「ただいまー」
 門の前で八田と別れ、いつもより早く家の扉を潜る。
 返事が無い。
「母さーん?」
 時計をチラリと確認して、五時前。
 まだ買い物、か。
 無音の中、脱いだ靴が落ちる音がやけに大きく響く。
 ま、予想外の定時帰宅だもんなぁ。
 納得しつつも、なんだか肩透かしを食らったような気分だ。
 迎える声のないまま、リビングへと移動して、そのままカバン毎ソファにダイブした。
 静かだな。
 本当に、何の音もない。
 いつもと違う家の空気に、なんとなく落ち着かない気分で特に意味もなく寝返りを打つ。
 やっぱ部活行けばよかった。
 普通なら絶対休まないのに。
 何もすることが無い。
 早くも後悔するが、もう遅い。
 って言っても、拒否できる流れじゃなかったしなぁ。
 朝からの友人の様子を思い出し、目を瞬くこと数回。

 なーんか今日、J君様子変だったんだよね。

 烈が本日何度目になるか、Jへの不信感を抱いた。
 その時。

 プルルルル

 電話?
 呼び出しのベルが、リビングに響き渡った。




++距離6〜二人ver〜++



「もしもし、星場ですが」
「…………」
 誰もいないので、強制的に取った電話は、電波が悪いのか声が遠くてよく聞こえない。
 この感じは、海外からかかってきたときのものに似ている。
 まさかブレットか?
 しかし時間的にはかなり中途半端である。卒の無いアイツが、こんな時間にかけてくるとは思いがたい。
 辛抱強く耳を傾けていると、ようやく声らしい声が聞こえてきた。
「………!!…………っ!……!!」
 どうやら何かしゃべっているらしいが、電話口の相手は相当興奮しているようで、何を言っているのかよく聞き取れない。
 しかし聞き間違えようのないこの声は。
「まさか、豪?」
 相手が判明し、しかしてようやく聞き取れた弟の第一声。
「兄貴!大丈夫か!!?」
「は?何が?」
「何がって、怪我だよ怪我!!」
「はぁ?」
「今日バスケの練習中にチームのヤツと衝突して、卓球台に突っ込んで足折って、頭打って病院に運ばれて重態なんだろ!!?」



「……………は?」
 何言ってんの、こいつ?
 何週間ぶりかの兄弟の初会話。
 そして兄は目を点にした。



 一方弟はと言えば。
「ちゃんと元に戻るんだよな?全くぶつかってきた奴って一体誰だよ!どこに目つけてんだよ!ちゃんと元に戻んだよな!後までコーイショーとかいうのは残ったりしねえよな!?」
「…………」
 兄から何の返事も得られないことで、更に不安が大きくなっていた。
 まさか……
 嫌な想像だけが、リアルに浮かび上がる。
「何で何も言わねーんだよ!」
「いや、何でと言われても」
「何とか言えよ!兄貴!!!」
 頼む!応えてくれ!!



「じゃあ言うけど、豪。普通に考えて、そんな重態の人間が家の電話に普通に出ると思うか?」
「…………へ?」



 そして弟も目を点にした。


「おーい、豪。聞こえたか?」
 兄の暢気な声に、張り詰めていた緊張の糸が切れた。
 言われてみれば。
「何でいんの?」
「無傷だからに決まってるだろ。ちょっと風邪気味だけど、休んだのは部活だけだ」
「…………へ?」
 それって……それってどーいうことだ?
 一時停止する豪。
 そして自分が黙って静かになった部屋に微かな、そして不信な物音が響く。
「押すなよ……」
「兄貴が真ん中陣取りすぎなんだ。もうちょっと端によれよ」
「烈矢君こそ、寝てただけの癖に場所を陣取りすぎでゲス。もうちょっとしゃがんでくれないでゲスか?」
「オラ全然聞こえないダス。誰かいい加減代わるダス」
 つまり、つまりだ……
「〜っ!!お・ま・え・らぁぁぁぁっっ!!!」
「うわあああっ!!」
 ついに全てを悟った豪は、部屋の扉を叩き開けた。
 そして聞き耳を立てていた四人は一気に部屋へと転がり込む。
「だましたな――――っっ!!!」
 そうして四人の下に特大の雷が落ちた。
 そして烈もまた、その叫び声によって、Jに一杯食わされたことを悟った。



 しばらくして、子機に持ち替えミーティングルームから自分の部屋へと場所を移した豪は、ようやく落ち着いて兄との電話に向き合った。
「兄貴…だよな?」
「いや他に誰だよ」
 間抜けだ。
 気を取り直して、会話を仕切りなおそうとする。
 しかし。
「何だよ、なんか言えよ」
「兄貴こそ、今なんか言いかけたんじゃないのかよ」
 …………
 互いに言葉が出てこない。
 居心地の悪い沈黙が流れる。
 …………
 埒が明かない。
 痺れを切らした烈が、ポツリと先陣を切った。
「お前、なんで全然連絡してこなかったんだよ」
「兄貴こそ、初日に電話したのに、折り返してかけてくんなかったじゃねーかよ」
「かけたよ」
「いつ?」
「三日くらい前?」
「遅え。しかも聞いてねえぞ」
「誰も出なかったからな」
「留守電にいれとけよ」
「だって大した用もなかったし」
「それじゃあわかるわけねーだろ?!」
「何、お前もしかして、電話待ってたのか?」
「悪ぃかよ!」
「……ふーん」
 その後何か続くかと思いきや、兄はそこで何故か黙り込んでしまった。
「何だよ」
「いや別に」
 他の人間なら聞き流しただろうが、豪にはわかった。
「何笑ってんだよ」
「笑ってないだろ」
「いーや!何か声が嬉しそうだった」
「気のせいだって」
 絶対、含み笑いしてる。
 しかし理由がよくわからない。
 馬鹿にされたのか、何なのか?
 それがわからず、豪はぶすくれた顔で、兄の笑いが収まるのを只管待ち続けた。



「で?どうした何かあったのか?」
 しばらくして、謎の含み笑いの発作は収まったのか、烈がまともな問いを投げかけた。
「何かあったって決めつけんなよ……何もねーよ、かけさせられただけだ」
「何かなきゃ、藤吉君やJ君が、こんな騙まし討ちみたいな真似するはずないだろ?」
「あのな兄貴、誰がリーダーだと思ってんだよ」
「お前に決まってる。指名したのは僕なんだから忘れるはずないだろ」
「だったら」
「だから言ったんだよ」
「おれってそんなに信用ねえ?」
「お前は自信もって迷惑かけてないって言えるのか?アノ結果で」
 現在日本の成績はオーディンズ・フランスにニ連敗。豪自身の成績は元々怪しかったチームランニングを真っ先に崩した上での第一位とコースアウトでの最下位。
「うっ、兄貴なんで知ってんの…」
「どうせお前は試合結果くらいしか報告しないだろうからって、藤吉君が試合のビデオを毎回こっちに送ってくれてるんだよ」
 豪が受話器を持って走る音がする。
 ドアをぶち破る音の後、「てめぇ藤吉!兄貴には言うなって言っただろうが!」とか喚いている声が聞こえた。
 というかこいつ本気で試合状況を隠せると思ってたのか。
 いくらTVが映らないといっても土屋博士がいるんだから、例え藤吉君達に口止めしてもJ君からもれることくらい予想がつくだろうに。
 藤吉君への制裁は後回しにすることにしたのか、豪が戻ってきた。
「わりぃ。もっとうまくやれると思ってたんだけど、実際やってみたらそーでもなくてさ。チームをまとめるのって、大変なんだな……」
「そうだ。でも大変だからっていい加減なことはするなよ。二郎丸君もこれまでずっと僕達をサポートしてきたとは言え、正式には初参加だし、豪樹君と烈矢君にいたっては正真正銘、全部が初めてのことなんだから、ちゃんと気にかけてやんないと駄目だぞ」
 やっぱり今までわかってなかったのか。
 烈はなんだかがっかりしたが、それでもこれも豪にしては進歩だと思いなおすことにした。
 プラス思考、プラス思考。
「そーなんだけど、あいつらも結構我が道を行きやがるからさぁ。二郎丸は口うるせーし、豪樹はまだいーんだけど烈矢はちっとも言うこと聞かねーし……それに」
「それに?」
 豪が続きを中々話さない。
 痺れを切らして問い質そうとしたその時、ようやく口を開いた。
「…………チームランニングがうまくいかねぇ」
「はぁ?」
 しかし紡がれた言葉はなんともいいがたいもの。
 それが言い淀むことだろうか?
 というか。
「そんなのいつものことじゃないか」
 何を今更悩んでいるのかと少々呆れの気持ちすら湧く。
「違う!今回は特にひどくて、しかも原因が……!って、ああっっ!!?」
 やべ、言っちまった!!
 豪の慌てる気配。
「……兄貴、今の」
「聞こえた」
 受話器越しでも、この上なく、はっきりと聞こえた。
「どうやら一番言いたくなかったことはそこじゃないらしいな」
 豪が沈黙する。
「はぁ。言いたくないなら言わなくてもいいけど、放置したままでちゃんと解決できるんだろうな?ほっといて負けが混んでも、そんなの言い訳にはなんないんだからな」
 今度は向こうで豪が溜息をつく。
「わかった。話す」
 そして僕はかつてのレースが与えている意外なる弊害の存在を知った。



 しかし話を聞き終えて僕がまず感じたことはと言えば。
 困惑
 確かにその話は僕だってショックだ。けれど逆に言えば、それなら既に解決策が用意されているということだ。
 僕には豪が何を悩んでいるのかさっぱりわからなかった。


「代えたのに、よくならなかったのか?」
「いや、違う」
 話が通じてない。
 兄の困惑を感じ取り、豪はまたも怒りの念が湧いてくるのを感じた。
「よくなったのに、何がダメなんだ?」
「そうじゃなくて、代えるのを考えさせてくれって言ったんだよ!!」
 ああ!もう!!
 イライラする!!!
 尚も首を傾げる兄の姿が簡単に想像できて、思わず怒鳴った。
 しばしの沈黙。

「…………はぁ?」

 返ってきたのは尚も兄貴の『わけわからん』といった風な、二度目の呆れ声。

 プチッ

「っだー、もう!!一回でわかれよ!代えてねぇっつってんの!だってGPチップだぜ!?あれにはおれ達の今までの走りが全部詰まってんだ!なのに土屋博士も藤吉もミハエルも全然わかってくんねー!代えろって言われてそう簡単にホイホイ変えられるわけねーじゃん!!兄貴だってそう思うだろ?!!!」
 そして豪は切れた。
 これまでの歯切れの悪さを振り切って、堰を切ったようにしゃべりちらした。



「話はわかった」
 大きく息を吸う。
「おお、わかって」
「わけあるかぁぁぁぁっっ!!!っっこっんのっっっ馬鹿!!」
「…………へ?」
「へ?じゃない!!!馬鹿ゴー!!このトーヘンボク!!!」
「なあああああ?!!!何だよ!!何でいきなりんなこと言われなきゃなんないんだよ!!」
「バカじゃなきゃオタンコナスだ!!アンポンタンだ!!!」
 以前から馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかった!!
 烈もまた、ここのところ溜まっていた鬱憤全てを晴らす勢いで怒り狂った。
「だ、黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!バカ兄貴!!!」
「馬鹿はどっちだよ!!」
「何だよ!何でわかってくんねーんだよ!!兄貴は口惜しくねーのかよ!おれ達の走りが否定されたんだぞ!!」
 わかってない。豪は全くわかってない。
「違うだろ?否定してるのはお前の方だ!」
「否定してるのは周りの奴らだろ!今のレースじゃ通用しないって言われたんだぞ!!」
「僕達の走りは僕達のものだ。今のお前達の走りに混ざりきるわけないだろうが!!」

「!!!!」

「二郎丸君や豪樹君、烈矢君の走りは全くの別物だ。それを僕らのときと比べて、あまつさえ同じにしようなんて失礼にもほどがある」
 彼らには彼らの走りがあるのに。
「僕達の走りを押し付けたらかわいそうだ!彼らも、マシンも!!」
「……マシン、も?」
「そうだ。確かにGPチップは大事だ。走りを記憶する人間の脳みたいなものだってのも、まぁ正しいと思う」
 豪の言ってることはわかる。
 僕だってそれを言われれば、一筋縄には納得できないかもしれない。
「でも、それが全てじゃないだろ?」
 初めてミニ四駆を買ってもらったあの頃。
「僕達には、最初マシンしかなかった。マシンだけでスタートして、それからマシンは何度も傷ついて、その度生まれ変わって、時には後も残らなかったことさえあった」
 初代マグナム、ソニック。
「それでも僕達は知っていたはずだ。マシンにだって魂があることを」
 溶岩に消えたあの時の衝撃は、今も薄れることはない。
「GPチップが外れても、ボディが変わっても僕達がそれを忘れない限り、記憶も走りもずっと受け継がれてる」
 そうだろ、豪。
「GJCのときも、お前はGPチップを外して走った。あの時の気持ち、もう忘れたのか?」



「兄貴ってリーダーみてえ」
「うおい」
 "みたい"じゃなくて、れっきとした前リーダーだっつーの。
 声のトーンの低さで、受話器越しにも兄のはっきりとした不機嫌さが伝わってくる。
「お前、喧嘩売ってんのか」
 人がせっかく真面目に話したというのにお前は……
 再び説教が始まりそうな予感がして、すぐにそれを遮った。
「そうじゃねえよ。おれ今まで自分がどうしたいか、どう思うか、とか自分のことしか考えてなかった。前みたいにしようとすることで、豪樹達がどう感じてるかとか、そういう風に考えたことなかったんだ」
 よくよく考えてみれば本当にひどいことをしていた。
 それは俺が『自分達の走りを否定されている』と感じたのと同じ事を、豪樹達にも思わせていたということなのだ。
 自分がそんなことをされたら当然腹が立つ。
 それを、気付かない内に、何度も、何度もやらせようとしてた。
 そしてマシンにも。
 ライトニングマグナムもずっと悲鳴を上げていたのに。
 前とは違う新しい走りの中で、変わろうにも変われず、慣れようにも慣れられず、戻ろうにも戻れず、ずっともがき苦しんで、限界を訴えていたのに。

 俺はそれを見ないフリをした。



 変わって欲しくなかった。
 変わりたくなかった。
 だって――あのチームの走りが好きだったから。



 ずっと同じでいたかっただけなんだ。
 同じでいることは悪いことじゃない。
 でも
 おれはそこで止まっちまった。
 自分のワガママで、マシンの成長も、チームの成長も、妨げてた。

 おれサイテーだ。



「……わかってるよ」
「へ?」
 あまりにタイムリーな返答に、まさか最低を肯定されたのかと思って更に豪はへこみかけた。
「そんなめちゃくちゃ落ち込まなくても、周りはお前にそんなつもりなかったことくらいちゃんとわかってくれてるっつってんだよ」
「え?」
「お前の気持ちもわかるから、周りも黙って待っててくれたんだろ?いい仲間に恵まれたんだから、大事にしろよ」
 そっか。
 それで、いいのか。
 豪は言われて初めて気付いた。
 皆文句を言いながらも、何一つ豪に強制はしなかったことに。
 前のチームと今のチームが違うように、リーダーだっておれと兄貴ではやり方が違う。
 おれはおれなりのやり方で、仲間を、マシンを大事にする。
 それだけで、いいんだ。



「やっぱすげぇリーダーだよ、兄貴は」
 突然黙り込んだと思ったら、今度は突然の褒め言葉。
 正直言って、素直な褒め言葉を口にする豪はとてつもなく気持ち悪い。
 鳥肌を立てながらも、その真剣な口調から冗談を口にする場面でないことを悟る。
「そうでもないよ。僕だって最初の頃は自分のことで手一杯だったしさ。リーダーなんてやれてなかったよ」
「そうだっけ?」
「そーだよ。お前には兄貴として色々言ってたからそう感じなかっただけさ」
 リーダーなんてやるもんじゃない。
 何度そう思ったことかわからない。それでもいずれは慣れる。
 今となってはいい経験をしたと思えるくらいには。
「大丈夫、リーダーなんてやってればその内勝手がわかってくんだから、今はそこんとこは気にせずお前の走りをしろ」
「んなもんは当たり前だろ?リーダーになったからって走りのスタイルを変えたりするわきゃねーじゃん。兄貴じゃあるまいし、そんな初歩的なとこに戻ったりしねーよ」
「ご・お?あの頃一番俺に苦労かけさせたくせに偉そうに言ってんな。前任者の忠告には素直に頷け」
「へーへー、わるうござんした」
 全く。
「豪」
「ん?」
「楽しめよ」
 お前にとっても、それが最後になるんだから。
「……わかってるさ」
 次は、もうない。
 豪だって、それはわかってる。
 だから僕もそれ以上は言わなかった。
 そして真面目な話は終わったとばかりに、豪が声のトーンをいつも通りに跳ね上げた。
「あ、そーだ。卒業式には俺と藤吉は一旦帰るからよ」
「うん。試合は大丈夫なのか?」
「おお、こっちも休日になんねーから試合は入らねえ。でさ、兄貴もそっから春休みだろ?」
「ああ、翌日終了式だけあるけどそれが終われば休みだ」
「おれらが向こう戻るとき、一回三人でこっち来いよ。藤吉がチケットとってやるって言ってっから頼んどいた」
「お前また藤吉君にたかるような真似を」
「あっちがぜひそうしろって言ってんだから、いーじゃん。ミハエルも会いたいっつてるしさ、何より」
「何より?」
「試合、見てくれよ」
 おれ達で作り上げる、新しいビクトリーズを。
「……わかった。二人の都合も聞いとく」
「約束だぞ」
「ああ」
「兄貴」
「何だよ?まだ何かあるのか?」
「いや」
 豪は言いにくそうに一旦どもって、その後電話口で小さく、本当に小さく呟いた。

「負けんな、俺も頑張る」

 プツ

 そしてすぐ電話は切れた。


 なんだ。
 やっとわかった。

 そして、僕は目が覚めた気がした。

 兄貴がいなくてもやっていける。
 僕は豪に、そう言われるのが怖かった。
「なんだ、そんな簡単なことだったんだ」
 たったそれだけで、電話の一つもかけられなくなっていたなんて。
 今思えばとんだ御笑い種だ。
 ブラコンと笑われても仕方ない。


 僕達は今とても離れてる。
 頑張ってることも違うし、立ってる場所も違う。
 それでも



 僕達はいつだって最大で、最高のライバルじゃないか。



「負けんな、か」
 生意気言いやがって。
 僕はなんだかんだ言いながらも豪の電話を待っていた。
 豪が行き詰まって、いずれは僕を頼って電話をかけてくることを内心期待していた。
 そしてそのとき、他の色んなものに囚われて、相談に乗ってやれなくなることを懸念していた。
 けれど、僕は豪を少々過小評価しすぎていたようだ。
 TVを点け、デッキに入れっぱなしになっていたテープを再生する。
『行っけー!!!』
 相変わらずカーブであっても、ちっともスピードを緩めることなくハイスピードで突っ込んでいく豪の姿。
 変わってないな、と思う。
 けれどその後ちゃんと後ろを振り返り『遅れてんじゃねーぞ、お前ら!』と叱咤する様には、新たなリーダーとしての少しの成長を感じて。

 僕も負けてはいられないな。

 もう一度子機を手に取り、ある人物の番号をプッシュした。
「もしもし星場ですが…あっ、八田?」
『どうした、さっきの今で何かあったのか?』
「この間の話、まだ有効かな?」



********


「「「「で?」」」」
 ミーティングルームに子機を戻しにいくと、部屋に入った瞬間、四人全員が群がってきた。
「…………今日から俺と藤吉のGPチップは代える」
「「「「おお!!!」」」」
 期待に輝く四対の目の威力に押され、豪は兄と話してようやく得た答えを四人に伝えた。
 しかし全員顔に出すぎていて不愉快だ。
 全員揃って、「さすが烈」と顔に書いてあるのがとてつもなくムカつく。
 尚も不機嫌顔になりながらも、世話をかけた自覚はあるので、話の内容を続けて聞かせた。
「それから兄貴、休み始まったらこっち来るってさ」
「烈君、OKしてくれたでゲスか?!」
「おお。ちゃんと二人にも伝えとくってよ」
「やったダスー!オラの勇姿を兄ちゃんに見てもらえるダス」
「へー、あの三人こっちに来るのか?」
「勝負」
「おい、烈矢!誰彼構わず勝負吹っかけんなよ」
「お前らもっと他に言うことねーのかよ?」
「「「「何が?」」」」
「このヤロウ……」
 開き直りやがって……!
「ま、嘘も方便。塞翁が馬。災い転じて福となす。結果オーライでゲスよ。豪君」
 ホッホッホッ!!
 さっきまで恐る恐る遠巻きにしていた四人は、もう全員全く気を遣っている様子がない。
 どうやらうまく言ったことで、騙していた罪悪感などどこか遠くへ飛んでいってしまったらしい。

 なんつー、元金な奴らだ。

 けど。

 こーいう風にいつも能天気に騒いでるのが、おれ達には合ってるのかもな。
 豪は久々にモヤモヤのない、晴れやかな気持ちになれた気がした。
「でも大丈夫なのか。あっちも色々忙しそうだぞ?」
 机の上には早速Jから送られてきた自分達の近況を知らせる手紙と数枚の写真が広げられていた。
「かもな。けど約束したし」
 写真の束の一番上には、ユニフォームを着た烈が力強くシュートを決めた場面が大きく映し出されていた。
 俺も兄貴に負けないように頑張んないとな。
「だからこそ……みっともない試合はできねえ。今から特訓だ!」



 絶対負けねぇ!!!
 絶対負けない!!!



 遠く離れた地で、兄弟はいつものように揃って拳を天高く振り上げた。




end.

星場兄弟、成長話。ついに完結!初めての離れ離れ。お互いの立ち位置の差に、戸惑う二人を書いてきましたが、結局のところ、『二人はどこにいたって兄弟で、ライバルで、お互い絶対にいらなくなることはないのさ!』ってことなんです。それを伝える為だけにかき始め、やっとこ。なんとか周囲のキャラも程ほどには埋めれたかなぁ、と思うので満足です。長い話でしたが、最後まで読んでいただいてありがとうございました!!



back/top