++5.魔術師の塔++





「あれか」
 シュラの指し示した遥か先には緑の中から一本だけニョキリと生えた長い棒状のようなものが見える。
「そう、あれが魔術師の塔さ。見えてからはすぐだからそろそろ降りる準備しといたほうがいいぜ」
 フッチは騎竜であるブラックを手綱でもって器用に操り、速度を落とす。
 それに伴い、シュラ達は各羽織っていた毛布や水分補給用の水筒などを片付け、降ろしていた荷物を背負いなおした。
 そんな中で一人先程から、というより騎乗してから、半ば地蔵と化しているテッドは相変わらず目を閉じて何やら「風を感じるんだ、テッド!」だとかぶつぶつ唱えるばかりでピクリともしない。
 シュラは一瞬『このままにしといたらやっぱり落ちるんだろうか?』とかちょっぴりひどいことを考えつつも本気で恐がっているようなので、テッドの分を鞄に詰め込み、肩から掛けさせてやった。
 ちなみにシュラが人の世話を焼くのは非常に珍しい。
 その後更に軽―く5、6発ビンタをくらわせ、きっちりテッドを強制的に正気に戻した上で、降下を知らせた。
 案外律儀かもしれないが、ビンタは明らかに余計である。
 それとほとんど同時にフッチの「降下!」の声が響き、文句を言おうとしたテッドの声を即座に悲鳴へと変えさせつつ、一行は無事島へと降り立った。



********



「謎だ」
「グレミオですか?」
 竜から降りた一行はうっそうとした森林の中黙々と進んでいた。
「坊ちゃんの玉の肌に傷でもついたら…!」等とほざきながら己の武器である柄の長い斧を振り回し、目下草刈奮闘驀進中のグレミオを尻目に、ポツリと呟いたシュラの一言を耳に留めたクレオが尋ねる。
「いやあれはいつも通りだ。じゃなくて、フッチが言ってたのはどういうことなのかと思ってな」
 シュラは竜騎士の少年と別れ際に交わした会話を頭の中で反芻していた。


「俺はここで待ってるからな」
「助かった、フッチ、ブラック。また帰りも頼む」
「おう、まかしとけって!…それより」
「何だ?」
「気をつけた方がいいぜ」
「何を」
「ここ、竜騎士の間ではあんま評判良くないんだ。前回送迎を担当した人から聞いたんだけど、前にあの塔に行った奴はなんでかは知らないけど打ち身とか傷だらけで帰ってくるらしいって……だからくれぐれも油断すんなよ」


 ボウボウと生え繁った草や木から垂れ下がった蔓に視界と行方を遮られた道中は確かにお世辞にも快適とは言えない。
 モンスターも出る。しかしその葉は露出の少ない隊服を裂く程鋭くは無いし、剣の一本もあれば顔を庇う事くらいはできるだろう。
 では、モンスターの方はと言えばこれは最弱ヒイラギコゾウオンリー。
 外の人間が珍しいようで時たまちょっかいを出してくるのだが、そんなものはこのように弾き飛ばすとか、摘み上げ放り投げたりすれば戦うまでもなく終了だ。
「確かに腑に落ちませんね……」
「だろう?…テッドはどう思…………わあ、面白い顔
いい加減怒るぞ、おれも
 振り返ったシュラの目前にあったのはほっぺたを真っ赤に腫れ上がらせた無残なテッドの姿であった。流石に青筋を立てて凄んだテッドはというと、やはり頬に響いたのかすぐに頬を抑えて蹲ってしまった。シュラは痛々しげにテッドの顔を除きこんだ。
「惨い……まさか、ヒイラギコゾウに?」

いや、お前だから、ビンタしたの

「相変わらず坊ちゃんのビンタはすごい威力ですなあ」
「本家のパーンには負けるさ」
 ははは、と笑ってテッドの抗議が受け流されるのはいつものことである。
 馬鹿なこと言ってないで、早く手当てをしてあげなさい、との姉役の命によりおふざけを終了したシュラはテッドの頬を看始める。パーンも何時の間にか先走りすぎて、姿の見えないグレミオ探しに行く。
「頬以外は大丈夫か?この痣は?」
 テッドの身体を検めていたシュラはうっすら赤くなっている額に目を留めた。
「…ああ、それはヒイラギコゾウがぶつかってきた」
 シュラは「……ホントにやらてたのか?」と心中突っ込みつつも、あんまり苛めるのも哀れなので黙って聞き流した。
 「まあ、この程度の痣じゃあ万一にもヒイラギコゾウでボコボコ説はありえなさそうだ」という判断材料のサンプルが得られたことはよかった。
 という、若干ひどいことを思いつつ、今度こそ治療に専念した。

我が右手に宿りし水の紋章よ 彼の者に清らかなる水の癒しを与え給え

 シュラの手が薄っすらと青い光を放つと、テッドの頬をじんわりとした温かさが包む。
 シュラが頬に手を当てながら術に集中し、クレオが危険がないか周囲に意識を向けるのを見計らい、テッドもまた慎重に右手に神経を集中させた。
 兆候はあった。
 この島の領空に達した瞬間右手に小さく電流が走ったような感覚が。これと同じ様なものを昔も感じたことがあるので間違いはない。

 共鳴。

 やはりこの島には、いる。
 この右手と同じくアレを持つものが……
 端から見ればぼんやりしている様にしか見えなかっただろうが、テッドはこの島に着いたときからずっとソレがどこにあるのかを探り続けていた。
 しかし特殊な結界でも張ってあるのか、なんとなくソレの気配はあるはずなのに場所が特定できない。
 今もこうして全ての意識を集中しているにも関わらず何の手応えもありはしない。
 本当に変な島だ。大体ここにはシュラ達とヒイラギコゾウ、そして得体の知れない気配以外に当たり前にあるはずの虫の命も動物の命も感じられないのがそもそも…
「胡散臭いな、何故こんなに生き物がいないんだ」
「そうそう…って、でええぇっっ!
「何馬鹿でかい声を出してる?」
 そりゃあ驚きもする、自分が今正に考えていたことにピタリと同調されれば。
 お前はいつから妖怪オババみたいになったんだと、ついつい昔の恐怖を思い出しそうになった。
 一息置いて冷静さを取り戻し、理由を問うてみると親友は非常に冷静な分析を聞かせてくれた。
「声、以前に音が少なすぎる。足跡もないし、動物の縄張り傷もない。草の乱れもほとんどないし…テッドもそのこと考えてたんじゃないのか、やたら難しい顔してるように見えたが?」
 そうか、普通はそうだよな。自分は右手で感じ取ることに慣れすぎて、自然にある人間の五感が疎かになっているようだ。そりゃあ身体も鈍るわなあ、うんうん。
「お前、今日は変だぞ。今度はやたら納得顔してるし」
 うっ、親友が白い目で見ている。
 弁解せねば!とテッドが口を開こうとしたその時……
「あ、テッド君正気に戻りました?」
「クレオ、お帰り。テッドはこの通り元気らしい」
 そう言えばいつの間にクレオはいなくなったのだろうか?というかそもそも自分はシュラによって治療中ではなかったか……
 悩むテッドの様子を見かねてか、シュラが説明のため億劫そうに口を開いた。
「テッド。治療はとっくに終わってる。なのにお前は話し掛けても全然聞いていないし、しょうがないから僕が残って、クレオに戻ってこない二人の様子を見に行ってもらってた、わかったか?額の痣も治したはずだが脳みそまで響いてたのか?」
 全く気付いていなかった。
 集中していたとしても、親友が傍にいたとしても、これは問題だ。いくらなんでも気が抜けすぎている。
 しかしとりあえずは礼である、いや元々はシュラのせいだが。
 まあ、テッドにしてみればこんな傷はシュラと付き合っている限り日常茶飯事なので、既に腫れや痣ができること自体違和感を抱いていなかったりする。
 あ、本当に治ってる。後頭部に手を当てるとさっきまでは確かにあったはずの腫れも綺麗さっぱり消えていた。
「サンキュー、シュラ。ってかお前水の紋章なんかつけてたんだな」
 テッドの記憶では昨日までは確か火の紋章だったはずだったが。
「今日朝一で紋章屋で付け替えてきた」
 紋章
 これを宿すことによって、人は魔法を使うことが可能になる。
 元々は創生の物語にあるように27つしかなかった紋章は、後に兄弟の破片から己の眷属を多く生み出した。今現在はその眷属である紋章が一般的なものとなり、魔力に恵まれた一部の者たちの間で広く使用されている。
 それは透明で丸い水晶の中に封印された形で発見されるため、その状態のものは封印球と呼ばれ、一部の間でのみ伝承される特殊な技術を持った紋章師によってそれを体の一部に宿すことで、各紋章の秘めた能力を行使することができる。
 ものによっては魔法だけでなく身体能力に影響を与えるものまであり、全体像はまだ解明されていない。
「珍しいな。お前あんまり魔法使わないじゃん」
 紋章は非常に便利だ。
 魔力にさえ恵まれていれば、日常的にそれを常用している人間も少なくはない。
 そしてテッドの見立てでは、この親友の魔力は非常に高い……と思う。
 何故思う、という曖昧な感想なのかと言うと、このへそ曲がり、滅多に紋章を使わないのである。
 一応お守りとして常から火の紋章だけは宿しているのだが、ほぼ単に飾りと成り果てていた。
 不精な性格をしているシュラはてっきり「便利だから」とかいう理由で乱発しそうなイメージがあったので、テッドは意外に思って使わない理由を聞いたことがあるのだが、「あんまり好きじゃない」というこれまたフザケタ返事しか返ってこなかった。
 意味のないことをする奴じゃないから、きっとちゃんとした理由はあるのだろう。
 大体にして水の紋章を付ける為に、火の紋章を外したことだってテッドはあまり納得がいかない。
 右手・左手・額
 魔力の高さに応じて、一般的に三箇所紋章を宿すことが可能と言われている。
 シュラはいつも右手しか宿していないが、これも推測だが他二箇所も使用可能だと睨んでいる。
 が、シュラは絶対に一箇所以上紋章を宿さない。
 これもまた疑問だったが、テッドはそれ以上尋ねようとは思わなかった。
 自分としても深入りしたい話題ではないからである。
「まぁ、何があるかわからないから応急処置用に一応、な」
 案の定、シュラもあまり続けたい話題ではないのか歯切れが悪い。
 空気が微妙に硬くなったので、話題を逸らす。
「今みたいにか?」
「そうだな。平時ならどうでもいいが、いざというとき頬の痛みを理由にミスでもされたら堪らんからな」
 シュラの頬がいつもの皮肉げな微笑を刻んだ。
 それはいいのだが、さっき傷を治したのもその一貫だったのかと考えれば、テッドは無駄が嫌いなシュラの珍しい行為に納得はできたが少し哀しく思ったのであった。
「ところでクレオ、2人はどうだった?」
 テッドの内心の様々な葛藤に気付いているのかいないのか、シュラはあっさり別のところに興味を移した。
「姿は確認できませんでしたが、声は聞こえました。内容ははっきりとは聞こえませんでしたけど2人が合流したのは間違い無いと思いますよ」
「まあ内容は大体想像つくが」
 どうせ進みすぎたのに気付いたグレミオが戻るだのどのみちすぐ追いついてくるんだから腹が減るだけ無駄だというパーン、そんなところだろう。しかし少しの間に随分差が空いたようだった。
 グレミオのあの様子なら無理も無いかもしれない。
 グレミオは元々気合いのありすぎる人間だが、仕官が決まってからは特にテンションが増している。

 わあああああああああああぁぁぁ!

 グレミオの悲鳴。
 どうやら先の方で何かあったらしい。
 次から次へと忙しくて面倒くさい。
 シュラは落とすはずだったため息を飲み込み、テッド達と共にその始末を着けるため、急ぎ現場へと駆けるのであった。


「坊ちゃん!助けに来てくれたんですね!」
 急ぎ駆けつけた三人が森を抜け、開けた場所に出るとそこにはシュラの三倍はありそうな土塊でできたモンスターが立ち塞がり、グレミオを吊るし上げていた。
 先ほどまではこんなモンスターの気配はなかった。考えられるとすれば罠による発動型モンスターか?ということは……
「何をした、グレミオ?」
 真っ先にそちらを疑うのは日頃の行いの悪さだろうか。
「ひ、ひどいです、坊ちゃん…誓って何もしてないですよう…うぅ」
「泣くな。これぐらいのことで。とりあえずやるぞ」
 シュラの声に応じ、クレオが飛刀を、テッドが弓矢を同時に放つ。それはシュラの狙い通り、寸分違うことなくグレミオを掴むモンスターの右手に突き刺さる。
 堪らず手を離したモンスターの手から落ちたグレミオをパーンが受け止めた。
 それを見届けるとシュラは即座に怯んでいるモンスターを棍で牽制しながら皆に後退の合図を送る。
 あの図体では狭い木々の間を通り抜けることはできないだろう、と予測してのとっさの行動だったが、どうやらうまくいったようで、敵は手を出すことができず森林の前をうろついている。
「た、助かりました…すいません、皆さん」
「無事で良かった。で?」
 降ろされたグレミオに駆け寄り無傷であることが明らかになりさえすると、シュラに容赦とか情けとかいう文字は一切なかった。グレミオに追及の手が迫る。と、そこに救いの手が差し出される。
「や、なんもしてないっすよ、ホント」
 パーンは森でグレミオを捕まえた後、戻る、とごねてうるさかったため捕獲したままここまで引きずって離さなかったこと、広場に出てすぐ襲われたことを証拠として証言した。
「念のために聞くが、食べ物がらみで何かなかったか」
 余程納得が行かないのか未だに罠説から離れられないシュラは今度はパーンの方に疑いの眼差しを向けた。
 どうやら食べ物が絡んだ場合は戦士のパーンも疑いの対象に入る様だ。
「なかったです」
 あえなくグレミオによって玉砕した。
「いくらなんでもそりゃねぇだろ」
 プラス、テッドの突っ込み。
「うるさい。聞いてみただけだ」
「確かに目の前に食いもんがあったら食いますけどね…なんていうか広場に出てすぐ突風が吹いたと思ったら目の前にいたんすよ。おかげでまだ身体中に砂埃が……」
「あれはクレイドールです。土から生まれたといわれているモンスターですから、体を同化させて土の中を移動することもできます。突然現れてもおかしくはないでしょう」
 クレオの推察にシュラは「ふーん」とどちらとも取れるような曖昧な返事で頭を捻る。
「原因はともかく、あれをなんとかするしかないみたいですね」
 クレオがモンスターの背後に見える拓けた平地に蒼然と天へと聳え立つ白い塔を見つめながら呟いた。その言葉にシュラもようやく目先の問題に頭を切り替える。
「…パーンとグレミオは右方から出て敵を惹きつけてくれ。クレオは二人の援護を。僕とテッドは左方から周る」
 それを皮切りに皆が指示通り、すばやく散っていく。


 シュラと右方へ回ることになったテッドも、突然のクレイドールの出現には多大な違和感を感じていた。
 誰が見落としても、この自分が生き物の存在を見落とすことだけは絶対にありえない。絶対にこれはここにいたものではない。
 なによりグレミオの悲鳴を聞きつける前に再び感じた右手の痛み、そして突然巻き起こったと言う風。
 間違い無くこれは誰かが意図的に呼び寄せたものだ。ならばしかけている者が近くにいるはず。
 目的があってやっているなら、こいつを倒せば何らかの反応はあるはず。
 だから今はただ戦闘に集中する。
「囮はお前が行ったほうが良くないか?一番身軽だしさ」
「まぁな、だがああいうモンスターは刃物や拳では致命傷にはならないだろう?」
 なるほど。確かに動物系モンスターに比べて、自然系モンスターは切ったり殴ったりするよりは紋章や長い獲物で急所を突いたほうが手っ取り早いだろう。
 でかいモンスターだし、核まではかなり深く突く必要がありそうだが、シュラはあれで結構な馬鹿力なので(体感済み)その辺は心配要らないだろう。
「それに……」
「それに?」
「グレミオがうるさい」
 坊ちゃん、囮なんて危険です!
 …うーん、想像できる。
「援護を頼むぞ、テッド」
 その声に促されてテッドがクレイドールの方へ視線を向けた瞬間、飛刀とグレミオに誘き寄せられたクレイドールに、愛用の獅子の紋章を発動させ威力が増したパーンの右拳が咆哮とともに放たれ、クレイドールは片膝を折り、バランスを崩す。
「まかせろ!行け、シュラ!」
 シュラはダッシュで勢いをつけ、茂みを突っ切りそのまま一気に跳躍する。頭を目掛け棍を構える。が、炸裂すると思われたその瞬間……

 チラ

 …!!シュラの意識が反れた?!
 シュラの一挙一動に集中していたテッドは一瞬できたその隙にすばやく反応した。
「危ねえっ!」
 すかさず繰り出されたクレイドールの左腕をテッドの矢が貫いた。動きが鈍った隙に気づいたシュラも咄嗟に体勢を立て直し、そのまま強く地面を蹴り上げ、目標を見失い、大きく空振りしたクレイドールの眉間を過たず突き刺した。
 声もなく絶命したクレイドールの前に着地したシュラに最も早く駆け寄ったテッドから特大の雷が落ちる。
「余所見すんな―――っ!!!」
「悪い、でも何か……」
「何かじゃねえ―――っ!あたって死んだらどうすんだ!攻撃のときは全力集中!最中に余所見なんてもってのほかだろうがっ!!」
「わかってる……まぁあの程度の攻撃では死ぬほどまぬけじゃないけどな
「聞いてるか!」
「聞いてる。今のはお前がいたから油断しただけだ」
「………………」
「どうした?」
 それは、つまり、そのくらい自分のことを信……
「うが――――っっ!!!」
「なんだ!うるさいぞ」
 こ、こいつはあいかわらず恥ずいことを真顔で言いやがって……!
 平然としているシュラが小憎らしい。
 しかしテッドはシュラにこのような無防備なセリフを真正面から吐かれると、それ以上怒りを持続させることができず、結局いつものように毒気を抜かれてすぐに許してしまうのだった。
「…あんま心配かけんな」
「思う存分すればいい。僕は困らない」
「おい」
「坊ちゃん、お怪我はありませんか?」
 テッドのあまりの剣幕に二人の間に割り込めずにいた保護者達も一応その場が何事も無く静まったことにほっ、と胸を撫で下ろす。
「大丈夫だ」
「あいかわらず心配しがいのない奴ですよ、それよりグレミオさん達こそ大丈夫なんですか?傷だらけですよ」
「見た目は大げさだが、傷は浅い。坊ちゃんの手を煩わせるまでもないさ。…傷薬で充分だな、二人とも」
 何故か様態を尋ねられた本人達ではなく、後方支援に徹していたため無傷であったクレオが断言する。
 しかし二人からの文句はない。何故なら笑顔のクレオの眼が「護衛する立場の人間が坊ちゃんの手を煩わしてんじゃないよ、この野郎ども!」と物語っている。
 それを見ていたテッドはシュラがああなのはやっぱクレオさんの影響だよな、としみじみと実感する。
 そして次の瞬間、それはやってきた。

 ズキッ

 また右手が…!
 パチパチパチパチ
「誰だ?!」
 皆が一斉に振り向いた先にはシュラと同じ位の年頃の少年が手を叩いていた。
「さすが近衛隊の皆様ですね、すばらしい手腕です」
 肩まで伸びた金に輝く癖のない髪に陶器のようなすべらかな肌を持つその容姿はシュラとはまた系統は違うが美少年と呼ぶにやぶさかではない。
 しかしその美貌に浮かべられた笑みは、シュラ達を褒め称える内容とは裏腹にひどく冷たい。心からの賞賛ではないことは明白だった。
「何者だ、お前は?」
 モンスターしか見かけなかったこの島に忽然と現れた一人の少年に警戒心を解けるはずもなく、護衛の三人が武器を構えてシュラ達の前に立ちふさがる。
「物騒ですね、僕はレックナート様の弟子ルックと申します」
「レックナート様の弟子?」
 確かに白いゆったりした緑と白の法衣を纏い、ロッドを持ったその出で立ちは魔法使いそのもので、占星術士とともに魔術師としても名高いレックナートの弟子というのは信憑性が高いと思われた。とりあえず武器を下げ、非礼を詫びる。
「星見の結果を受け取りにいらっしゃったんでしょう。案内しますのでどうぞこちらへ」
「…ちょっと待てよ」
「テッド君?」
「さっきのモンスターはどういうつもりだよ?」
 風の気配。間違いない、モンスターを転移させたのはこいつだ!
「…どういうつもりと言われても、倒していただいたことには感謝してますが沸いて出るモンスターのことまで責任はとれませんよ」
「とぼけるな!お前がけしかけたんだろうが!」
 止める間もなくルックに掴み掛かる突然のテッドの行動に唖然とする周りとは対照的に、ルックの方は平然としている。
「何か証拠でも?」
 こ、こいつ…!テッドを見下すように形作られた冷笑はこちらの内情など見透かしている様だ。自分の仕業であることがテッドにばれていることなど百も承知なのだ。テッドが自分と同類だと言うことも、右手に宿るものの意味も、そしてそれを彼等の前では晒す事ができないと言うことも。
「しょ、証拠は、ない……」
 右手は、まだ見せられない。
「ふん、とんだ言いがかりだね、やる気が失せちゃったよ。レックナート様はこの扉を潜ってすぐの階段の最上階にいる、鍵は開けとくから勝手にどうぞ、じゃあね」
 ルックは先程とは打って変わったぞんざいな言葉遣いでテッドを退け、袖から銀の細やかな装飾が施された鍵を一本取り出し、扉を開けるとシュラの方へ一瞬だけ視線を向け、そのまま光りと共に姿を消した。
「くそっっ!!」
「まあまあテッド君、落ち着いて。あの子がやったとは限らないわけですし」
 気を収めましょう、とグレミオがテッドの肩を軽く叩いた。
「確かに現われたタイミングは怪しいけどな」
「戦っているところを黙って見ていたのは間違いないみたいだしね」
「煽らないで下さいよ、二人とも」
 グレミオの取り成しを激しく無視して好き勝手に意見を出す二人に情けなく肩を落とすグレミオの姿を前に、さすがにテッドはこれ以上彼を困らせるような真似はできなかった。
「取り乱しちゃってすいません。もう大丈夫ですから」
「よかった。それでは行きましょうか」
「はい、って、あれ?シュラは?」
 扉の方へ向かって歩いている中に目立つ親友の姿が見当たらないことに気付いたテッドが後ろを振り返ると、先に倒したモンスターの前でしゃがみこんでいるシュラを見つける。
「何やってんだよ?…うわっ、手が汚れてるぞ」
 クレイドールは粘土のような土でできたモンスターだったためそれを触っていたシュラの手は当然泥だらけになっていた。
「…そうだな。つまり、そういうことだ」
「はあ?」
 何を言っとるんだ、こいつは?
 しかし不信げに見つめるテッドを意に解する様子も無く、一人頷いて納得すると水筒の水で手を洗い流し、さっさとグレミオ達の方へ歩いて行ってしまった。
「あいかわらず、わけわかんねぇ」
 首を傾げながらも、置いて行かれては堪らないと慌ててシュラの後を追うテッドには、シュラの行動の意味がさっぱりわからなかった。


 扉をくぐり中へ入ってすぐに目に付いた螺旋階段を登り続けて早20分。最上階はまだ見えない。初めは『後は階段上って星見の結果貰って帰るだけ〜』などと気楽にのたまっていた面々も次第に口数少なくなり、恐ろしい現実に気付き始めた。
「なぁ、もしかしてこれめっちゃ長くねぇ?」
「もしかしなくても長いっすよ…」
「外見があれだけ長いしな。まだまだ先は長いと思うぞ」
 あまり体力のないテッドと紋章を使ったため疲労が溜まっていたパーンが思わずもらした今更な確認事項に、シュラがとどめを刺す。
「「………………」」
 なんでそんな飄々としていられるのか、疲労の色が全く見えないシュラの姿に今更ながら底知れなさを感じる二人。
 空気が重い。な、何か気分転換になるような話を…!気遣いのグレミオは耐えきれず口を開いた。
「そ、そう言えば謎が解けましたねえ!」
「謎?」
 行軍で慣れている為、比較的元気なクレオがそれに応じる。
「ほら、フッチ君の言っていた『使者の傷だらけ説』の真相ですよ」
 あんなモンスターが出ることがあるなら怪我をするのも無理はない。
「今更……」
「そういやあ、坊ちゃんが随分罠説に拘ってらしたけど広場に入った人間を無条件で…!っつう罠だった可能性もありやすよね」
 疲れていても沈黙を好かないパーンも話に乗ってくる。
「ばか、使者が来るのが分かっているのにレックナート様がそんな無差別に危険なものを仕掛けておくはずがないだろうが」
 それこそ不用意な真似をして誤って罠を発動させたというならわかるが、その話はもう決着がついているし、やはり罠はなっかたんだろうね、と言うクレオの発言でその話も締めくくられる。
 しかしその話を聞いたテッドは再び怒り湧き上がるのを抑えることができなかった。よく考えたらそれってあいつは使者が来る度あんなことしてる、ってことじゃねぇかっ、最近のガキはなんっっって嫌な野郎が多いんだああああっ!レックナートって奴はどういう教育してやがんだ!
「しっかしこんな何もないとこで何年も二人で暮らしてて暇じゃないんすかね?」
 そもそもこんな陰険なとこで二人暮ししてるからああいう人付き合いも禄にできねえ人間に育つんだ!
「さぁ、レックナート様のことは国家機密並の謎だからな。バルバロッサ様より一つ前の皇帝陛下のご時世にやって来て、1年単位の国家の星見を条件にこの島の居住権を得て以来、一歩もこの島から出ていないらしい。おまけに素性、年齢一切不明」
 それだけ徹底してる人ならもう暇とか暇じゃないとかそう言う問題じゃないんじゃないんだろうさ。要するに僕にはわからない。
 それで本当に話題の途切れた6人は再度黙々と階段を上る。
 しかしテッドの思考はまだまだ止まらなかった。
 はあああ?一歩も出てない?引きこもりですか、あんたは。いや、俺にもそう言う時期はあったけどね…けど子供の仕付けにはやっぱよくねえでしょうが!実際あんなに性格が曲がっちまってるし、あいつは絶対この階段だって一々上ったりしねえんだぜ「面倒」とか言ってさっきみたいに一瞬で転移の術で行き来してやがんだ。なんて厭味な、俺達はこんなに苦労しているというのに!だああああ、むかつく!そしてホントにどんだけ長いんだこの階段はあああっ!せめて一言文句言わせろ―っ!
 テッド、怒りボルテージマックス。
「こんちくしょうが――――っっ!」
「うるさい」
 いきなり怒鳴って猛然と走り出したテッドにシュラが一喝。
 一同、わけわからんと思いながらも以降は無駄な体力の消費を控え、地道に階段を登り続ける5人であった。


「あんた本当に人間?」
 最後の一段をやはり息一つ乱さず登りきったシュラにルックは皮肉げな表情も忘れて素で呆れかえった。
「見た目よりはタフだからな、一応鍛えてるし」
「……………」
 モンスターをけしかけることや階段を登らせることはルックの使者に対する恒例のいやがらせだった。それに大した理由などない。
 唯ルックは毎度やって来るやたら恩着せがましい態度でえばるしか能のない人間が気に食わなかったから、化けの皮を剥いでやっていただけだ。それさえ果たせばモンスターだっていつもやつらが死なない内に転移で消してやっていた。しかし今回は。
「だからあれにも気付いたって言いたいわけ?」
 シュラがとどめを刺そうとしたあのとき、ルックはシュラたちを吹き飛ばすつもりで魔法を放とうとした。
 目的も果たさない内にやられてはつまらない。
 あの不愉快な気配を纏ったあいつがいる限り、少しくらい邪魔をしても滅多なことにはならないだろう、と軽い気持ちだった。
 しかしその時、真っ直ぐこちらに向けられた視線。
 その瞬間集中は途切れ、魔法は発動前に消えてしまった。
 気付かれた?結界がある限り自分の気配を正確に掴むことは不可能なはずなのに。実際あいつの方は何度も探ろうとしていた様だったが、結局わからないようだった。
「何のこと?」
 聞き返すその表情に抗議の色はない。純粋に疑問を抱いている様にも見える。偶然だったとは思えないが、もしかしたら無意識の牽制だったのかもしれない。
「わからないならいいよ、レックナート様はこの奥だ。さっさと入りなよ」
 先を行くルックの後に続く気配はない。怪訝に思って振り向くルックにシュラは言う。
「遠慮しとくよ。まだ皆が揃ってないから」
「御立派なことだね、……そうやって色々背負い込んでると、いつか自滅するよ」
「御心配なく、僕が背負うほどのお人好しに見えたか?自分の足で勝手に歩いてもらうさ」
 真っ直ぐに相手を見据える目に「…そういうことか」とだけ呟くと、もう言うことはない、と言わんばかりに背を向けたルックにシュラも一つアドバイスを送る。
「そういえば、あのタイミングの魔法は危ないからやめた方がいいぞ」
「やっぱり気付いてたんじゃないか、この狸!」
「証拠はないんじゃなかったのか?」
 ルックはとっさに言い返せず、ただ悔しそうにシュらを睨みつけると今度こそ無言で足高に扉の奥へと消えていった。
 バンッ!バッタ―ンッッ!
 と言う現在の心情を適格に表わした開閉音を残して。
「な、何の音だ?!」
 ちょうど登りきったテッド達が飛び上がって驚くことになったのはいいとばっちりだ。
「いや、なんでもない」
「ま、まーた嫌らしい笑い、方、出てん、ぞ」
「気のせいだ。一息入れたら行くか」
「な、なめんじゃねーよ、ハァ…このやろう、水飲んだら、すぐ行ってやる、ぜ」
「ぼ、坊ちゃんこそ、や、休めましたか…」
「そうか」
 そう、背負うも何もありはしない。
 背負わせるような他力本願な人間なら端から傍にはおかなかったし、人は皆したいことをしたいからしている。
 中でも自分はやりたいことしかやらないし、やりたくないことは絶対にやらない。
 そんな自分が、彼らを重荷に思うことなどありえるはずがない。
 ましてそれに潰されることなど想像もつかない。
「じゃあ早く行って終わらせよう」
 シュラはルックの杞憂を鼻で笑い飛ばし、なるべくゆっくり立ちあがって扉を開ける。
 テッドが駆けていきその横に並ぶ。
 皆が見つめるシュラの背には、揺らぎは全く見出せなかった。


 中に入るとそこには既にルックの姿はなく、代わりに部屋の中心に立ち尽くす白い人影がある。
「ようこそいらっしゃいました、帝都使者の方々」
 彼女が占星術師レックナートか。
 床に付く程までに長く伸びたローブに頭を覆い隠す布は共に真っ白で不思議なことに汚れ一つない。長く日の下に出ていないのか透き通るような肌は病的とも言える白さで、長い黒髪に閉ざされた瞳は微かな表情の動きをよりわかりにくくしている節があり、神秘的というよりも一見人形のような印象が強い。
 星見の結果は用意できておりますのでこちらへどうぞ、とローブの裾を揺らしながらも足音一つ立てず更に扉の奥へと消えていくレックナートに促がされ、他の者達は「これがシュラにもたらされた任務であるから」とこの先は遠慮したため、シュラ一人がその後に続く。
 扉を潜るとそこは真っ白でどこか薄暗さを感じさせる殺風景な塔の内部とは違い、ドーム状にステンドグラスが張り巡らされ、外の太陽の光を反射し合い煌く様は美しい。
 レックナートはその先の小さな祭壇に置かれた一通の書状を差し出した。
「こちらが星見の結果になります」
「確かに頂戴いたしま、す……?」
 シュラが書状を受け取っても尚手を下ろさず微動だにしないレックナートを怪訝に思い、顔を上げるとじっ、とシュラの顔を見つめるレックナートと目が合う。
「あなた、お名前は……?」
「シュラ・マクドールと申しますが」
「シュラ、あなたが……そうですか」
 レックナートはシュラに背を向け、祭壇の前で天を仰いだ。
 彼女にとってそれはどこか懺悔にも似た祈りであったのかもしれない。
「シュラ、あなたは星見がどういうものか知っていますか?」
「?星の流れを見、そこから未来を読み取るものと記憶していますが…」
「そう、しかし未来とは定められたものではありません。私にできるのはその大きな流れを知ることだけ」
 シュラにはレックナートの意図がわからなかった。
 唯一つ感じ取れたのは、ルックもレックナートも共に初対面のはずだが二人とも妙に悟ったような哀れむような眼で自分を見る。
 レックナートはそこで意を決したかの様にシュラの方を振り返った。
「シュラ、お聞きなさい。これは帝都の占星術士としてではなく、一占星術士としてあなたのみに捧げる言の葉です」

大いなる力、宿り蠢き、眠りたる光り、共に目覚め多くを照らす

選び難かる選択、癒しなき別れ、汝を襲う

敗れしとき潜みたる闇、そなたを覆うであろう

 力に光、闇?特に思い至るものはない。
「今はまだ、分からずともかまいません。ただこれだけは覚えておきなさい。例え何があろうとも、あなたが信じた道を見失ってはなりません」
「そんなのは、当たり前のことです」
「そうですね」
 では、戻りましょう。皆があなたを待っています。
 何事もなかった様に前を行くレックナートの態度に、シュラは釈然としないものを感じつつも予言の理由や意味を詳しく聞くこともできないまま部屋を後にするしかなった。



「あ、坊ちゃん!星見の結果は貰えましたか?」
「ああ」
「何変な顔してんだ?」
 変な顔…テッドの能天気なからかいに、真剣味が薄れたシュラは考え込んでいる自分が馬鹿らしく思えた。
「皆さん、お疲れ様でした。今ルックに送らせますので」
 左にあった扉からルックが顔を出す。
「お呼びですか、レックナート様?」
「皆さんを海岸沿いまでお願いしますね」
 ものすごく不承不承と言った感じではあったが、師匠の言葉には逆らえないのかルックは浅く頷いた。
「それとこれを」
 クレオに渡されたのは火の封印球。
「何故私に?」
 普通こういう場面では一行の代表であるシュラに渡すべきではないだろうか。
「あなたにこそ必要だと想うからですよ」
「せっかくですが、火の紋章ならシュラ様が常用しておられますので私には必要ないかと」
 クレオの否定の言葉もレックナートはまるで聞こえていないかのように、クレオの手を包み込み、その紋章球をさっさと宿してしまった。
「確かにお渡ししましたよ。そしてシュラ、手を」
 そして次に差し出されたシュラの右手を握り、レックナートが何事か呪文を唱えると、それまでシュラに宿っていた水の紋章が封印球へと形を変え、レックナートの手へと落ちた。
 今度は代わりに左手を取り、それを左手の甲へと宿した。
「これも必要があるのですか?」
 魔力の高い低いに関わらず、大抵の者は右手こそ一番紋章が馴染みやすい。
 中には例外もいるとは言え、シュラの右手が不安定だったわけでもないのに、左手へと紋章を移したレックナートの行為に一同首を傾げた。
 それに対し、レックナートは「このままでは近い内困ることになりますから」とだけ答えた。
「行くよ」
 中々終わらない話に痺れを切らしたルックがロッドを振り上げる。
「あ、待った。参考までに渡しておく」
 シュラは懐から小さな袋を取り出すとルックに押しつけた。
 勢いで思わず受け取ったルックは中を開け、そして引きつった笑みを浮かべる。
「ほんっっっとに厭味な男だね、あんたって奴は……!いつかこの借りは返すよ、シュラ」
 そんなに気にしないくても良いが、と笑うシュラに今度こそ問答無用で転移魔法を発動する。
 同時にシュラ達と共にルックの姿も消え、そこにはレックナート一人が残った。
「ルック、しょうのない子。あの子もまた天間星の宿星を背負いし者。思うところがあるのかもしれませんね」
 世界を支えると言われる真の紋章。
 法と混沌の属性に分かれその力拮抗し、その均衡崩れしとき、世界は『治』から『乱』へと転ずる。
 それを正す宿命を背負う一〇八の星達。
 中でも彼等を率い、先頭に立つ一つ星。
「魁の星が、輝く」




覆われた雲で隠された赤月帝国の上空には

一つの星に呼応するかのように輝く一〇七の星達と

黄金に輝く星の隣で徐々に輝きを増しつつある

真っ赤な光りを放つ天魁星の煌きがあった




To be continue…




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