「うわ!何だ、今の鳴き声」
 テクテクテクテクテクテクテクテク
「でかいカブト虫に、げぇ、芋虫までいる」
 タッタッタッタッタッタッタッタッ
「本当に気味が悪いな」
 ザッザッザッザッザッザッザッザッ
「化け物が出るかも」
 ガッガッガッガッガッガッガッガッ
「それとも」
 ピタッ


 クルリ
「ハワード」
「な、何だよ」




「う・る・さ・い」
 ニッコリ



 僕は只今大変、不機嫌です。





++子守りって大変だ++





 ハワードといるようになってそれほど時が経ったわけではないが、彼について確実にわかったことが一つある。

 ハワードは、うるさい。

 森を川沿いに行くと決めて歩き始めてから、まだ一刻と経っていないわけだが、その間ハワードはほぼ絶え間なく、しゃべっている。
 もちろん特に言っても身のない発言ばかりである。
 しかも一々尤も過ぎて、ちっとも場が和まない。
 まぁ普段なら僕だってそんなことくらいで怒ったりしないよ。

 昔はともかく。

 けど如何せんここは謎に包まれた危険かもしれない森。
 おそらく非戦闘員であろう三人の子守りを任されつつ、この森を観察したい身の上である。
 神経を張り巡らせて、すごーく集中したい状況下にある。
 ってのに、真後ろでブツブツブツブツと。
 温厚な僕でも「ええ加減にせんか、ごらあ」って気にもなるよ。本当。
 僕が心の中で、悪態をついている間に、しばらく固まっていたハワードがようやく復活した。
「う、うるさいってお前」
「自業自得でしょ、ハワード」
 ハワードがたじろぐ様を見て、ルナとベルは呆れたように顔を見合わせていた。
 ちょっと地を出しすぎたかなー、と思ったけれど、ルナやベルには動じた様子はなさそうだ。
 どうやら二人も同じことを思っていたらしく、僕の冷たい物言いに違和感は抱かなかったらしい。
 それに二人は前を歩いてたから、僕の表情オーラその他諸々は見えなかったはずだしね。
「こんなところで騒ぐのは体力の無駄よ」
「というか、あまり大きな声を出すと、その化け物が寄ってくるかもしれないよ」
 何か言い返そうとしたハワードだったが、それを聞いて慌てて己の口を塞いだ。
 でかした、ベル。
 これでしばらくは静かになる。


 しかし、ハワードじゃないけど、本当にここは気味が悪い。
 植物、昆虫全てが大きいことは異常と言えば異常なのだろうが、僕にとってはそれほど問題ではない。
 だってモンスターって大体そうだ。
 むしろ襲ってこない分、「ここの奴らは大人しいなぁ」とか思うくらいだ。
 そう、問題なのはそこじゃない。少なくとも目に見える範囲ではおかしなところは見受けられない。
 では何が?と言えば、それは目に見えないところ。つまり感覚的な話になってくる。
 端的に言ってしまえば、微妙に体が軽いのに、動きが鈍い。
 以前、この森に来たときにも思った。
 ここに来ると、わずかに、ほんのわずかにだが、そんな気がするのだ。
 僕はアキみたいに剣術一本、一点の乱れもなく技を極める域にまで達しているわけではない。
 かと言って、エンみたいに成人しているわけではないから、鍛えに鍛えて完成された体を作ることもできない。

 その代わりに僕が目指したのは、完全なる体の制御だった。

 0コンマ数秒の誤差も出さず、人ができる反応領域のギリギリ限界まで極めること。

 全ての神経の働きを把握し、自分の思い通りに働かせること。

 それが僕の目指したことだった。
 そしてそれは現在ほぼ成功範囲に達していた。
 はずなのだが、いつもは頭の天辺から足の爪先まで完全に行き渡っているはずの制御が今、安定を欠いている。

 これはあんまり良くない傾向だ。
 一つが安定を失うと、他のバランスも崩れて、感覚が鈍ってしまう。
 謎も冒険も嫌いではないんだけど、フォローもなしのこういう色々枷のある状況は、ちょっとストレスを感じてしまう。
 あの連れならどんな状況でもこういう謎を純粋に喜ぶんだろうな。

『おぉっしゃぁあっっ!!やったろーじゃねえかっっ!!!』

 羨ましい奴。
 あー、しかし本当気持ち悪い。
 とか取り留めないことを思っていたら、ドシンドシンと足音が聞こえてきた。
「皆、隠れて!!」
 ルナの言葉に従いながらも、僕は若干深刻に頭を悩ませる。
 うわー、やっぱ鈍ってるな。
 さっきの滝もそうだけど、こんなに音が近くなるまで、モンスターの存在にも気付かないとか。
 自分のペースが崩されるのは、昔から嫌いなのに。


「く、来るな!」
「やめて!」
 ああ、また揉めてる。
 僕はゆっくり考えたいんだけど、カオルに頼まれてる手前二人を放置しとくわけにもいかない。
 と思って見てみれば。
 どうやらルナの制止を振り切って、ハワードが弓を放とうとしてるらしい。
 …………これは放っておいてもいいだろう。
 僕はハワードのすぐ隣にいたから、彼から弓を取り上げるのは簡単だったけど、別段止めようとはしなかった。
 何でって?





 だって、飛ばないと思う。





 しかし予測とは得てしてこういう場面で、人の期待を大きく裏切ったりすると、僕は忘れていた。



 シュッ

 ……………………え?飛んだ?


 ザシュッ


 え?


「あ、当たったぞ!」




 こ、



 ここここここっっ





 っこんっっっの、馬鹿ハワード!!





 どーしてこんなときだけ当てるんだよ!空気読めよっっ!!!




 ギロリ



 イノシシは完璧に僕らの存在に気付いた。
「木に登るんだ!!」
「わかった!」
 チィッ、面倒な!!
 心の中で思いっきり舌打ちしながら、三人に指示を出す。
 ベルとルナはすばやくスルスルと木に登っていく。
「ほらっ、ハワードも!手伸ばして!!」
「お、おぅうわああああああああああ」
 だから何でそこで足を滑らすんだよ、君は!!
 イノシシが木へと突進してくる。
 くそっ、間に合えっ!!!

 ヒュッ

「ハワード!!」
 二人人の叫び声が重なった。







「た、すかった?」
「い、生きてた……」
 ベルの発言でわかるとおり、ハワードは腰を抜かしてはいたが、無事原型のままそこにいた。
 な、なんとか間に合った。
「逃げるわよっ!!」
 安堵するのも束の間。
 イノシシは気絶したわけではない。
 何気に一早く現実に立ち返ったルナが木から飛び降りる。
 女は強しだね。
 ベルに続いて木から飛び降り、ハワードを引き摺り起こして僕もその場から駆け出した。
「くっそぉ、後もうちょっとで仕留められたのに」
 まだ言うか。
「止めてって言ったのに打つからこんなことになったのよ!」
 本当に全くその通りだ。
 僕がイノシシの進行方向をずらすのに成功してなかったら、確実にお陀仏だったんだけど。



 咄嗟に懐から放った飛刀は、見事イノシシの右足を捉えていた。
 突然右足に痛みが走れば、重心は反射的に左へ傾く。
 勢いがあればあるほど、咄嗟の重心の変化は進行方向に大きく影響する。
 ギリギリのところで、ハワードの直撃コースからは外れたわけだ。
「でもあの威力なら当たれば倒せたぜ」
 馬鹿にしてんのか。あんなデカブツを弓一本で倒せるか。
「うん。確かにさっきの矢は力強かった」
「もう、ベルまでそんなこと言って」
 そうだそうだ。ベル、ハワードを調子付かせるんじゃない。
 次も助けて上げられるとは限らないんだから。



 実は、ハワード達は気付いてないが、本当に紙一重だったのである。
 竹でできた小さな飛刀では、どのくらい方向をずらせるか僕は全く確信が無かった。
 つまりハワードが無傷でいる可能性は正直言って限りなく……
 ってゆーか、運がよかっただけだ。



 悪運の強い奴。

 僕は心のハワード観察メモに、また一つ見解を付け足した。

 +要注意、と。



 しかし自分で言うのもなんだけど、本当見事な命中率だった。
 長く飛刀の教師であったクレオに感謝しよう。

 つらつらと考えながら走っていると、再びルナから指示が飛んだ。
「こっちよ!!」
「ええ?!」
 急なターン。
 何でいきなりそんな確信に満ちた感じに?僕がぼうっとしてる間にまた何かあったのだろうか。
 わからないまま走り続けるとそこは行き止まり。
「行き止まりじゃないか!何がこっちだよ!」
 ハワードの非難も何のその。
 ルナは怯むことなくこう言った。
「飛び降りるのよ!」
「ええええ?!」
 それって結構最終手段だと思う。
 それに僕はいいけど、ちょっと皆には厳しいような気が。
「とか思ってる間に行っちゃってるし?」
 ルナは躊躇うことなく崖下に飛び降り、ベルもまたルナの言葉を疑うことなくそれに続いた。



 ええっと、僕は皆のこと結構都会っ子だと思ってたんだけど、そうでもないのだろうか。
 最近の子は、随分度胸があるものだ。それとも単に恐怖に疎いのか。
 まぁそんなことでうんうん唸っている場合でもない。
 ハワードはさすがに躊躇っているが、どうすべきか。
 ここには丸め込みやすいハワードしかいないし、このままワイルドボーもどきを倒してもいいような気もするけど、僕は無駄な殺傷は好まない。
 ここじゃあ金にもなんないし…じゃなかった。どっちみちルナ達を追いかけなきゃなんないわけだし。



 仕方ないか。
「ってわけでさっさと行ってね」

 ドン

「っておいいいいいいっっ!!」
 うわあああああああ


 ハワードの悲鳴をBGMに、どうやって勢いを殺そうかなーとか考えてたら、何かルナ達がボヨンボヨンと弾んでいるのが視界に入った。

不思議な光景…………じゃなくてどいうこと??

とか思ってる間に先に行かせたハワードが大きな葉っぱの上に落ち、ルナ達と同じようにボヨンと弾んだ。
 続いて僕も。
 ボヨンボヨンと葉っぱを飛び越え、飛び乗りやがて地上に着地した。
 …………本当にわけがわからない。

「もういや、こんな生活!!」
 お、たまには良いこというね、ハワード。
 やっぱ子守りって僕には向いてないもんなー。

「ここまでくれば大丈夫よ」
「うん」
「だよね」
「この森絶対変だ」
「確かにそうね」
「崖を飛び降りるときからだが軽くなった気がしたの」
「俺もそう思った」
 この森はどうなってるんだろう。
 うーん、としばし皆で一斉に頭を悩ませることしばし。


 ………………へらり。


 同じようなタイミングで、今度は一斉に顔を上げて見合わせ苦笑。

 うん、わかんないよね。やっぱ。
「そうだ、ハワード。これ。危うく猪の前に置き去りにしてしまうところだったよ」
 気分を変えようと思ってのことだったんだろうけど、笑顔で弓を差し出すベルをハワードは一瞬ギロリと睨みつけ、ベルの手から弓を毟り取った。
「ふん、余計なことをっっ」
「ハワード、そんな言い方ないでしょう!」
 あ、また揉め事な気配。
「お前ら心の内ではおれのこと弱虫だと思ってんだろ」

 …………え?

 そこ今更?

「そんなこと」

 うん、そんなこと皆わかってるよ。

「どうせ俺は弓もろくに引けない弱虫だよ」

 自覚が出て来て結構なことじゃないか、ハッハッハッ。

 とか言わないくらいの空気は読める年です。



 しかし……。
 微妙な空気が立ち込めるのは別に構わないけど、いつまでこんな半端なところで立ち尽くしてるつもりなんだろうか。
 僕的には、色々ゆっくり考えたいこともでてきたので、早くもっと視界の良い安全そうな場所に移動したいところなんだけどなー。
「そろそろ野宿できる場所探さない?」
 待っていても誰も言ってくれなかったので、自ら提案してみる。
 「そうだね」と頷きつつも、ベルもルナも動こうとしないハワードを気遣って、行動を起こせないでいる。



 うーん、どうせすぐ機嫌直すんだからほっておけばいいのに。
 溜息一つ。
 僕は、こっそり石を拾ってハワードの背後の茂みを狙って投げつけた。
 ガササ
 音に驚いたハワードは「ひえええっっ!!」と気の抜ける悲鳴を上げて、瞬時にルナとベルの腕を掴み駆けていった。
 ああ僕って親切。



********



 結局運よく、岩場で洞穴を発見し、そこで野宿することになった。
 夜も更けて、ベルとハワードは昼間のことで疲れたのか、ぐっすりと眠っているようだった。
 僕も考えたいことはある程度は整理した。
 ならいつまでも起きている必要はない。
 明日のことを考えれば早く眠った方がいい。
 だから早く眠らなければ、れば、れば、ならないってのに。
 隣の草のベッドは空っぽのまま。

 ……………………ああもうっ!!

 岩の上に一人延々と蹲っているルナの背を見てしまえば、動かないわけにはいかなかった。
「ルナ、眠れないの?」
「ええ、シュラも」
 考え込んでいるのかと思いきや、近づく僕の存在にはちゃんと気付いていたらしい。
 結構鋭い子なのかもしれない。
「まぁね。ちょっと神経が高ぶっちゃって」
「色々あったものね」
 それっきりルナは何も話そうとせず、ただ静かに月を眺めている。
「ルナ」
「何?」
「帰りたいの?」
 ルナにとっては意外だったのか、虚を衝かれたような顔をした。
 あれ?外したかな。
「そうね。帰りたい。でも」
 そこで言葉を切ると、徐にこちらに話を振られた。
「シュラ、貴方、家族は?」
 心配してるんじゃないの?と、続けられ今度は僕の方こそ虚を衝かれた顔をしてしまった。
 家族。
 なんだか懐かしい言葉だと、思ってしまった。
「もう、いないから」
 そんな自分に苦笑しながら、僕が正直な答えを返すと、「ごめんなさい」とルナが気まずげに謝った。
 でも謝ることは何もないのだ。
 自分にとってはもう随分昔のことなのだから。
 珍しくも昔を思い出し感慨に耽っていると、ルナがぽつりと言葉を落とした。
「でも、私と同じね」
 同じ?
 ということは。
「ルナも?」
「ええ」
「そっか」
「うん」
 そうだったのか。
 なんとなくその事実は僕の中にストンと落ちた。
 同情しているのか、されているのか、互いに言葉はなかったから何を考えているのかはわからない。
 どちらにしても、こうやって静かに想いを馳せられるのはほんの少しの時間だけなのだ。

「もう寝よう。明日も早い」
「うん。でも一個だけ言わせて」
 立ち上がった僕を、ルナが引き止めた。
「何?」
「今日は、本当にありがとうね」
 これ、と言って手の中のリュックサックを掲げて見せた。
 あ。
「パパの形見だったから、とても大切だったの。とっても」

 形見……

 笑うルナの顔はとても優しくて、嬉しそうで、きっと父親のことが本当に好きだったんだろうと、わかった。
 だから僕は。
「どういたしまして」
 甘い、か。
 僕が君くらいの時期は、それでもきっと物より命だと言っただろう。
 命より、価値のあるものなんてない。
 そんな時代だった。

 今でも戦場でなら、きっと同じことを思うだろう。
 けど、ここはそうじゃない。
 だからだ、こんな簡単に無謀を許容するのは。
 だってそうでなければ。

「シュラ?」
「え?」
 そこで思考は中断された。
「大丈夫?」
 目に入ったのは心配そうなルナの顔。
「大丈夫だよ」
 ああ、やっぱり自分には子守りは向いていない。

『全く貴方はいくつになっても本当に世話が焼けますね』

 本当に。

 そう言いながらもいつも楽しそうに笑っていたもう一人の連れも、改めてすごいと思う。
 けど、すごいと思うだけじゃあ、ここでは駄目なのだろう。

 まだ幼いけれど、皆を気遣って引っ張っているルナ。
 不思議と心が穏やかになっていくのを感じる。
 言葉は自然に出た。
「だから本当にもう寝なよ。遅くまで起きてると、身体に負担だよ」
「ありがと。それじゃ、もう寝るね」
 ここにいる彼女達には、特別な力も、守ってくれる人もいなくて。
 しっかりしてても、うっかりしてても、皆平等に寂しくて、心細いのだ。
 だったらやっぱり僕も、たまには年長者として、穏やかに誰かを見守ってみようか。

 あんまり柄じゃないけど……努力はしてみよう。





「おやすみ、ルナ」

 良い夢を。






to be continue…

坊ちゃんは子守りが苦手です。何故ならいつもは世話される方、だって坊ちゃんだもの(笑)。まぁ全く世話を焼いたことをないわけではありませんが、大抵は手荒くやってOKな相手でしたので、あまり気遣いはして来なかったようです。でもそろそろ本当いい歳ですからね、もう少し寛容に生きましょうね。という話でした。しかし話進まん。



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