++4.初任務++





「遅い!」
 シュラたちが部屋に入るなり、クレイズが真っ赤な顔で怒鳴り散らした。
「何をしていた!初日から遅刻をするとはいい度胸だな!」
 目の前に並んだ5人、というよりは真ん中のシュラ一人を、一方的に糾弾するクレイズに対し、堪りかねてグレミオが弁護した。
「あのぅ、まだ時間には余裕があるように思うんですが…」
 しかし、それで黙るクレイズではない。
「その上口答えか、全くなっとらんっ!」
 軍では一分一秒の遅れが致命的な結果を生むともしれんのだ!何事も迅速な行動を心がけるのが当たり前だろうが!新人の分際で、上司より遅れてくるとはお前は何様のつもりか!
 立て板に水。一を言えば、まさに三倍の勢いで返してくる。
 流石のグレミオもその剣幕に押され、口を噤んだ。
 しかし悔しそうなグレミオとは対照的に責められている当人であるシュラはと言えば、聞いているのかいないのか、微動だにせず、無表情でクレイズの非難を真っ向から受け止めているのみである。
 その不遜な態度に、更に機嫌を損ねたクレイズが言い募ろうと身を乗り出したのを見て、「やばい」と思ったテッドが思わず口を挟もうとする。
「す……!」
「申し訳ございません」
 その時、やっとシュラが動きを見せた
 前に出ようとしたテッドを押しのけるようにシュラは一歩踏み出し、先とは打って変わって、殊勝にもクレイズに頭を下げた。
「クレイズ隊長。非は全て私にございます。以後二度とこのような事のないよう精進致します故、どうか今回ばかりはその度量深き御心でもって寛大なる処置を請いたく存じます」
 シュラの己の非を認めた従順な謝罪に自尊心がくすぐられたのか、クレイズは瞬時、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「それでいい、これからも己の分を弁えて行動するのだぞ」
 そうしてやっとシュラ達への最初の任務について話し始めた。
「一度しか言わないからようく聞いておけ。今回のお前達への仕事はこれより遥か北東の島にある魔術師の塔へ行き、占星術師レックナート様より星見の結果を貰い受けることだ。現刻〇九一〇より開始し、日没一八〇〇までに密書を携え、私の元へ参じよ。尚交通手段は竜騎士を手配している。厩前の広場で合流し、任務を実行せよ。以上だ」
 シュラは即座に任務内容を復唱確認し、敬礼と共に了解する。
 4人も偉そうなクレイズに対し、不満を抱きつつもシュラに倣った。
 クレイズの「どうやら馬鹿ではないようだな。退出し、直ちにとりかかれ」という声に従い、もはや呆れて反抗する気も失せた5人はそそくさとその場を後にした。



 未だ憤怒覚めやらぬのか、王城を出たグレミオ達は今にも敷き詰められた石版を踏み抜きそうな勢いで、足音をダシダシ響かせながら、広場に繋がる石道を歩いていた。
「何なんですか!あの男は!あんなのが近衛対隊長だなんて信じられませんよ!」
「まったくだ!あのチョビ髭野郎が!」
 グレミオとパーンは人気がなくなってからずっとこの調子である。クレオも頭にきてはいるようだが、2人よりは城内の現状を把握しているためか、どうしようもないと半ば投げやりに2人のやり取りを見やるに留めている。
 シュラは先から無言のままである。
「でもよかったじゃないですか」
「え?」
 そんな中でテッドだけが予想外の言葉を発した。
「どこがよかったって言うんですか、テッド君!私はあんな男が上官だなんて絶対認めませんよ!坊ちゃんを侮辱した時点でもうグレミオの中では、即刻闇討ちリストの筆頭に乗りましたよ!!」
「それは怖いぞ」
「いやよかったのはそこじゃなくて、何の事件も起きなかったことですよ」



「ああ」
「それは」
「ねぇ」
 しばしの沈黙の後、一人を残し皆が一斉に頷いた。
「何がだ」
「いや正直俺はいつお前があいつに毒舌ラッシュを食らわすかと思って冷や冷やしてたわけよ」
「あ、やっぱりテッド君もでしたか」
「アタシもだよ」
「っちゅーか、そりゃそうだろ。あの言い草で坊ちゃんがブチ切れしなかったのはもはや奇跡に近いぜ」
「だからそーなる前に早いとこ俺やグレミオさんが間に入ろうとしたんですけどね」
「まさか坊ちゃんが先に謝ったからねえ。驚いたよ。正直、人目のないところであんな奴に殊勝な態度を取れるとは意外だったね」
「よしよし、本当によく耐えたな。お前さんが良識ある全うな人間に成長してくれて、おニィさんは嬉しいよ」
「やはり坊ちゃんは素晴らしいです!グレミオも見習わなければ!!」
「これからもその調子で頼むな」
「駄目だ。次は殴る」
「そうか、やっぱりな」

………………………

「って駄目だろぉぉぃ?!!殴っちゃっっ!!!」
「無理だ。あの面を拝むだけでもう耐え難い」
「耐えて!?頼むから!!」
「まぁまぁ大丈夫だよ、テッド君。坊ちゃんはこれでも要領がいいから、やるにしても表沙汰にはならないよう工夫するさ」
「クレオさんも怖い!!!」
「そうですねえ」
「それもそうだな」
「二人も納得しないで!!?」
 なんだか爽やかな笑顔で、三人はさっさかテッドを置いて歩いて行く。
「味方はおらず……!!」
 っく!!
 とか一人でやっている隣に、いつの間にか親友が立っていた。

「で、結局何が言いたいんだ」
 どうやらテッドが、別にシュラに話したいことがあるのは御見通しだったらしい。
 おちゃらけた表情を、真剣なものへと切り替えた。
「何で責めねえの」
「何が」
「俺が遅刻したことだよ」
「遅刻はしてないだろ」
「けど本当は用心してもっと早く出勤する気だったんだろ」
「言い忘れた僕も悪い」
「しかも庇ったろ」
 クレイズが責めた時、本当は自分のせいだと話そうとした。
 だが俺が原因であることを打ち明ければ、あの時点で俺は確実に隊から外されていただろう。
 クレイズからして見れば、クレオやパーン、グレミオはあくまでテオの部下だ。グレミオだけはシュラ直属の部下になるが、そんなことまであいつは知らないだろう。
 だからあの三人は多少は口答えしても、あいつの権限でシュラの護衛から外すことは多分できない。
 でも自分はただのシュラのオマケで、吹けば飛ぶような存在だ。見せしめにされる可能性は充分にあった。
「そんな細かいことをいつまで気にしてるんだ、お前は」
「いやだって」
 こいつのプライドは山より高い。
 全く猫かぶりできないわけではないが、沸点は驚くほど低いのだ。
 あんな相手に頭を下げるのは何より苦痛で、屈辱だったはずだ。
「あの手の手合はどこにでもいる。そういう世界を選んでしまったわけだし、どっちにしても徐々に慣れて行くしかないだろう。まぁ今回は良い訓練になった」
「シュラ」
「くだらん心配をする暇があったら、二度と僕の足を引っ張らないと誓って反省しろ」
「ごもっともで」
「次やったら容赦なく放っておくからな」
「おう、さんきゅ」
 本当色々問題はあるけど、良い奴を親友に持ったな、俺。
 テッドは心密かに、感激した。


「が、だ」
「は?」
 唐突に言葉が途切れたことに、非常にいやぁぁぁな予感がしたテッドがシュラの顔を覗き込もうとしたその瞬間……

 ビシュッッッ

 ためもなく繰り出されたそれを、奇跡的に避ける事ができたのは長年培ってきた反射神経の賜物か、はたまたただの勘なのか、とにかく命拾いしたテッドは警戒体制を保ったまま視線をそれの出所へと向けた。
「あ、あああ危ねぇーーーだろうが!なんでこの流れで棍で一突き、っつー発想が出るんだ、お前はああっっ!」
「何故?そんなの決まってる」
 遅刻に対する罰はきちんと受けてもらう。常識だ。
 と続ける親友の目に、嘘は、ない。
「さっきクレイズを丸め込んだ奴の台詞じゃねーーだろうがっ!お前絶対間違ってるって!天上天下唯我独尊!暴力反対!言葉の注意で充分だろ!神様が人間に与えて下さったすんばらしい、文明的手段で解決しようじゃないか、親友よ!」
「親友の間に言葉なんて無粋なものは要らないさ、そこには拳があればいい…所詮人は野性からは逃れられないんだ、テッド……だから、大人しく受け取れ」
「いやいやいやいや、全然綺麗にまとまってないから!野生って!そもそも拳ですらないし!ギャ――、助けて、グレミオさーん、クレオさーん、パーンさーん!」

 グレミオは微笑ましげな顔でこちらを見守っている。
 クレオは目を逸らした。
 パーンは「腹減った」と呟いた。

「ダメじゃーーーんっっ!」
 テッドは逃げ出した。
 しかし逃げられなかった。

「ククク…捕まえたぞ、テッド」
「ギャーーー、お前恐えぇーっ!…って、あ?」

 ―――――――――ォォ

「今なんか聞こえなかったか?」
「その手は食わない」
「いやマジでだって!」

 ――ギャオオオォォォォーーン…

「ほら!」
「坊ちゃん、私にも聞こえましたよ」
 今度のはシュラにも確かに聞こえた。どうやらテッドのいつものその場しのぎではないようである。
「もしかして竜じゃないですか、クレイズが言っていた…」
「竜だってよ、早く見に行こうぜ、シュラ!」
 テッドはクレオが言い終わるが早いか、シュラの隙を見てその腕から逃れると、すばらしい早さで駆けて行った。
「竜か……」
 密かに楽しみにしていた竜の声の出現により一先ず機嫌をなおし、今度は裏表のない本物の笑顔でテッドの後を嬉しそうに追いかけるのだった。
 もちろん途中で追いついたテッドに一発食らわせるのは忘れなかった。


「大きいな」
 シュラの最初の感想はこの一言に尽きた。  確かに大きい。  自分の優に十倍はあると思われる真っ黒な巨大な竜にシュラは目が釘付である。  しかし感動するシュラの隣にいる、真っ先に竜の方へ走っていったテッドの方はというと……
「で、でけぇな、おい…」
 若干腰が退けている。
「テッド、もしかして怖いのか?」
 率直過ぎるシュラの指摘に生来の見栄っ張りが首をもたげる。
「こ、怖かね―よ!こんくらい、何なら触って見せちゃうぜ!」

 結果。

 なんでこーなる!シュラ達のやなら言わなきゃいいのに、という生暖かい視線による応援?を背に竜の頭と言うか、額を撫でる事になったテッドはもはやかなり後悔していた。  大体ただでさえ大型の動物は苦手なのに、何故世界最大の大型モンスター?なんかに触んなきゃならないんだ!…わかってますよ、自業自得だよ!
 自らの心の声に激しく突っ込みをいれながら、恐る恐る手を伸ばしたその瞬間……

 オオオオオオオオーーーン

 図体に比例した大きな鳴き声を間近で聞いたテッドがどわっ、と悲鳴を上げて後ろにひっくり返った。
「いっつーー、なにすんだよ、こいつ!」
「ブラックから離れろ!」
 先程の怯えも忘れて、竜に突っかかろうとしたテッドの前に、小柄な影が立ちふさがった。
「なんだ、このガキ?」
「ガキじゃない!早く離れろよ!」
「お前こいつの飼い主かなんかか?」
「か、飼い主だって?!ブラックをペット扱いするな!ブラックは…!」
 初っ端からケンカ越し、数十秒でどんどんヒートアップする二人をよそに、シュラはいまだ竜を見続けていた、というか全く聞いていない。  そしてポソリと一言。
「カッコイイな……」
「「は?」」
「しかし目はどこかクリクリしていて可愛くも見える。だが全身を覆う鱗の光沢からは気品が感じられる……」
「「……」」
 険悪な雰囲気などものともせず、竜しか見てないからだろう。竜を褒めちぎる様子に気を良くした少年は、ムカツク奴は無視することにして、そちらに顔を向けた。
「あんたはわかってるじゃん」
「彼はきみの相棒か?」
 シュラがグルリンと反動をつけて少年の方を向くと、真正面から非常に珍しい満面の笑みで見つめられた少年の方は、目前にある予想外の整った顔に目を白黒させたり、顔を赤くしたりと忙しいながらもなんとか答えを返した。
「そ、そうだ…こいつはペットなんかじゃない、俺のたった一人の相棒さ」
「触ってもいいか?」
 ものすごく期待の篭った目で、しかもこの顔で見つめられて断れる奴はいない。
「い、いいけど…でも……」
「いいのか!感謝する!」
 感謝もそこそこに、実は内心テッドに先を越されて拗ねていたシュラは、うれしげに竜の元へ走り寄り、躊躇なく顎元を優しく撫で上げた。
 すると竜の方もそれにまるでそれに応えるかのようにシュラの頬をペロリと嘗める。
「やはり可愛い……」
「ブラックが触らせた…初対面の奴には懐くどころか絶対怯えるのに」
 だからこそ、テッドに何度も離れるよう訴えかけていたのだが。
 呆然と、しかしどこか嬉しそうにシュラを見つめる少年に対し、面白くないのはテッドである。
 初対面のガキに突っかかられるわ、親友は竜に懸かりきりだし、無自覚にも生意気なガキを誑かしてしまうしで、機嫌が良いわけもなくテッドの表情は段々険しくなっていく。
 そんなテッドをよそに2人は和気藹々と会話している。
「ほぅ、彼はブラックというのか、由来は?」
「…く、黒いから」

 まんまじゃねえか――っ!お前センスねえ――っ!

 心中で毒づく小心者なテッド。
「なるほど、ぴったりだ」
「っつーーかお前ホント何者だよ!!」
 プチ。
 のほほんとした、しかも大して身があるとも思えない会話についにテッドが切れた。
「なんだよ、そっちあんたの隊服、近衛隊のだろ。聞いてないのか?わざわざ出向いて来たってのに」
 隊服。
 確かにシュラは今、近衛隊を象徴する真っ赤な制服を身に纏っていた。
 しかし『出向いて来た』ということはまさかこの少年が……

 シュラとの会話を邪魔されて不満そうに口を尖らせつつも、一応正式な依頼なので、少年は窮屈そうにしながらも肩肘を張ったような感じで挨拶のポーズを取る。
「赤月帝国近衛隊の要請により、竜洞騎士団から派遣されましたフッチです。よろしくお願いします!」
 これには全員が驚きの表情を示した。いくらなんでも若い。というより幼い。
「では、フッチは竜騎士なのか?」
 いち早く正気に戻ったシュラが皆を代表して尋ねる。どう贔屓目に見ても10かそこらだ。
「そうだよ。まだ、見習いだけど……」
「大丈夫かよ、お前みたいなガキに乗りこなせんのか?」
「ガキガキ言うなよ!お前だってまだガキじゃんか!」
「な、なにおぅ!俺はこれでも三百…フガッ」
「はーい、そこまで!これ以上やってると任務に間に合いませんよ!」
 グレミオが間に入り、パーンがフッチを押さえ、クレオがテッドの口をふさぐ。
 黙って成り行きを見ていたグレミオ達だったが、いいかげんにしないと本当に時間が無くなってしまいそうな様子に、ついに止めに入った。
「そろそろ行こうか、皆。フッチ、ブラック、ヨロシク」
 そして静まったところでシュラが号令をかける。  絶妙なコンビネーションである。
 最初にフッチが乗り込み、シュラ、テッドと続いて6人全員が竜に収まった。
「よし、行くぞ、ブラック!皆しっかりつかまってろよ!……一人だけ落ちてもいいのがいるけどな」
「なにぉーーーー!…ってあわわわ!」
「あ、落ちた」
「まだ落ちてねぇ!」
 そんなテッドの悲鳴を最後に、6人を乗せた黒竜はその大きなツバサをはためかせ赤月帝国を飛び立った。




子供の頃、自分の世界の全てであったグッレッグミンスターは

空から見下ろすと、まるで玩具の模型のように小さくて

世界はこんなに広いのだと

実感せずにはいられない光景は

胸がざわめき、けれど何故か少し虚しかった




to be continue…




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