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「次の対戦まで後5日」 壁に掛けられたカレンダーにバツ印を書き込む。 猶予は、もうない。 「何らかの手を講じる必要がありそうでゲスな」 いまやビクトリーズの参謀となった人物は、物憂げな表情で電話を睨みつけた。 |
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++距離5〜見守る者達ver〜++
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藤吉君から電話があったのは昨夜遅くのことだった。 「少しぶりでゲス。J君」 「藤吉君?確かに少しぶりだけど、突然どうしたの?」 向こうへ行ってから全く交流がなかったわけではないけれど、大体の連絡はメールや土屋博士を介してのことだったので、直接電話を受けるのはこれが初めてのことだった。 「こんな時間にすまんでゲス。用、というほどのものではないんでゲスが、その」 なんだか随分歯切れが悪い。いつもテンポ良く話す藤吉君らしくない。 「烈君はどうしてるでゲス?」 「烈君?」 その上、回りくどい。 てっきりチームの不調に関する相談だと思っていたから、意外な名前を出された僕は頭に疑問符を飛ばした。 烈君に相談したいならば、僕に電話をかける必要はないし、様子に関しても同様だ。 「何で僕に聞くの?」 「あ、えー、そのでゲスな、」 やっぱり。 「豪君に何かあった?」 「……J君は相変わらず察しがよすぎるでゲス」 一拍置いて、藤吉は諦めたかのように一つ溜息を漏らした。 「なるほど」 藤吉君からドイツに着いてからこれまでのチームの内情について色々なことを聞いた。 新しいチームの空気は決して悪くはなかったこと。 それに反して、成績が伸びないことから最近は言い争いが絶えないこと。 チームランニングがうまくいかない原因がGPチップにあること。 解決するにはGPチップを代えるしかないこと。 元々その手の懸念はあった為、既にニュータイプのGPチップは開発され済みであること。 けれどリーダーである豪君がそれを渋っていること。 そして。 「烈君へ相談するのも頑なに拒んでいる、と」 「そうなんでゲス。どうやら様子を見ていると、烈君と連絡を取っている様子もないようでゲスし」 なんとなく、わかる。 『おれ、頑張るからな!!』 豪君は、烈君に知られたくないのだ。 烈君から引き継いだリーダーを立派に務めて、胸を張りたいんだろう。 でも最初から全部が全部うまくできるとは思えない。 烈君だってリーダーのことで、ものすごく頭を悩ませて、毎日すごく疲れていた。 それに、豪君は特に烈君のことをリーダーとしてより、レーサーとして見ようとする傾向が強かった。 だから豪君からしてみれば、そういう相談を持ちかけること自体がピンと来ないのかもしれない。 でも僕からしてみれば、それはすごく損だと思う。 もちろんレーサーとしての烈君も本当だったけど、あの頃リーダーとして誰より苦悩して、チーム全体のことを思っていたのも、やはり烈君だった。 相談して解決できることはきっとあるはずなのに。 全くどうしてあの兄弟は。 「兄弟共に頑固でゲスからね……」 どうやら事態は結構深刻らしい。 「やっぱり烈君と話をしてもらう必要があるってこと?」 でも確かに烈君も変なのだ。 溜息ばっかりついてるし、どこか上の空だ。 烈君の性質上絶対に気になっているはずなのに、出立してからこれまでその手のことを口にしているところを見たことがない。 あからさまにWGPや豪君の話題を避けている。 中々に手強そうだ。 「休日練習は明日が最後でゲス」 「GPチップを入れ替えるにしても、明日の練習を開始する前に決意してもらわないと来週の試合にはとても間に合わないってこと?」 「そうでゲス。もう話すなら明日しかないでゲス。けどそのためには烈君には早く家に帰ってもらう必要があるんでゲス」 「でも烈君はよっぽどのことがない限り部活を休んだりはしないと思うよ」 前回の試合のこともあって、来年のレギュラー入りがほぼ決定してるらしい。 次の試合も近い。 従って烈君は今、とてつもなく練習に燃えている。 それは難しいと思うけど。 「でげしょうな。じゃ、頼むでゲス」 「うん……………って、へ!?僕がやるの!?」 「当たり前でゲス。J君以外他に誰がやるんでゲス?」 「ちょっ、そんなこと言われたって世の中にはできることとできないことが」 「こっちももう後がないんでゲス!断られても困るでゲス!!」 真面目で責任感の強い烈君を、休ませる。 この時期に? 特に理由もなく? 僕に? 「無理!!!!!!」 「とにかく明日17時!ワテらはなんとしても豪君に電話をかけさせるでゲスから、J君はどんなことをしてでも!!その時間に烈君が家にいるように仕向けるでゲス!!頼んだでゲスよ!!!」 「ちょっ、待って、藤吉君!!僕まだいいって……っ!!」 ブチッ ツーツーツー 「ちょっとおぉぉぉ!!!!」 ******** まだ結構なボリュームで声が漏れている電話を、藤吉は無常にも断ち切った。 「すまんでゲス、J君。作戦には犠牲がつきものなんでゲス」 くっ、と悔やむように腕で目頭を擦りつつ、しかし次の瞬間にはもう顔に悔やみの「く」の字もなかった。 「というわけで問題は一つ解決したでゲス」 「お前、鬼ダスか」 「失礼でゲスな。仕事は適材適所、分担作業がもっとも効率がいいというだけの話でゲスよ」 「でもさぁ、それっていくら烈が家にいても、結局は豪が家に電話かけなきゃ意味ねーんじゃん」 「その辺はちゃーんと考えてあるでゲス」 「考えダスか?」 「烈君はともかく、単純な豪君の行動を操作するくらい、この三国藤吉には朝飯前!赤子の手を捻るより造作もないことでゲス」 「さすが、せこい技を考えさせたら日本一ダス!」 胸を反り返らせる藤吉に、二郎丸が心からの賞賛を送る。 「え?そーなのか?」 「やるな」 そして豪樹は『えー』という顔で、烈矢は『ちょっと見直した』という顔で、それぞれ藤吉に注目した。 思わぬところでチーム団結の危機に、藤吉は冷汗を垂らした。 「二郎丸君。不名誉な発言は控えてほしいでゲス」 「褒めたつもりだったダス」 「余計に気まずいでゲス」 「何か昔セコイことでもしたのか?」 「それ以上追求しないでほしいでゲス」 興味津々に聞いてくる烈矢の視線をかわし、無理やり話を元に戻す。 「とにかく!今からその話をするでゲスから、皆にも協力してほしいでゲス」 ホニョホニョホニョホニョ 「…………という風に言えば、確実に電話をかけるはずでゲス」 「おおー」 「なるほど」 「でも普通に考えたらばれないダスか?」 単純に感心する豪樹達とは違い、二郎丸は穴だらけの作戦に心配の意を示した。 「そこはワテらの演技の見せ所でゲス」 「あんまり自信ないダス」 「代わってやろうか?」 唯一役目らしい役目を振られなかった烈矢が名乗り出たが、二郎丸は一度烈矢と視線を合わせ、何かを思い起こすようにしばし斜め上の方に視線を移すこと数秒。 「やっぱりオラがやるダス……」 何かを諦めたように返事を返した。 「? 何だ?代わってやると言ってるのに、変な奴」 「いや、それで正解だって」 烈矢に演技なんて、小器用なことを求めてはいけない。 兄は二郎丸と藤吉の選択は正しい、とうんうん頷いた。 「烈矢君は豪君に会わないように寝ててくれるだけで充分でゲスから」 その説明に烈矢はいまだ憮然とした顔をしていたが、今はそれに構っている場合でもない。 「それでは、明日九時!プランX発動でゲス!!」 「おー!!!」 こっちはこれでOKでゲス。 J君、そっちは頼んだでゲス。 ******** 「おはよー」 「おやよう」 爽やかな朝に交わされる、爽やかな挨拶。 いつも通りの晴れやかな光景の中、ただ一人。 憂鬱げに溜息を繰り返す人物がいた。 Jである。 その空間一部だけが、まるで御通夜のよう。 周りもなんとなくその空気を感じ取っているようで、誰もが気遣って近付いてこない。 どうしよう。 Jは悩んでいた。 やるしかないのはわかっているのだが、問題はどうやってそれを決行したらいいのかさっぱりアイディアが思いついていないことなのだ。 結局、昨日藤吉からの頼みを断れず、というか掛けなおしても電話に出てもらえず、連絡のつかないまま今日という日が来てしまっただけの話であるが。 ズルズルと学校に来てしまったことを、Jは早くも後悔していた。 具体的にどれくらいかというと。 あああ。何で今日は学校なんだろう?どうして今日は大雨じゃなかったんだろう?警報が出ててくれれば、いや、突然謎の風邪大流行でもいい。ああ、こんなときこそ謎の覆面レーサー集団でも出てきて学校乗っ取りとかしてくれたらよかったのに。この際大神博士でもいいよ。というかいっそのこと僕がやるか?っていうかもうそれだったら僕が風邪でよくない?そうしようかな。あ、考えたらなんか頭痛い気がしてきた。アタマイタイアタマイタイアタマイタイ。先生、早退していいですか。ん?だったら僕じゃなくて烈君が風邪ひけばもっと手っ取り早いんじゃない?水とかかけたら風邪ひくかな?ひくよね?いや待って待って。それは人道的にどうなの?烈君は大事な友達じゃないか。いや友達じゃなくても駄目だけど。って何考えてるんだ僕は。 といったくらいの壊れぶりであった。 しかしこうしていつまでも現実逃避していても埒が明かない。 結局自分はビクトリーズを見捨てることなどできはしないし、豪君も烈君も心配なのだ。 ならばどうしたって、今日のチャンスを見逃せるはずはない。 どうにかしなきゃってのはわかってるんだけどなぁ。 こうしてる間にも、烈が朝練を終え、教室に入ってくる時間は刻一刻と迫っている。 ああ、本当に烈君、今日風邪ひいててくれないかな…… Jが再び非人道的な方向に走りそうになる。 そして、ついにそのときはやって来た。 「おはよー」 来た―――――っっ!!! Jは瞬間的に自分が大量の汗をかくのを感じた。 どうするどうするどうする???? もはや完全に挙動不審となっているJよりも先に、戸口近くにいた八田が烈に話しかけた。 否応なしにその会話が耳に届いてくる。 「よう、烈」 「あ、八田。おはよー」 「あれ?お前、今日ちょっと声変じゃないか?」 「ええ?そんな違う?」 「いや、そう気になるほどじゃないが、お前いつも無駄に声通るからな。若干、掠れてるような気がしただけだ」 「鋭いなー、八田は。キャプテン達は気付かなかったんだけどな」 「ってことは、やっぱりどうかしたのか?」 「んー、全く大したことはないんだけどね……ちょっと風邪気味かなぁって」 キタ―――――っっ!!! 神様ありがとう!! Jは今、自分の元に天の啓示が下った気がした。 そしてJは立ち上がり、ゆっくりと烈に歩み寄った。 「烈君、大丈夫なの?」 「あ、J君。もしかして聞こえた?」 「うん。風邪なんでしょ?」 「まぁ、本当ちょっとだけね。熱もないし、寒気もないし、鼻も出ない。ちょっと喉がいがらいくらいで」 「おいおい、それじゃあ風邪ですらないだろう」 「だから、風邪じゃなくて気味、だよ」 「なるほどな。つまり授業も受けれるし、部活もできる。全然大丈夫ということか」 「そいうこと」 「駄目だよ」 あはははは、と和やかな烈と八田の笑い声が止まる。 「駄目だよ、烈君。風邪気味なのに、部活なんていっちゃあ」 何故だろうか? Jらしい、至極最もな心配のはずなのに、何故か今日は冷気らしきものを感じる気がする。 妙な気配を感じ取った烈と八田の表情が微かに強張る。 「で、でもJ君。本当になんでもないんだ。全くつらくないし」 「駄目」 「でも試合近い」 「駄目。絶対、駄目」 「いやでもな、J。これは風邪というより単に乾燥のせいという可能せ」 「八田君。烈君が風邪悪化させて入院してもいいの」 見かねた八田が烈へと助け舟を出そうとしたが、即座に切り捨てられた。 「ええ!?いやそこまで悪化することは滅多にないと思うけ」 「甘あああああああああああああい!!」 Jの叫びが教室、いや学校中に木霊した。 「甘い、甘すぎるよ、烈君、八田君!風邪だからってねぇ!嘗めてかかると痛い目を見るよ!寒気はブリザード、鼻は象さんシャワー級に垂れ、もしくは酸欠、喉は苦い御薬百個分を一気に飲み干したの如くいがらく、痛みはまるで千本の針が突き刺さったかのような!!そんな苦しみが烈君を襲ったらどうするんだい!!?」 「いや、あの」 「それは、どうかと」 「どうするんだい!!!!」 Jはもう一度、恫喝、いや心配した。 「えっと…………放課後、休むよ。部活」 「本当!?そうしたほうがいいよ!絶対!!!」 「う、うん」 「そ、そうだな。昨今の風邪は、怖いしな」 は、ははははは。 烈と八田の乾いた笑いが虚しく教室に響く。 よかった。 Jは教室の異様な雰囲気など一筋も気にすることなく、ただ無事任務を完了できたことに安堵した。 これでこっちの舞台は整った。 後は豪君だけだ。大丈夫かな、藤吉君達。 自らの苦難を思い返し、Jは遥か遠くで同じく難任務に励む友人を思いやった。 ******** 「やっぱり自信ないダスよ」 「大丈夫でゲス、二郎丸君。君はやればできる人間でゲス」 「でも」 「この話が烈君じゃなくて、リョウ君だと思うでゲス」 「兄ちゃーんっっ!!すぐ行くダスーっっ!!」 「大丈夫そうでゲスな。じゃ、行くでゲス」 そして藤吉は目の前のドアをブチ開けた。 「豪君、大変でゲス!!」 「んぁあ?」 「暢気に寝てる場合じゃないダスよ!」 まだ布団の中にいた豪は、突然の叫び声によって安眠を妨げられた。 「何だよ、藤吉、二郎丸まで……おれはまだ眠ぃーんだよ」 眠気眼を擦りながら時計を見て、予定の時間よりまだ早いことを確認した豪は、すぐさまもう一度布団を引っかぶって寝なおそうとした。 「寝るなーっっ!!!でゲス!!!」 すかさず藤吉が布団を引っぺがした。 「だから何すんだよ!!」 「烈君が怪我をしたでゲス」 「………………え?」 まだ起き抜けで、正常に言葉が頭に行き渡らない。 豪は最初、何かの聞き間違いだと思った。 「今、何てった?兄貴が、何だって……?」 知らず声が震える。 「さっき電話がかかって来たんダス」 「バスケの練習中に、チームメイトと衝突したそうでゲス。運悪く隣が組み立て式の卓球台置き場で」 「どう、なった、って……?」 「その下敷きになったそうでゲス」 嘘だ。 豪は目の前が真っ暗になったような気がした。 そんなこと、まさかそんなことあるわけが。 「どーしたんだ?朝っぱらから騒いで」 動けない豪に追い討ちをかけるように、何も知らない豪樹が部屋へと姿を現した。 「豪樹君、驚かないで聞いて欲しいでゲス」 「何だよ、深刻な顔して」 「真面目野郎が、烈が、大怪我したダス」 豪樹が黙って目を見開く。 「それって……めちゃくちゃやばいじゃんか……それで?具合はどうなんだ?」 「命に別状はないでゲス」 その言葉に、豪は我知らず少し安堵した。 しかし。 「でも利き足を骨折、それから頭を強く打ったらしくて、まだ意識が戻らないんでゲス」 「じゃあやっぱり大変じゃんか!何のんびりしてんだよっ!家族の危機だぞ!豪、とにかくお前は早く日本に帰んないと駄目だろっ!!」 夢のような話が情報を与えられることで、どんどん現実になっていく。 豪樹の恫喝に豪がピクリと反応した。 「とりあえず俺は烈矢にもこのこと伝えてくる!」 「オラは土屋博士に伝えてくるダス!」 二人は息をつく間もなく部屋を飛び出していく。 「ワテは今すぐ日本行きのチケットを手配してくるでゲス。荷物は後でどうとでもするでゲスから、豪君はまず早急に!一刻も早く!家と連絡を取るでゲス!!」 指示だけを残し、藤吉も部屋を飛び出していく。 部屋に一人残され、否応無く現実になっていくとんでもない事態に、豪の血の気はどんどん引いて行く。 嘘だろ、嘘だろ!烈兄貴!!! そして次の瞬間には、豪はもう廊下へと飛び出していた。 「豪の奴、すごい勢いで走ってったけどホントによかったのか?」 隣の部屋から様子を伺うように、豪樹がひょっこり顔だけを廊下に覘かせた。 「なんか気の毒になってきたダス……」 豪がミーティングルームに入ったことを確認した二郎丸も、角からこっそり姿を現す。 「悪いことをしている気分、でゲスか?」 そして最後に藤吉が降りかけた階段を再び上り、二人を伺うように覗き見た。 「まぁ、なぁ?」 「さっきの慌てようを見てるとちょっとダス……」 一度は賛成した手前、二人は何とも気まずそうにお互い顔を見合わせた。 「それでいいんでゲス」 「え?」 しかし藤吉はそんな二人を責めることなく、頷いた。 「気の毒?悪い?大いに結構でゲス。ワテは、そのつもりでこの作戦を決めたでゲス」 「どういうことダス?」 「ワテらはチームでゲス。誰かが悩んでいたら、時に心を鬼にして、コズルイ手を使っても手を差し伸べ支える」 「それが、仲間ってもんなんでゲス」 「藤吉、お前輝いてるダス……」 藤吉の信念を持った言葉に、二郎丸は深く感動した。 豪樹も共感するように、黙って藤吉の弁に相槌を打った。 そしてその後、ある事実を藤吉に告げた。 「なぁ」 「なんでゲス、豪樹君?」 「烈矢ホントに寝てんだけど」 んで全く起きねんだけど。 「殴って連れて来るでゲス」 「……もしかして、それも心を鬼にして手を差し伸べるってことなのか?」 「もちろんでゲス」 「何か違う気がするダス」 こうして賽は投げられた。 後は運を天に任せるのみ。 |
| to be continue… |
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周りで画策、もとい暗躍する人達。星場兄弟は頑固なので、支えてくれる周りの仲間達の力も大きいのです、というアピールです。 |