも気付くでしょう」
 これならレツに「本当はどうしてわかったの?」とか問い詰められてブレットが正直に白状したとしてもエッジの名前は出ないしね。
 オレはこのとき、ジョーの背中に羽が見えた。
「サンクス、ジョー。愛してるぜ!」
「あんたの愛なんていらないわよ。リョウのがあれば充分」
 オレの精一杯の感謝の言葉は、惚気で返された。
 第一回のときには考えられなかった反応だ。
 そりゃま、成長もするわな。あれから一年経ったんだし。
「ジョー、お前変わったな」
「ふふ、そうかもね。でも」
 私だけじゃないと思うけど?
 やけに意味深に笑うジョーの姿に、エッジはリーダーのことか?と言ったら何故か苦笑された。



********



 それから三日ほどして、エッジはGPドームへ向かう道の途中で、再び烈に出くわした。
 しかしあのときとは違って今日の烈は楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いていた。
「レツ・セイバ。今日は随分ご機嫌だな」
「うん。まぁ一応悩み事に決着がついたからね」
「へー、そりゃよかったよかった」

 ………何の気なしに言うから一瞬聞き流しそうになった。

「マジで?!で、どうすんの?」
 にっこり。
「エッジ君には言わない」
「え?」
「おしゃべりな男は嫌われるよ」
 ば、ばれてる…
 何で?!ビンタ来ちゃうか?!
 明日の自分の片頬の末路を思い浮かべ、咄嗟に身構えて顔の前に手をかざす。
 が、衝撃は来なかった。
 恐る恐る指の隙間から烈の方を窺うと、こちらを見つめてくる烈と目が合った。
「でも、今回はありがとうねと感謝しておくよ」
 内緒だと言われたので、烈がどんな決断を下したのかは知らない。
 しかしこの晴れやかな笑顔を見れば、どちらを選んだにしても満足のいく結果が出せたのだろうと思う。
 叶うならばそれが、ブレットにとっても納得のいくものであることを祈る。
「ところでエッジ君、さっきから何やってんの?」
「へ?」
 自らのポーズを改めてみて見る。
 防御体勢。
「あ、いや、何でもない!」
 即座に防御を解いた。
「何でもないって…いきなり変なポーズとるのは明らかに変だよ。もしかして悩みがまだ解決してなくて精神錯乱状態に?」
「いやそこまでネガティブ思考じゃねーから、オレは」
 レツ・セイバは時々そんな感じだが、世間の人々皆がそうだとは思わないで欲しい。
 あれは結構極端な例だと思う。
 まぁそこは置いといて、これで問題はオレの悩みのみに戻ったわけか。
「って、それがわかれば苦労はしねーんだけどな」
「は?」
 わけがわからん、と思ってるな。
 その気持ちはよーくわかる。何故ならオレも同じ気持ちだからな!
「あー、いいいい。気にすんな。そんなことより解決祝いに一つ教えてくれよ」
「何?」
「もっと前にリーダーと別れようとは思わなかったのか?」
 ぶしつけかと思ったが、エッジは聞かずにはいられなかった。
 烈は、あの日、観客席で自分と会うずっと前から悩んでいたんだろう。
 何気なく見た横顔が、目に焼きついて離れない。
 とても痛そうな顔をしていた。
 どうして、何故、もっと早く縁を切ってしまわなかったのだろうか。
 原因を、絶ってしまおうと思わなかったのだろうか。
「まだ言ってるの?」
 エッジの切実な心中に烈は気付かなかったのか、「またからかう気?エッジ君しつこい」と呆れ返った顔をした。
「その答えなら前にちゃんと言ったと思うけど」
 言ったっけ?そもそもそんな質問したか?
 少し前のことを回想してみたが、エッジには覚えがなかった。
「なんで付き合ってるのか、って聞いたじゃないか」
 ああ、確かにニュアンスは同じか。
 しかし。
「言いたくないって拒否しなかったか?」
「その後ちゃんと言ったよ」
 好きじゃなきゃ付き合わないって。



 全くなんでこんなこともう一回言わなきゃなんないんだか…と盛大にしかめっ面を晒しながらも烈は続けた。
「好きだから、だよ。だから別れたくないし、離れるのが寂しい…し、半端な付き合いで後悔も残したくない。と思ったんだよ」
 ああ、そうか。
「おーい、烈兄貴ー!!」
「っとじゃあレース会場でまた。エッジ君の悩みも早く解決するといいね」
 豪が呼ぶ声に、烈はさっと踵を返し、仲間の下へと駆けて行った。
 残されたエッジは顔を片手で覆い隠し、込み上げる笑いを必死で堪えていた。
 はっ…くっだらねえ……!
 たった今、解決しちまったよ。
 消えない苛立ちの理由。

『負けたままでいるのは格好悪い』

 大会への再度の参加を強く希望する仲間達の中で、それが自分なりの再参加の理由だと思っていた。
 それ以外の理由はない、と思っていた。
 しかしまだ勝っても負けてもいないのに、常に胸の中を過ぎっていたざわめき。
 その正体は、


『一抹の寂寥』


 胸元に収められたバッククブレーダーをケース越しに見つめながらエッジはようやく悟った。

 なんだ、オレって意外とミニ四駆が好きだったんだな。

 これが終わったら、バックブレーダーとのレースも終わる。
 解決してみればなんて呆気ない話。単にそれが嫌だっただけなのだ。
 悩む烈の姿に自分を重ねていた。
 烈のブレットへの思いを知ることが、自分の悩みの解決の糸口になることをオレは無意識の内に知っていたのだ。
 多分、認めたくなかった。
 こんなオモチャに真剣になってたってこと。
 ほら、僕ちゃんもこう見えて結構プライド高いから。
 悩みは解決したが、エッジの心情は複雑だ。
 なんつーかレツ・セイバの相手はブレットで、オレの相手はマシンってのはちょっとばかりどうよ?
 ちょびっとテンション落ちる気もするけど。
 それでもまぁ、いいか。
 久々に仰いだ天は雲一つなく、真っ青な空が広がっていた。



********



 その後、何週間かぶりにエッジは晴れやかな気持ちでレース会場に立つことができた。
「調子が戻ったようだな」
 というブレットの言葉に「まかしといてちょーだい」と親指を立てながら、エッジの中で再び悪戯の虫が疼き始めた。
「これも全てレツ・セイバのおかげかなー」
「レツ?なんでお前がレツと…説明しろ」
「やだね。ほら、リーダー。ファイターがお呼びだぜ。さっさとスタート地点に並ばねーと」
 ブレットは未だ恨みがましげな目線を送りながらも渋々ラインへと移動した。
 その後ろをやれやれと肩をすくめながら他のメンバーが追っていく。
 たまには振り回してやるのも悪くない。
 リーダーで憂さを晴らしながら、上機嫌にバックブレーダーに呼びかける。
 飛ばして行こうぜ。ゴー・バックブレーダー
 最後尾にいた為、最後にオレの横をすり抜けたミラーは、オレがマシンに笑いかけているところをまともに見てしまったのか、真ん丸い目をしてこちらを見ていた。
「エッジ……なんか変わった?」
 その言葉に、前を歩いていたジョーが振り返り、くすりと笑みを漏らした。

 ああ、そっか。変わったのは……オレも、か

 それに笑って返しながら、オレもチームの元へ歩き出した。
 好きだから、後悔を残したくない。
 それだけを胸に秘めて、エッジは今日もバックブレーダーと共に全力で走り出した。




end.

エッジも小学生なんだよー、というところを書いてみたかったのですが、小学生??というか随分青春臭い話に。やばい、今猛烈に恥ずかしさが――!無視しよう。
まぁいいよ。そのうちブレット編とか書いて、烈のその後を書けたらいいなぁと思います。



back/top