++1.再出発++





眼下に広がるのは対峙する二つの人の群れ

統一されたものとどこか散逸したもの

先は、見えた




 月日が経つのも早いもので、赤月帝国が倒れたあの日から、もう一年と少しの月日がたっていた。
 新たな国の産声に背を向けるようにして城門を超え、地に足をつけた後、エンは僕にどうしたいかを尋ねた。
 この国を離れて遠くへ行くべきだ。
 真っ先にそう思った。ここにいると苦しい。だから広い外の世界へ連れ出してくれるエンの手を取った。けれど実際声に出たのは「しばらくはこの国の近くで様子を見たい」というものだった。
 自分でも矛盾していると思う。壊すだけ壊しておいて、国も仲間も捨てていく僕がここに留まるのは全くもって中途半端だとは思う。
 けれど僕の根底では、やはり多くの血の下に、多くの希望を背負うこの国が建つ様を見ていたいと思う気持ちが確かにあった。いづれ帰るつもりもあるこの新たな故郷を。
 エンは反対しなかった。「好きにしろ」と言って人目につかないルートをリサーチした。さすがに国内に潜伏するのは無理があったので、もう少し南にある、かつてはクールークと呼ばれた大国跡地である自治領区域で様子を伺いながら時を過ごした。
 僕の心配をよそに、この国はレパントら解放軍の面々を中心に着々と戦争の傷跡を回復させていった。そして一年後、あのモラビア城侵攻の際、デュナン同盟軍に明け渡してしまった領地を奪い返すため、ついに新トラン共和国は動き出した。
 周辺諸国から見れば、内紛後まだ間もない国が再び戦争をしかけようなど無謀なように思えた。デュナン側も短期で決着をつけ、それを機に更なる領土拡大をも目論んで始めた戦だった。しかしそんなデュナンの思惑とは裏腹に、意外にも戦況は終始トラン共和国が優位を保っていた。
 戦いが始まってそろそろ一ヶ月が経つ。

「トランの勝ちだな」
 崖の遥か上から戦場を見下ろしていたエンが断言した。
「ったく無様なもんだぜ。あの同盟軍は相変わらずまとまるっつーことを知らねぇな」
 デュナンとグラスランドの間にも一部溝ができていると聞く。そのせいか心情的にトランの味方をしているようだが、それを差し引いても、エンの言っていることはあながち間違いでもなかった。不利と見るや否や決着もつかぬうちから敵は続々と背中を晒し、逃亡を始めている。
「確かにこれ以上心配する必要はなさそうだね」
 自分がいなくても彼らはやっていける。それを認めるのは少し寂しい。けれどそれは逆にかつての仲間達や民達の頼もしさの証明でもあった。
 トランはもう大丈夫だ。
 それは同時に、自分がここに留まる理由が無くなったことも意味する。
「潮時かな」
「お前はそれでいいのか」
 シュラは覗いていた望遠鏡を下ろし、うつ伏せの状態から起き上がり、体についた埃を黙って叩き落とす。
 エンは知っている。自分がこの国を離れないもう一つの理由を。
 崩れ落ちた城。残った瓦礫の残骸。必ず戻ってくるといった二人。ビクトールと……フリック。
 シュラはこの一年、彼らの情報を探していた。自分は自由に動けないので、エンにも手伝ってもらった。しかしついに彼らの確実な生存情報を掴むことは無かった。
「彼らは生きてるよ。でもここにいても僕にできることはもうない」
 ここにある紋章は、あの日マッシュを失ったとき以外は何の反応も示さなかった。エンのそれらしき目撃情報もある。おそらく彼らは生きているはずだ。
 シュラはずっと考えていた。二人には会いたい。フリックに伝えたいこともある。でも彼らの無事を知らせる右手のそれは、同時に呪いの象徴でもある。
「エン、一年前、君は僕に今度は自分のためだけに生きろって言ったよね」
「ああ、言ったな」
「僕はこれを制御する方法を探したい。これ以上失いたくないものがたくさんあるんだ」
 ゆったりと流れる時間の中で、目まぐるしさから解放された今だからこそ、自分の心の一番奥底に残った強い感情を自覚できた。
「付き合ってくれる?」
 今のシュラの目には、初めて出会ったときの絶望や、戦争直後の空虚さは見られなかった。ただ過去の別れの際に見せた、強い意志のみなぎった輝きがあった。
「ようやく先が見えてきたって感じだな」
 エンは了承の代わりにシュラの頭に手を乗せると、クシャクシャと掻き回した。
「ここでやっぱり探すとか言うんじゃねえぞ」
「言わないよ。今はね」


 わああああああああああ


 遥か下の方で勝利の鬨の声が上がった。今回の戦いも雌雄が決したようだ。後一月もすれば国境戦争自体の決着もつくだろう。
「そろそろ行くか」
「うん」





ソウルイーター

お前の好きにはさせない

新たな決意を秘め、かつての仲間に背を向ける

止めていた歩みを新たに始めるために





to be continue…




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