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++2.船出++ 「ビネ・デル・ゼクセ行きのチケット二枚下さい」 「はいよ!出港は二時間後だ。落とすなよ、お嬢ちゃん」 「……僕は男です」 その嬢ちゃんと呼ばれた少女、改めシュラは、ものすごく不機嫌そうな顔でチケットを受け取った。 「はっはははははっっ、ひっ、はは………痛ぇ!!」 「それ以上笑うと殴るから」 「もう蹴ってるだろーが!!」 ここはデュナン同盟国港町、クスクスの酒場。船券を買い終えたシュラはエンと合流し、その後船旅前の腹ごしらえと、食事をとりにやって来た。しかしシュラが注文した料理をあまりにも仏頂面で食べるものだからエンはさすがに気になって理由を尋ねてみた。最初は全く話す気配はなかったのだが、しつこさに鬱陶しくなったのか、単にやけくそなのかようやく吐いた。 結果はこの通りである。 「けどまぁ、そりゃぁ間違われてもしょうがねぇぜ。船乗り連中は皆、日に焼けてるし、がたいがいいだろ?お前は色白で華奢だ。おまけにちびだしな……おっと棍はやめとけ。料理が飛ぶ」 そんなへまはしないよ、とかぶつぶつ言いながらも、シュラは不承不承、棍をエンの隣に戻した。食事中に行儀が悪かったか、とか思ったのだろう。 「まぁ、でもこれでお前の面が割れてないことは確認できただろ?」 なるべく痕跡を残したくないなら女に間違われるくらいの方が都合いいしな、とエンは悪びれなく言ってくる。シュラが身体的に未発達な状態のまま、成長を止めてしまったことをコンプレックスに思っていることを知っていて尚この発言だ。 本当、時々この男を無性に原型を止めないほどボコボコにしてやりたくなる。 というかタコ殴りにしてもいいですか? 「お前、今すごく怖いこと考えてねぇーか?」 「別に。それが狙いでこんな格好させたのかと思っただけ」 今のシュラの格好は解放戦争中トレードマークとなっていた棍にバンダナに道着ではなく、ルックのようなロッドに魔法使い用のローブ姿をしている(そのため棍はエンに預けている)。色もイメージカラーの緑や赤は避け、白と黒で統一している。この町に入る前にエンが買って来たものだ。 貰ったときは単にあの服だと目立つからだと思っていた。(実際トランでは国境を越えるのに大分苦労をしたのだ。普通に検問を抜けていこうとしたのだが、全ての検問所にはシュラの特徴が書かれたビラが所狭しと貼られていた。レパントの執念。検問突破は断念せざる終えず、結局再び城壁越えを決行した。) デュナン同盟国はトランから近いし、シュラのことを知るものもいるだろうから、念には念をということなのだろうと。しかしどうやらこの格好には、性別さえも曖昧にさせるという意図があったあらしい。 「ま、今回だけだって。陸だとさすがに棍なしってわけにはいかねえしな」 というよりこんな格好では動きづらい。あのルックはよくもまぁこんなだぼっとした服で戦っていたものだ。 散々口論した末、結局どうしてもシュラがお嬢ちゃんを嫌がったので、この船旅の間はあくまで少年の魔術師で通すということで落ち着いたのだった。 真の紋章のことならハルモニア。 とのエンの言に従って彼らはハルモニア神聖国に向かい、北上を続けていた。しかしハルモニアと言えば真の紋章を集めていることで有名である。対して自分達は真の紋章持ち。その上エンはハルモニアに面が割れているし、シュラも戦時中何度かソウルイーターを使用したため、『真の紋章持ちではないか』と疑いがかけられていることが最近発覚している。普通にハルモニアに侵入すれば、飛んで火にいる夏の虫、と調べものを済ます前に捕まってしまうだろう。 そもそもハルモニアにたどり着くにも、各地に多く放たれている真の紋章狩りの存在もある。 仮にも敵対しているデュナン同盟国の検問を何箇所も抜けるのも正直骨が折れる。 それならばいっそ、と再びエンが提案してきた。海に出たらどうかと。 船代ははっきり言って関所を通過するより、数段に高い。だが地獄の沙汰も金次第。逆に言えば金さえ払えば、そして妙な真似さえしなければ、目的地に着くまで身元を詮索される心配はない。 シュラは初め、慎重にいけば陸路でも行けないことはないと思った。しかし…今は場所と時期が悪い。この辺り一体に新たに乱の気配が満ち始めている。今はまだ微かなものだが、戦乱を呼ぶというソウルイーターが起爆剤になりかねない状況はシュラにとって避けたいものだった。 そう考えると海に出るのも良い案に感じられた。一見船も閉ざされた空間で危険にも思えたが、この紋章は宿主には危害を加えたくないようだから船ごと沈むような被害は呼び寄せないだろう、と考えてのことでもある。 なにより、せっかく旅に出たというのだから楽しまなければ損だ。 シュラは二つ返事で了承した。 そうと決まった彼らはまず、隣国デュナン同盟国に向かった。トランから行く東航路の方が距離的には近かったが、西よりも東の方がよりチェックが厳しく、エンがグラスランドに用があるとも言うので取り止めた。それ以前にトランの船着き場になど行こうものなら、速攻でレパントの放ったシュラ捜索隊の警備網に引っかかっていただろう。 と、いうわけで、彼らはまずビネ・デル・ゼクセを目指し、クスクスから船に乗り、川を下り、海に出ることにしたのだった。 「そろそろ時間だね」 シュラが懐中時計を開く。 「よし、会計行ってくっから外で待ってろよ」 エンはシュラの棍を背負い、左手に自分の棍を持って立ち上がると、伝票を持って入り口の方の会計台へと向かう。 シュラも後を追って出ようとした。そのとき隣の男たちの会話をふと耳に留めた。 「おい、あれ決着がついたってよ。トランの勝ちで」 「あー、やっぱりな。端っから負けっぱなしだったし、しょうがねーだろうな」 「実際トランとやりあってる場合じゃねぇしな。ハイランドがきな臭くなってきたらしい。……って皇子が、ほれ」 「あの狂皇子か。ミューズも新たに傭兵隊を作るそうじゃねぇか。アナベル様のお墨付きの」 「傭兵隊?そういやウチの娘が副隊長がかっこいいだの、何のと騒いでたな」 「ほー、しかし顔が良くってもなぁ。名のある戦士なのか?」 「娘が言うにはそうらしいんだが、名前は、なんつったか……」 「おい、何やってんだ!置いてくぞ!!」 その先の言葉はエンの怒鳴り声によってかき消された。 勝ったのか……よかった。 シュラは元々トランの名に気を引かれただけで、デュナンの内情に興味があるわけではない。領土紛争の結果に対する安堵意外は、やはりこの乱の気は、以前から同盟軍とハイランドの間にあった火種が灯りつつある現状と繋がるのだろう、と何気なく思っただけだった。 「今行く!!」 だからシュラもそれ以上男たちの話を聞こうとはせず、すぐに身を翻しエンの元へ駆けて行ってしまった。 「思い出した!青雷のフリック!」 そしてそれはすでにその場を去っていたシュラの耳に届くことはなかった。 ******** 「出港――――――!!!」 船乗りの、非常によく響き渡る声とともに船は動き出した。 「そういやお前、海は初めてだっけか?」 「前に一緒に見たでしょ?」 何を言ってるのか、と不思議そうに問うシュラにエンが手を振って訂正する。 「違うって。船だ、海の船。船酔いには気をつけろよ。湖で乗る船とは違ってかなり揺れるぜ」 「一応水戦だって経験してるし、多少の揺れは大丈夫だよ」 シュラも海には波があることくらいは知っている。 「へっ、そんなこといってられるのも今のうちだけだぜ。初心者は大体なるんだぞ」 「そういうエンは大丈夫なの?」 「俺は十年位前に乗ったからな、余裕だぜ」 「ふーん」 トラン湖でも何人かは船酔いにやられていた。青白い顔をして皆苦しそうにしていたのを覚えている。 エンもここまで言ってるし、かなりつらいんだろうな、と思ったシュラは素直にその忠告を受け入れた。 そして出港から一時間後。 「ちょっと、エン。まだ海にも出てないんだけど?」 「ああ、川だな……」 「生きてる?」 「死んでる……」 十年のブランクは、船の揺れを忘れさせるには十分だったらしい。 見事船酔いしてしまったエン |
| 対照的に全く元気なシュラ |
二人を乗せて船は真っ青な晴天の空の下 順調?な船出を切ったのだった |
| to be continue… |