普通にするって意外と大変だ





++東の森へ行ってみよう++





「よっと!」
 ザクッザクッ
 現在、僕らは畑仕事に精を出している。
 あれから親交を深めた僕は数日に一度彼らの元を訪れていた。
 ある日、皆のところを訪ねていったら数名が人に向けて鍬を振りかざしていた。
 何事?!
 最初はかなりびびったが、安定的な食料の確保に向けて畑を耕すことにしたのだと聞いてすぐに納得した。
 振りかざしていたのは完成品の鍬の精度を確かめているところだったらしい。
 紛らわしい。
 まぁそれは置いておいて、慣れない畑仕事に苦戦する彼らを見るに見かねて、その日以来僕は数日を毎日に変え、ここで畑仕事を手伝うことにした。
 やー、しかし畑仕事なんて何年ぶりだろう。
「シンゴ、どうしたの?」
「何でもないよ」
 どうでもいい物思いにふけっていると隣からそんな会話が聞こえてきた。
 いつも元気なシンゴらしくない、覇気のない返事。
 違和感を感じて振り返って見れば、なんだかひどく疲れたような顔をしていた。
 顔色があまりよくない。ちゃんと休んでいるのだろうか?
 よし、ここは年長者の僕が一肌脱いであげよう。
「ああー、腰にきた!というわけでそろそろ終わりにしない?」
 もちろん、嘘だ。これくらいで堪えるほど柔ではない。
 少々古典的で業とらしすぎた気もするが、ここではハワードがよくこの手を使っているので皆あまり違和感は感じなかったようだ。
 自然な流れで畑仕事は一旦の休息を迎えた。
「そうだな。今日は大分はかどった」
「シュラ、いつも手伝ってくれてありがとう」
「いやいや、僕もお裾分けしてもらう予定だからね。当然だよ」
 あつかましいと思うなかれ。
 僕だってちゃんと採れた食料のお裾分けをしている。
「今日も夕飯の用意してあるから食べて行ってね」
「やー助かるよ」
 だからあつかましくないってば!
 鋤を担ぎながらじと目を向けてくるカオルを、そういう訴えを込めた笑顔で牽制した。



 そして始まった夕食の席で、ついにそんな平凡な日々に転機のときが訪れた。
「私、東の森へ行ってみようと思うの」
 ルナの突然の宣言。
 正直驚いた。東の森に興味を抱いているのは僕だけだと思っていたからだ。
 東の森に魔力に似た不可思議な力を感じ取った僕は、魔法の力などと縁の無いルナがどうして森に行きたいなどと言い出したのかがわからず、所々適度に相槌を打ちながら、そ知らぬ顔でその先に耳を傾けた。
 そして更に驚く。
 ルナは、この星に来てから時々謎の声が聞こえるらしい。
 他の皆にはそれは聞こえないらしくて、頭の中に直接響くのだと言う。
 そして今回その声が東の森へと呼んでいるというのだ。
 探検しに行こうと盛り上がる皆の声を聞き流しながら、僕は自分の思考に没頭する。
 頭に直接響く声?
 それってかなりすごいことなんじゃないだろうか?
 僕も時々そういうことがあるけど、それは紋章の声だったり、魔術師の友人からのテレパシーだったり、そういう道具を解してだったり、とにかく高い魔力が絡まなければ不可能な事象だ。
 なんというかこれまで普通に放置しておいていい問題ではないような気がするんだけど。
 そもそもどうしてルナにしか聞こえないのか、何故呼んでいるのか誰も疑問に思ったりしないのだろうか。
 そう思って周囲に耳を傾けてみれば。
「弱虫は留守番してたらいいさ」
「ほならお前は留守番やな」
「僕は行く。弱虫なんかじゃないさ」
「俺も行くよ」
「ベルが言ってくれるなら安心ね」
「どういう意味だよ」
「そういう意味や」
 なんて軽い漫才しか聞こえてこなかった。
 やり込められて悔しそうにするハワードを他所にチャコはそっぽを向いて口笛を吹いている。
 本当、器用なネコボルトだなぁ。
 ってそれはどうでもよくって、やっぱり誰が行くかで揉めている彼らを見ている限りではそんなことは誰も問題視していないようだった。
 最近の子どもって意外と豪胆?それとも僕が細かいんだろうか?
 年をとると頭が固くなるって言うしな…ああやだやだ。
 あれ?また思考が逸れてる?
 なんて思ってる間に探索メンバーは決定したらしく、次はルートについての話し合いが始まっていた。
「東の森は深い。筏を作って河から行った方がいいかもしれないな」
「あ、それは賛成。この辺りから東の森へ行こうとしたら深い崖にぶつかるよ」
 地図を睨みながら唸るカオルに、僕も協力してアドバイスする。
「じゃあ河のルートで。筏は竹を使えばなんとか作れそうだ」
 僕が地図に「この辺りは確実に通れないと思う」と書き込んだ印を見て、ベルも賛同の意を示した。
「ありがとう、みんな」
 これでなんとか東の森へと行く目処が立った。
 ルナがお礼を述べた後、チラリと心配そうにシンゴに視線を止めた。
 確かに今のシンゴを放っておくのはまずいような気がする。
 様子がおかしいことに唯一確実に気付いているルナがいなくなってシンゴは大丈夫だろうか?
 実はこっそり東の森へ行く三人の後をつけようと思っていた僕だったが、シンゴのあまりの生気のなさに残るべきかどうか逡巡する。
 そのとき、カオルが何故か僕の名前を呼んだ。
「シュラ」
「何?」
「お前も森についていってやってくれないか?」
「え?」
 かなり意外なカオルの提案。
 信用されてないと思っていたのだが、実はそうでもなかったのだろうか。
「お前の投げナイフの腕は役に立つだろう」
 あ、そういうことね。
 別に完全に信用したわけじゃないけど、取り敢えず自分達に危害を加える意味はないだろうからその点だけは信用して、 これからも僕が隣人としてよろしくするつもりなら態度で示して見せろってことか。
 そういうことならシンゴのことは別の誰かに頼んで堂々と付いて行こうかな、と思ったのだが了承の声はメノリとルナによって遮られた。
「確かにあの腕は捨てがたいが」
「そうね。もし近距離で突然モンスターが襲ってきたりしたらやっぱり危ないんじゃないかしら」
 これは…もしかして僕ってまだか弱げな人に見られてる?
 そういやこないだも熊を素手で倒したとき、エンに「お前相変わらず見た目が中身を裏切ってんな」って言われたっけ。
 まぁでもあえて誤解を解く必要はないかもしれない。
 下手に力があることがばれていつ迎えが来ていなくなるかもしれない僕を頼りきりにされるのも困るし、それにカオルみたいに変に警戒されたらちょっと寂しいしね。
「大丈夫。僕結構見た目が中身を…じゃなかった。結構スピードには自信あるから危なくなったら速攻距離をとるよ」
「そう?じゃあ一緒に来てもらってもいいかしら」
「了解」
 なのでまたも適当に誤魔化しておくことにした。
 カオル、そんなに睨まなくても危なくなったらちゃんと手を貸すってば。
 その後は「遠距離攻撃なら僕一人で充分だろう」というハワードを「まあ二人で頑張ればいいじゃない」と宥めながら楽しく食事を続けた。


********


 翌日、筏作りが始まった。
 と言っても全員が筏作りばかりするわけにもいかないから実際中心となって動いたのはベルとルナで。
 残りのメンバーは、カオルは狩り、シャアラは保存食製作、メノリ・シンゴ・チャコは畑仕事といういつも通り食事の確保を行っていた。
 では僕は何をしていたかというとハワードと一緒に武器作りに勤しんでいた。
 ナイフの数には限りがあるし、刃こぼれしたりしたら大変だからね。
 棍を使えば必要ないんだろうけど、僕の今の肩書きは投刀士だからやっぱりそれらしい武器も持っておかないと。
 シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ
 竹を一身に削る。削る。削る。ものすごい勢いで薄く、鋭くなっていく竹。
 そのとき隣に座っていたハワードがギョッと目を見開く気配がした。
 何に驚いているのか、と視線を辿ればそこにあったのはいつの間にか大量生産されたミニ竹ナイフの山。
 ……………ううむ。
 普通の少年は短時間でこんな鬼のように竹を削ったりしないかもしれない。
 いきなり設定を覆しそうだ。取り敢えず笑って誤魔化してみる。
「ちょっと作りすぎちゃったかな。あはははは」
「作りすぎっていうかお前これは」
「ははははは何かなハワードおっとうっかり削りすぎて竹が折れてしまった」
「いやお前今素手で思いっきり」
「はははは余計なことは言わないように気にしないようにでないとうっかり違うものまで圧し折ってしまうかもしれないよははははは」
「よく見たら丁度いい量でした」
「だよね」
 よしよし、なんとか誤魔化しきれたようだ。
 ハワードが単純で助かった。
 設定が無事保ててホッとした僕は気を取り直して会話を再開した。
「で、ハワードは何を作ってるの?弓?」
「あ、ああ。まあな」
 ハワードの手の中を覗いてみればそれはもう既に弓の形になっていた。
 声音も表情も若干まだ強張っている。
「おおすごい。ハワードって結構器用なんだね」
「そ、そうか?」
 ちょっと表情が緩んだ。
「うんそう。前からちょっとずつ削ってたとは言え、本当に手作りしちゃうなんて。これはもうあれだね。弓作りの天才?」
「僕が、天才?」
 耳がピクリと動いた。後もう一押し。
「そうそう。ハワード天才!さぞかし狩りの腕前もすごいんだろうなー。見たいなー」
「し」
 し?
「しっかたないなあ!そこまで言うんなら見せてやるよ、僕の天才的な弓の腕前ってやつをさ!」
 その口調はもう完璧に滑らかだった。
 本っ当に単純だねハワードは。
 意気揚々と矢を背負って梯子へと向かうハワードを尻目に、僕は多量の竹ナイフを二本の竹筒の中にささっと閉まってその後を追っていった。



 家の前ではまだシャアラとメノリがそれぞれ黙々と作業を続けていた。
 カオル達も、まだ帰っていないようだ。
 あれ、シンゴはどこに行ったんだろう?
 首を傾げて辺りを見回したところ、家のある木の反対側で誰かが身じろぎする気配がした。
 休憩中なのかな、と様子を見に行こうとしたところでハワードに呼ばれた。
「おいシュラ、ちゃんと見とけよな」
「ごめんごめん」
 そういえば弓の腕前を見せてもらうところだったんだった。
 確かに一緒に森に入る身の上としてはハワードがどの程度戦力になるのか見極めておく必要があった。
「じゃあ行くぞ!」
「うん」
「どりゃっ!」
 バビョン
 ……………………………
「あれ?お、おかしいなー?よし、もう一回!」
 バビョボン
 下手だ。
「だめか」
「あ」
 肩を落とすハワードの向こうに二つの人影を発見した。ルナとベルだ。
「へ?」
 丁度筏作りを終えて帰ってきたらしい。二人はハワードの弓の腕前というやつをまともに見てしまったらしい。
 一同向き合って一時停止している。
 気まずい沈黙。
「や、やあ!おかえり!」
「あ、た、ただいまー!弓できたのねー」
「あ、あんまりできはよくなかったかなー」
 あははははははは
 表面的に朗らかに笑う三人だったが、その頬には見落とせない一筋の冷汗が伝っていた。
 取り敢えずハワードの弓は戦力から外しておこう。



 そんなこんなで準備は整い、数日後ついに旅立ちのときがやって来た。
「じゃあこれ、二日分の食料が入ってるから」
「ありがとうシャアラ」
「気をつけてね。シュラも怖い生き物と有ったらすぐ逃げて」
「うん。そうするー」
 ということにしておく。
「明日には必ず帰るから、それまで皆のことお願いね、メノリ」
「ああ、わかった」
「それからシンゴのことも」
 さすがはルナ。僕が言うまでもなかったね。
「そういえばあいつだけ見送りに来てないな」
 それに比べてハワード、君って奴は。いないことにも気付かなかったのか。
「きっと疲れてるのよ。昨日も倒れて、具合が悪かったみたいだし」
 シャアラの言葉に「それで昨日はシンゴの姿が見えなかったのか」と納得する。
 しかし、倒れたとはかなり重症だ。
「わかった。できるかぎり声をかけるようにする」
 不安は残ったが、メノリの力強い表情に押され取り敢えずはそれを心の奥底へと閉まった。
「よーし、出せ。ベル」
 ハワードの合図にルナとベルがゆっくりとオールを漕ぎ始める。
「ルナ、無理したらあかんで」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
「じゃあねー」
 さぁ、冒険の始まりだ。



 森に入ってしばらくは何事もなく順調に進んだ。
 途中トビハネの大群を見かけたり、大きな蛇に遭遇したりしたが、刺激しなかったので危ないことにはならなかった。
 しかし。
 平穏ってのは得てして長くは続かないんだよね。
 長旅の産物か、かなり耳聡い僕は皆より少し早く、でも状況としては少し遅すぎる間でその危険な警告音を感知した。
「あら、何か聞こえない?」
 次にルナが気付いた。
「また例の声か?」
 そんな平和なもんじゃない。
「違う。この音は」
 滝だよ。
「滝だ!」
「何だと!」
「とにかく漕ぐんだ!」
「右だ右へ行け」
 ハワードの指示で皆必死にオールを漕いだけどもう手遅れだ。もう流れに呑まれている。筏は諦めた方がいいだろうが泳げばなんとか。
 などと妙に冷静に考えている場合でもない。
 流れのわずかな歪みにはっと気付いたときには目の前に大岩が迫っていた。
 このままじゃあ全員岩にぶつかる!
 皆、御免…
 うおりゃああああっっ
 ドン
「キャッ」
「うわ」
「おわ」
 揺れに乗じて三人を力一杯水の中へと突き落とす。
 なんとか激突は回避したけど皆無事か?
 まず初めに女の子であるルナの方に視線を走らせる。
 少し流されたようだけど、ベルがしっかりとその腕を掴んでいた。
 さすがベル。頼りになる。
 ほっと安堵の息を漏らしていると、隣からアップアップと抗議の声が上がった。
「しゅ、シュラ!腕、放せっっ!溺れるっ!!」
 人聞きの悪い。流されないように掴んでやったというのに。
「そ、そんなこと言われても離したら僕が溺れ…うわっと!」
「どわっっ!」
 そのまま溺れたふりをして暴れながらハワードを川の縁へと蹴っ飛ばす。
「何すんだ、シュラ!」
「ごめん、ハワード。不可抗力…!」
 よしっ、しっかり岩を掴んだね。さて、そろそろ僕も――
「ルナ?!」
 ってええ?!
 ベルの叫びに後ろを振り返ると何故かルナがベルの手から逃れようとしていた。
 その必死な視線の先を辿ると、ルナが、愛用していたリュックが。
 ああーっ、もうっ!!
 筏から降りるときに咄嗟に掴んだリュックの端をハワードの方に向かって投げた。
 ルナ達に向かって「馬鹿!よせっ!」と呼びかけながらも、目の前の僕を引っ張り上げようとハワードがリュックに手を伸ばす。
 荷物がハワードの手に渡ったのを見届け、流れに足を取られたフリをしてリュックの端を離す。
「ってお前まで何流されてんだよっ!」
 だってしょうがないだろ?二人をこのまま放っておくわけにはいかないんだから。
 僕が渡した荷物の中にはロープが入っている。それがあればハワードは後で斜面を下ることができる。
 視界の端ではもう既にルナはベルの制止を振り切り、リュックを追って滝に向かって一直線に流されていた。
 それを追ってベルも同じように滝つぼへと消えていく。
 僕だって今は〈普通の〉紋章は使えないってのに!
 疼く右手をギリリと押さえつけながら、僕は運を天に任せた。
 後は、下の河の深さに期待するしかない。



「ルナ、大丈夫か?」
「そうか、私達この滝を落ちて…リュックは!」
 起きて真っ先に思うことがそれなのか。
 少し呆れながらも僕は手の中にあるそれを差し出した。
「ここにあるよ」
「よっぽど大事なものなんだね」
 ルナが無事だった。心底『よかった』と胸を撫で下ろし、それ以上の言葉を言わないベルに感心する。
 君って本当にできた人だよ…でも。
「ルナ」
 僕は生憎そこまで寛容にはなれない。
 どれだけ大事なものでも、それで命を落としたら元も子もない。
 真っ直ぐに自分を見つめる僕の無言の責め苦を感じたのか、改めて僕とベルのずぶ濡れな状態を見つめ周りを巻き込んでしまったことを自覚したのだろう。
「ごめんなさい」
 ルナは勢い良く頭を下げた。
 なんだかなぁ、こう素直な反応をされるとそれ以上何かを言うことなんてとてもできそうにないよ。
「違うよ、ルナ。そういうときは謝るんじゃないでしょ?」
「あっと、そうよね。ありがとう、ベル、シュラ」
 うんうん、やっぱり女の子は笑顔が一番だね。悲しそうな顔をさせるのは良心が咎めるや。
「いや、だったらオレもシュラに感謝しないと。シュラが頬を叩いて正気に戻してくれなかったら気絶したまま溺れるところだったよ」
「あ、いやぁ、でも僕は別に二人を助けようとしたわけじゃなくて自分で流れに足を取られて滝に落ちただけだったりするんだよね!実は咄嗟に掴んだルナの荷物が浮き輪代わりになって助かったわけで!」
 ってことは僕はルナのおかげで助かったようなもの?じゃあ僕もありがとうだね、あはははは。
 なんて誤魔化しながら内心ちょっと苦しいかと頬を引きつらせる。
 ベル、頼むからそんなことで感謝しないで下さい。
「そうなの?」
「じゃあ三人で感謝し合ったところでこの件はチャラってことにしておこうか」
 えーと素直な性格に感謝の念は絶えないけど、こう簡単に誤魔化せてしまうとなるとちょっと皆の将来が心配だよ。
 でもまぁいいか。
 あははは、と笑い合っていると崖の上でロープを伝う人影が目に入った。
 ちゃんと荷物の中に入ってるロープに気付いたんだね、偉い偉い。
 「おーい、大丈夫か!今行くからな」と嬉しそうに降りてくるハワードに手を振り替えしながら僕は改めて森へと向き直った。
 さあて、冒険再開だ。
 初めて間近で見る森は、とてつもなく大きかった。






to be continue…

年を重ねると色々迂闊になります。テッドが良い見本。坊ちゃん、見守り体勢に入りながらも影から(?)手助けすることに決めたようです。 カオルは一々プレッシャーかけすぎです。そんなに気になるなら自分がついていけばいいのに←それは自分設定です。アニメの方は結構気にしてません。そして次回へ続く。



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