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++7.忍びよる(中編)++ あああああ、何でまだここにいんだこら。 目の前に立ち尽くす黒尽くめの影二つ。 そこから長年嗅ぎなれた匂いを感じ取った途端、相手から目的を告げられた。 予想通りだった。 なんとなく、あいつが倒れた少し前くらいから、視線を感じていた。 監視するような目。 だからこそ、態々全員と同じ緊急艇に乗らず、船員に頼んで自分達だけ後でこの付近を通るという商船に拾ってもらえるよう連絡してもらったというのに。 かなり不信な依頼ではあったが、命の恩人が「悪どい奴らを撒くためだ」と頼み込めばそれはあっさり通った。 少しでも長く、ギリギリまで部屋に隠れていたのも、敵が全員船を下りたと錯覚し、さっさと船から脱出してくれるのを狙ってのことだった。 後は、無人の船から残された緊急ボートで指定した岩場まで非難すれば、奴らともおさらばのはずであったのに。 とは言っても後の祭り。 あっちが予想より根性があったということだ。 観念して裏手で棍の柄をしっかと握り締める。 同じく隣でひっそりと高められる魔力の気配を感じた。 それを感じ取ったのか、相手も急速に殺気を膨らませていく。 互いに戦闘態勢に入った。 来る。 ぐっと膝に力を込めたそのときだった。 「あのですね」 空気読め。 何故か右隣の男に小声で話しかけられた。 口に手ぇ当てて、向こう伺い見ながら話しかけてきてんじゃねーよ。 本当の年を省みて、こっそりをとってつけたような動作が癇に障った。 ぶってんじゃねーぞ、こら。可愛くねーから。 「何だよ」 イラつきながらも無視するわけにもいかず、こちらも小声で返した。 すると返って来たのは、もっととんでもないものだった。 「紋章狩りって何ですか?」 マジか。 数拍の間を置いて、敵が未だこちらの打ち手を伺っているのを確認してから、まず根本的なことを確認した。 「…………お前、おちょくってる?この展開を前にできるって相当だぞ」 「いえ、本当に初耳なんですけど」 顔は真顔だ。 誰かこの世間知らずをつまみ出して欲しい。 「アキ、本当に知らないの?」 どうやら漏れ聞こえていたらしい。 シュラの顔にも「信じられない。バカな」という文字が大きく浮かび上がって見えた。 「お前、少なくとも百超えてんだろ?何で知らねーんだよ」 こんな話、とても紋章狩りには聞かせられない。 幸いにも風が強いため、声は向こうまで流れてはいないようだった。 ただ仕掛けようとした手を突然止めたことに対する当惑以外のものは感じられなかった。 とりあえず、まずは状況を理解していないこの男をどうにかしたい。 どの道奴さんらにそこにいられちゃあ、ボートを下ろすこともできやしないし。 そう思ってから切り替えは早く、紋章狩りたちと距離を取る為に常から愛用のアレを取り出した。 「あばよ!」 声と共に放たれたソレは地面に叩きつけられ、辺り一体視界が白く染め上げられた。 「煙球だ。一旦退くぞ」 声と共に後ろに続く気配が二つ。 それを背中に感じながら、とにかく奴らの目の届かないところまで撤退する。 一旦、階段を駆け下り、反対側の後方甲板を目指し走り出した。 そしてもちろんその間も敵に気付かれないよう一層声のトーンを落としつつ、聴取は続いた。 「150は超えてると思います」 「尚悪ぃわ!つかそこはどーでもいいし!何でだ!お前、ハルモニアから狙われたことねーのかよ!」 丁寧に訂正された。 予想よりも更に年をくっている。 尚更信じられない。 「え、あれってハルモニアの人なんですか?」 「そこから?」 「や、俺の故郷って結構ハルモニアから遠いでしょう?ですから、あんまり」 「いや俺はお前の故郷とか知らねーし。ってかどの道そんだけ生きてたらちょっとくらい関わりあるだろ?」 「言われてみればあれってハルモニアの人だったのかなー、っていう人は何人かいた気はします」 「わー、すっごいささやか」 「ありえねえ。揉めるだろ?普通は」 「俺、あんまり目立つの苦手なんですよ。だからちょっと違和感持たれたらうまいことかわしつつー、を繰り返してるうちにいつの間にか150年」 「ある意味すごいね」 「お前自身ハルモニアに興味持ったことないのか?」 「それって白の神殿のこと言ってます?」 「あ、それは知ってるんだ?」 真の紋章持ちから見て、ハルモニアの見方は二通りある。 一つは言うまでもなく、自らを狙う容赦のない紋章狩りとしての面。 そしてもう一つ。 ハルモニアが擁する最大の図書施設、『白の神殿』。 どの国よりも強く真の紋章に執着しているだけあって、おそらくどこよりも膨大な情報を握っている。 中でも知識の宝庫と呼ばれる『白の神殿』に眠る情報は半端ではなく、真の紋章持ち達が真っ先に興味を示す場として、当然のものだった。 「昔、親切にもハルモニアに近づくなって忠告した人がいまして。まぁ別に知りたいこともなかったし、危ないものには近づかない方がいいかと」 「一回も行ったことないの?」 「はい。全くないです」 まさか 思わず目を剥いた。 大抵の真の紋章持ちは、真の紋章を忌避しながらも、それを知識として知ろうとする。 秘められた力か、その根源への純粋なる興味か、封印か、制御か、理由は様々だろう。 だが皆一様に、求める。 その呪いに苦しみながらも、惹かれずにはいられない。 だからこそ宿主の誰もが一度は通る道、とエンはこれまでそれを疑ったこともなかった。 なのにこの男にはそれがない? 「何か変なこと言いました?」 微妙な空気が流れていることには気付いたらしく、隣の男は当惑顔で二人の様子を伺った。 どうやらシュラも自分と同意見らしい。 まぁ当然だろう。この男こそ、今最もその問題に直面し、悩んでいるのだから。 というかそれが普通の反応なのだ。 「まぁ、それも長生きのコツっちゃあそうなのかもな」 自分とは違う生き方の男。 その考え方に共感することは間違ってもできそうになかったが、エン自身元々相手に理解を求める性質ではない。 なので、それもまた選択肢の一つか、ととりあえずは納得することにした。 横でシュラは眉根を寄せて納得できなさそうな顔をしているが、それはこの際無視だ。 どうせ武人教育の賜物で頭が固くなっているアイツには、こういうふやけた発想が消化できないのだろう。 しかしこの非常時に一々そこまで構っていられるわけもない。 変な男だというのには全く持って同感だが、今はそれどころではない。 とにかくあいつらをどうにかしなければ。 ******** 後方甲板に出た。 しかしこれで問題が解決したわけでは決してない。 さて、これからどうするか。 「というかよく考えれば、まだ向こうも確信を持ってるわけじゃないんじゃないですか?」 「まぁ確かに。紋章見られたわけじゃないし。下手なことしたらエンたちまで目つけられるかも」 「ほうっておいて逃げた方がいいかもしれませんね」 隣ではあまり実になりそうにない、暢気な会話が繰り広げられていた。 「肝心の船を下ろす時間がねえっつーの」 「うーん、泳いでとか」 「船上から狙われたら逃げようがないだろうが」 「ですよねぇ」 話にならん。 逃亡歴皆無のあっちは仕方ないとして、シュラはもう少し自覚をしてほしいところだ。 誰が狙われてるかわかってんのか、こいつは。 「っつーか怪しまれた時点で最後なんだよ。お前なんて特徴で既にバレてるし、あのとき右手押さえて倒れたのまで見られてんだぞ?あいつらの間でブラックリストに載るかもしんねー」 「載ったらどうなんの?」 「最悪だぞ。顔ばっちり見られてっし、この船乗った時点で行き先は大体絞られるし、仲間に広げられたりしたら行く先々で追われる。何かしら手を打っておかねえと……待てよ」 そこまで言って、唐突に閃いた。 「そうか。あいつらまだ見たわけじゃないんだよな。顔も、はっきり知ってるわけじゃない」 そして、特徴が知られている紋章持ちはこいつだけではない。 これは、使えるかもしれない。 思いつくと同時に敵が追いつく足音がした。 「おい」 「何?」 「俺が何を言っても、適当に合わせろ。変な顔とか間違ってもすんじゃねーぞ」 「ぶっとばさないわけ?」 意外と短絡的な発言をする相棒を尻目に、眉を顰めて武器を構え、敵がやって来るのを待つ。 「俺ぁこれ以上目ぇつけられんのはごめんだ。苦手なんだよ、あいつらが」 「へぇ、随分弱気じゃないか。天下の炎の英雄ともあろう君が?」 「うるせぇ。しつこいんだよ、あいつらは。お前も一遍追われてみりゃあわかるさ」 「え、嫌だ」 「ヤダとかじゃねーんだよ。うんざりするぞ。本っ当しつこいから」 「……本当にその案うまくいくの?」 「知らねぇ。が、ちっとでも穏便に行く気があるなら黙って不適に笑っとけ」 「ふーん。じゃ、りょーかい」 「穏便に行くなら大歓迎ですよ、俺も」 そして敵が再び姿を現した。 「全く舐めた真似をしてくれる」 「しかしここが船上である以上、逃げ場はないぞ」 さすが真の紋章を狩るために派遣されている人間だけある。 息を乱す様子もなければ、二人の構えの息もぴったり合っている。そして殺気もまた本物。 やることに卒がなく、難破船にギリギリまで残る覚悟と国への忠誠心まで持っている。 時折逸れ者のようなものもいるが、こいつらはおそらくその為の訓練を受けたエリートなのだろう。 だが、だからこそ付け入る隙がある。 「つかお宅ら何もん?突然わけわかんないこと言って追いかけられる覚えがないんですけど」 「今更しらばっくれる気か?ならば何故逃げた」 「普通突然剣向けられたら逃げると思わねえ?」 「ほぅ。あくまで言い逃れたいならそれでも結構。しかしその男の真の紋章はいただく」 「もしかして、紋章狩りってやつか?なら無駄だぜ」 「ふざけるな!トランの英雄が黒髪赤目であることは我らの間ではもう知られているのだぞ!」 「ああ、そっちだと思ったわけか」 「……そっち?」 食いついた。 第一関門クリア さぁここからが正念場だ。 「それが今回は違うんだなー、これが」 「違うだと?」 「トランの英雄ってのは棍使いで有名だぜ?けどこいつは魔法使いだ。棍は持ってねえ」 「そんなものに騙されると思うか?トランの英雄は魔法にも長けていると聞く。なりすますのは簡単だ」 「何より棍ならお前が持っているだろう。英雄が黒い棍を愛用していたことは既に知れている。手放すのは惜しく代わりに近くのお前に持たせたのだろう。それが証拠だ」 「ぷくく、そう取っちゃったか」 ピクリ 刺客たちの肩がまたも震える。 そうだ。怒れ。 出来る限り腹立たしく、もっともっと相手の癇に障るようにだ。 「何がおかしい」 「んじゃま、見せてあげちゃおうかな。お前らの言うその証拠ってやつを」 背負っていた棍を抜き、巻いてあった布をゆっくり解いていく。 シュルリシュルリ なるべく勿体つけて。 そして露わになったのは 「朱い、棍?」 「塗り変えたか?」 黒い棍なんて出てくるはずがない。 あいつの分は当に別の船の上だ。緊急艇に避難する際、船員の一人に荷として港まで運ぶよう頼んでおいたのでここにはない。 当然、もしものこういう事態を想定した為だ。 俺、やっぱ天才かもしんねー。 「鈍いなぁ」 「貴様、我らを愚弄するか!」 出来うる限り頭に血を上らせた。 この手のタイプは真面目なだけに融通が利かず、視野が狭い。 そして怒れば怒るほど、それは増徴される。 「あのさぁ。敢えて時の人にこじつけしなくってもさぁ、ここら辺りでもっとピッタリとした該当者いるだろ?他に」 これみよがしに前に出て、自身を強調する。 シュラから自分に視線が移った。 「まさかそやつではなく、自身が英雄を名乗ると言う……ん?お前、黒髪琥珀眼?どこかで」 「……朱色の、棍?」 そうだ、来い。 「!!お前、まさか……!!!」 かかった。 ここまで来れば後は簡単だ。 「全くとんだ勘違いもあったもんだな」 「馬鹿な。貴様は、何年も前に死んだはずだ」 「はぁ?いつの話だ?もぐりか?」 「……本当、に?」 しっかし、妙なもんだ。 昔はあれだけ噂になったってのに、今の奴らはまるで亡霊でも見るような目で見やがる。 昔と違う反応に、消えていた自身の名の時が、感慨深い。 「ったく紋章狩りも落ちたもんだねぇ」 全くよぉ…… 「見たきゃ見せてやらぁ!これが俺様の右手だ!とっくとその目に焼き付けやがれ!!」 「まさか……」 「炎の英ゆ…………」 ハラリ 曝け出された右手に刻まれた赤き模様 布が舞い、 落ちた 「…………え?」 「…………烈火の、紋章?」 目の前に並ぶ、意外なものを見たと隠しもしない呆然とした顔が二つ アホ面 ニッと笑った。 「鴨がひっかかってんじゃねーよ!バーカ!!」 「貴様ら!かたりか!」 言い終わるが速いか、隣の小さい方の影が動いた。 「食らえ」 「っつ!!」 「何っ?!」 キン カシャン 懐から出たナイフが、敵の武器を奪った。 「遅い」 咄嗟に拾おうとしたが、それが適うことはなく 剣は正確に二人の首筋へと叩きこまれていた。 喉元過ぎ去れば、そこに転がる二つの身体。 正に一瞬の出来事だった。 静かになった甲板で、シュラがポツリと漏らした。 「もしかして、ヤッちゃった?」 「峰打ちですよ」 何故かこの状況でほんわりと笑う二人はこの際無視した。 倒れ付した刺客を見下ろし、相手を棍で転がす。 「っつーかさ、まともに相手なんかするわけねーじゃん。てめぇらも空気読め」 「ま、そだよねぇ。この非常時に止めて欲しいよ」 っつーかどんな時でも相手にする気なんてねーけどよ。 するだけ損だし。 「こーいう人達って命が惜しくないんですかね?」 「…………なんじゃねーの?どっちにしても迷惑極まりねぇ話だがな」 「全く」 「同感です」 「とりあえず、偽者を本物と間違うようじゃ、紋章狩りもまだまだだな」 ちょっとわざとらしいが、ダメ押しは必要だろうとしばし芝居を続けた。 こいつらもわかっているらしく、話を合わせて来たのはいいのだが。 「けどさ、この人たち絶対僕の方を勘違いしてたよ?だから僕は最初っから時の人で行こうっつったじゃん」 「ですよね。炎の英雄はいくらグラスランドに近いといっても騙るには古すぎますよ」 「そうそう。英雄の特権使うなら絶対、僕がトランの英雄役をやった方が儲かったのにさ」 「どうせ自分以外が目立つのが嫌だったんですよ。ああなんという自己中。嫌らしい」 「で、結局ターゲットの乗客や船員には気付かれてないでやんの。わざとらしく炎操りまくってたのにさ。唯一指摘してくれたのが紋章狩りだけって、厄介な目にしか合ってないし。本当しょぼ」 「最初っから素直に右手見せて騙りです、って説明すれば簡単でしたのに。しかも指摘も自己アピールのすえですからね。あまりに自分を無視してユラにばっかり注意がいくのが悔しいからって、見てて恥ずかしかったですよ」 「確かにあれは恥ずかしい。猛烈な自己アピールすぎて笑いそうだった」 「だから配役をもっと早く交代してればよかったんですよ」 「そうそうあれもタイミング最悪だった」 「配役交代のために、態々シュラが右手押さえて倒れる演技までしたのにまさかの事故」 「結局、無意味になっちゃったからね」 「せめて積荷だけでもいただくと危険を冒して最後まで船に残ってみれば、紋章狩りに襲われこの始末」 「全く一体全体リーダーは僕らにどう始末つけてくれるんだか」 このヤロウ。俺はお前らのリーダーになった覚えは断っっじてねえっっ!! 俺たちが"英雄の騙り集団"ってことを思い込ませるための作戦だってことはわかってんだ。 わかってはいるがしかし。 そこまで言うか。 特にそこのお前。初対面だぞ。普通言うか。まだよく見も知らぬ他人を演技とは言え、そこまでボロクソに。 敵の手前何も言えないのをわかっていてのこの仕打ち。 シュラはわかっていたが、こいつも相当性格が悪いということがようくわかった。 見えないところで拳をギリギリ握り締めながらも必死で怒りを堪えた。 しかしとりあえずこれで、ここに転がっている奴らも、後ろでそれを監視してる奴も追ってくることはないだろう。 騙り者を相手にするほど紋章狩りは暇ではない。 不満は残るが、作戦が成功したことに関してだけ内心ほくそ笑んだ。 その瞬間だった。 ドオオオオオオォォン 船体が、大きく傾いた。 「っ……タイムリミットだ!」 ついに来た最後の大揺れ。 「仕方ねえ!飛び込むぞ!西だ!ちょっくら遠いが岩礁まで泳げ!!」 本当ならボートのある前方甲板まで戻りたかったが、もうそんな時間はない。 距離はあるが、泳ぐしかない。 即座に判断し、急いで柵まで駆け寄った。が。 「ちょっと待って」 水を差された。 「何だ!!」 本当にギリギリの緊急時だから、怒鳴りながら先を急かす。 「飛び込むにあたって一つ言っておかなきゃならないことを思い出した」 「それ!後じゃ駄目ですか!!」 先までずっと冷静だった男も、さすがに焦っているのか語気が荒かった。 「なるべくなら今伝えておきたいんだけど」 なのにシュラには全く効いていない。 変なところで、肝が据わっている。 「なるべくなら後にしろ!!」 「いや、多分今言っとくべきかと」 「多分なら後に!!」 「でも今でないと意味が無いと思う」 しかしそれは今、このタイミングでは全く意味はなさない。 「うっせーなっっ!!だったら言えよ!早く!!」 「あー、待った。やっぱ後でも今でも意味は無いかも」 「どっちなんですか!!」 「でも結構重要だし、一緒に行動する身としては伝えといた方がいいよなぁ」 いい加減にしろ。 「っだー!!!御託はいいからさっさと言え!!」 「じゃあ言うけど」 「何だ!?」 「何です!?」 「僕泳げないかも」 「「は?」」 今のは、幻聴だろうか……? 二人にしては非常に珍しく、呆けた。 いやいやいやまさか、まさかですよ。 そんな。 なんてゆぅっくり、ゆぅっくり今伝えられたことを脳の中で消化している内に、船体はどんどん傾いてくる。 逃げ場はやっぱり海しかないようだ。 シュラが呆ける二人の前を通り過ぎ、通常となんら変わらぬ笑みで振り返った。 「じゃ行こっか」 ドボーン 縁に立ち、勢いよく飛び込んだ。 「「は?」」 先ほどの宣言に似合わぬ、お手本のような思い切りのよい飛び込み。 とても…………とは思えない。 パシャパシャパシャ やはり、先のは幻聴? バシャッ 「あ、やっぱ無理っぽ………ぃ」 パシャン 「「は?」」 ブクブクブク 「って、ちょっ、シュラ――っっ!!!!?」 「お前、マジか―――っっ!!」 冗談だろう。 すぐ「びっくりした?」とか言って浮かんでくると思われた元解放軍軍主は、冗談でもなんでもなく、浮かんでこない。 真剣に溺れている。 若干14歳で解放戦争を勝利に導いたカリスマ軍主、実はカナヅチ。 衝撃の現実。 を知ったからと言って、今どうにもできるはずもなく。 バシャーン バシャーン 方やシュラを追って飛び込み、方や船に積んであった木材の一本を蹴落とした。 「おいっ!!しっかりしろ!!」 「大丈夫ですか!!」 「げへっ、ごほっ、ごぼっ!!」 とりあえず飛び込んだエンが沈んだシュラを水面へと引き上げ、浮かび上がった丸太にしがみ付かせる。 「僕………泳いだこと、ない…実は」 咳き込みながら、とてつもなく重大な補足をされた。 「馬鹿ヤロー!もっと早く言えよ!!そーいう大事なことは!!」 遅い!遅すぎるぞ、その報告! 「泳げもしないのに、なんで真っ先に潔く飛び込むんですか!!?」 はるか頭上の船上のアキからも、同じような怒号が降ってきた。 「だって、いけると……思った」 「何を根拠に?!!」 叫びながらも、いまだ噎せるあいつの背を摩って宥めた。 っつーか何やってんの、俺?優しく背を摩るとかキャラじゃねーし。 側から見た光景を想像し、薄ら寒くなる。正直そんな自分はキモイ。 っっだーもー全くもって俺らしくねえ!! 一々一々世話を焼くなど自分の性分ではない。 なのに何故かここ一年は。 「これが炎の英雄のやることかよ」 隣ではまだシュラが泳ぎを試みようとパシャパシャと音を立てて悪戯に体力を減らすという、非常に無駄な努力を始めている。 その手を半眼で掴んで、大人しく丸太に捕まらせた。 「頼むから、離すな」 ドスの聞いた声でプレッシャーをかけた。 「おっけえい」 力が抜ける。 やってることは、ただの子守だ。 全く泣けてくる。 「どーすんだよ。こっから……」 こんな足手まといを連れてちゃあ、岩場まで泳ぐこともままならねえ。 水温は、凍えるほどでもないがあまり高くもない。 船が通るのは明日の朝。 岩礁まで行けずとも船体さえ見えれば合図を送って拾ってもらうことはできるだろう。 が、このまま夜明けまで浮かんでるのは、さすがにごめん被るぞ。 | |
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前途多難じゃねーか、このヤロー エンの心の叫びは、海の波間に虚しく消えた。 |
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| to be continue… |