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++60.誤算++ 誰かが僕に言った。 | |
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なんと慈悲深い方だ あなたは皆の希望の光なのです | |
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求められるのは何者にも汚されることのない清廉な魂、強く、目映いばかりの人間。彼等はそんなものばかりで構成された人間が本当に存在すると思っているのだろうか。 人は誰しも光と闇を抱え、生きていく。だから闇はもちろん僕にも存在していた。例外なく。ただ僕のそれに気付く者は少なかった。僕自身が気付きたくなかったせいだろう。誇りという愚かな矜持故に。だからそれは表に放出されることなく、けれども僕の中で確実に沈殿し、徐々に濁り、暗闇は深くなっていった。 恨むな。僕達の戦う理由は復讐ではない。犠牲は最小限に、それこそが僕達の目指す解放の姿だ。 けれど、そう言う度に囁きかけてくる声がある。 …本当にそうか?そこに復讐という概念があろうとなかろうと結果など同じ。ならば、もっと楽な方法があるのではないか。思うままに破壊すればいい。復讐は成り、解放も成る。 | |
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帝国全てを滅ぼせば、全てが収まるではないか きっと、この声に耳を傾けてはならないのだろう。 今この深い闇の底まで堕ちてしまえば僕は二度と戻っては来られない。 わかっている。 わかっているのに。 何故だ | |
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オデッサを殺した帝国兵が 全てを残して死んだオデッサも | |
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グレミオを殺したミルイヒが 僕を置いていくグレミオも | |
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僕と父さんを戦わせたその地位が 僕を選ばなかった父さんも | |
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君を失わせたウィンディが 勝手に死を選んだ友も | |
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民を苦しめる皇帝が 状況を生み出した帝国そのものも | |
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憎い 憎いのだろう | |
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声が、 消えない。 | |
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全て あなたの持つその力を解放し それは キエテシマエ 闇へと帰そう これも僕の声だからだ | |
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身体が闇に包まれていく。 ボロボロボロボロと、身体の崩れる音がする。 もう、 疲れた。 いいのか? また別のところから声がする。 もう、いい。 役目は果たす。 彼らの望みは叶えてやる。 敵は全て消して、勝利して、 だからもういいだろう? ただ、そのために面倒なことを切り捨てるだけだ。 それはいらないのか? うるさい。そんなことはもうどうでもいい。 希望なんて無い。 どんなに願っても、叫んでも、手を伸ばしても、決して届かない。 絶望して、裏切られて、その繰り返し。 憎まないなんて無理だ。希望だけを胸になんて無理だ。 僕の望みは、いつだって叶わない。 もう何も、考えたくない。 いや、 もう考える必要はない。 ああ 闇とはなんと心地よいのだろう。 身体と空間の区別が消えていく。 染まる。 真っ黒に。 闇が嗤った。 「寝ぼけんじゃねええええ!!!!」 唐突に空間を揺るがす、怒号。 同時に何も無いはずの暗闇に、真っ赤な炎が燃え上がる。 実体のないはずの闇が、悲鳴を上げた。 「起きろこの薄らバカ!!!」 ピクリ 誰が、バカだと……? ないはずの指先が反応した。 「消えるな投げ出すな諦めるな!約束したって言ってたろ!!お前はそんな簡単なことまで忘れちまったのか!!!」 『やるからには、最後まであいつの意思を受け継いでみせろ!』 嫌なことを、思い出させる……! 溶けて消えたはずの腕に力が篭る。 緩慢になっていた頭が働きを取り戻して行く。 『最後まで、見てるからな』 こんなところでまで、僕の邪魔をするか。 本当にどこまでも、お節介で、暑苦しい、鬱陶しい男だ。 けれど、僕は確かに約束した。 してしまった。 あいつと 彼女の意思を裏切らないと―― だからまだ駄目だ。 駄目だ!!!! 闇が薄れ、何もなかったはずの闇にまたも独りの子供の姿を見つけた。 「あの声も放っておく気か。まだ聞こえてんだろ」 助けたいと。思った気持ちに嘘はない。 どんなときも。 今もまだ。間に合うのなら。 「蔑ろにして楽んなるか。無視して堕ちるか。それでホントにお前は納得すんのかよ!」 ナゼコンナメニアワナケレバナラナイ あの子が苦しむ声 ダレカタスケテ!! あの子が助けを求める声 ……ソウカ、ダレモ、イナイノカ―― 駄目だ。諦めるな。 堕ちては駄目だ! 闇が揺らぐ。 あの子どもが絶望の淵に堕ちようとしている。 打ちひしがれた姿。 相変わらず、顔は見えない。 救われたい、救いたい。放っておけない。たった独りで蹲るあの子どもを。 ふと、この紋章の元の持ち主である親友の死に顔を思い出した。 長く苦しいときの末に理不尽な死を与えられた者とは思えないほどに安らかに、穏やかに死んでいったあいつ。 君を助けることができなかった僕を、理不尽な苦しみを与えた全てのものをお前は憎まなかったのだろうか? 今の僕と同じように。 三百年の果てに、お前は最後の瞬間、どうしてあんなにも満ち足りた顔をしていたのだろうか? 君の声が聞きたい 君の気持ちが知りたい 教えてほしいんだ もう一度、もう一度だけ、僕の声に応えてくれ 君に会いたい 僕は走った。その子供の下へ。 きっと鍵はあの子が握っている。 そちらではない!そちらに行ってはならぬ! 闇が追いすがる。 だけどそれには従わない。 道を選ぶのは、僕の意思だ 子供の下へ辿り着く。手が触れる。空間が、歪んだ。 ******** 「トロイ殿、こんなところに一体何の用があるというのです?」 イルヤ島の浜辺。いや、今はもうそうだったものと過去形で語った方がいいだろう。つい先日エルイール要塞より新型の紋章兵器の攻撃を受けたイルヤ島はいまや港も町もほとんど原型を止めておらず、無残な瓦礫の山と化していた。 「特に用があったわけではない。どれほどの威力があるのか人の手が入る前に自分の目で見極めておきたかっただけだ」 「それではもう用はお済ですな。奇襲は素早さが命です。作戦に差し支えては大事。早々にオベルに向かいましょう」 オベルを落とし、クールークの占領下とする。それが二人に与えられた任務だ。イルヤの調査・占領は後日専用の部隊が派遣される手筈になっている。なので道中イルヤに立ち寄ったのはトロイの独断だ。あまり長居はできない。 「わかってい……待て。あそこに何かがいる」 船へ引き返そうと踵を返したトロイの視界が一瞬岩陰の辺りで何かが動くのを捉えた。 鳥か何かだろうか? 半信半疑ながらも確認のためその岩陰へと近づく。コルトンも後に続いた。 二人が見た先にいたのは赤黒いローブのようなものを纏った―― 「子ども?」 「まさか、生き残りですかな」 先は動いたように見えたが、今間近で見てみるとピクリとも動く様子がない。 死んでいるのか? 呼吸を確認してみると微かだが息はあった。 まだ生きている。 トロイはその少年を己のマントで包み、抱え上げた。 「トロイ殿、何をしているのです!生き証人など残すべきではありません」 今すぐ殺してしまうべきです 明確に言葉にせずとも、コルトンの目が何よりも雄弁に物語っていた。 「殺すのはいつでもできる。だがこの兵器の威力を証明する人間が一人は必要だろう」 コルトンの非難の声にもトロイは怯まない。こうなってしまうとトロイの意思を覆すことは難しい。押し問答を繰り返し、今後の侵攻に影響が出ても困る。その頑強な態度にコルトンは諦めのため息を漏らした。 「彼を助けてもここの罪滅ぼしにはなりませんぞ」 「わかっている」 二人が去り、浜は再び静まり返る。 |
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あなたの身体は未だ現世にある!以前とは違う、今の貴方は魂だけの! 闇の声はもう届かなかった。 |
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| to be continue… |
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