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++7.忍びよる(前編)++ 狭い空間。 改めて二人で顔を見合わせる。 暗闇の中、カンテラの光が薄ぼんやりと人の形を照らし出していた。 ここはどこだろう。 まだ一向に明るくなる様子を見せない周囲の状況に、未だあの闇の中だろうかとアキと二人して夢心地のまま辺りを見渡す。 どうやら自分達はベッドの上に寝かされているらしい。 すると、椅子に腰掛け膝に肘を付き顎を支える嫌に目つきの悪い男と目が合った。 「オハヨウ?」 「おそよう。もうとっくに日は暮れたぞ」 目を丸くして、反対隣のアキと再度顔を見合わせる。 お互い腰元の時計を確認する。 朝でなければ、もはや夜の時間である。 「で?お互い挨拶は終わったか?」 半眼で問いかけられる。 そうして漸く目の前の男のことを思い出した。 「あ、いたんだ?」 「いたっつーの。勝手気ままに気絶したお前を、だーれがここまで運んだと思ってんだ」 言われてここが船室であることにも思い至る。 どうやらとてつもなく頭の働きが鈍くなっていたらしい。 俺めちゃめちゃ不信がられたぞ。 続いて悪態をつくエンの声で徐々に感覚が現在に戻ってくる。 フォローのしがいねぇー、と相棒が足を投げ出し身体全体でやる気のなさを表現するので「ごめんごめん。さんきゅー」と手を挙げて感謝の意を示したが、どうやら特に響かなかったらしい。 更に呆れた顔をされた。 「やー、なんかすいません。半分くらいは俺のせいですよね」 のぉんびりとした声が更に遮る。 既に立ち上がり、頬をポリポリと掻く男には悪びれがない。 しかしだからと言って特に反省の色も無い。 しかもさりげなく責任をイーヴンにされた気がするけれど、まぁ総合的に見ればあながち外れてもいないので否定はしないでおく。 へらりと笑う僕らと、エンは目を合わせることなく、自らの顔を片手全体で覆った。 そのまましばし数秒。 何だか知らないが、エンは今の遣り取りでやる気というか怒気というか諸々のもの削がれたようだ。 ふー。 でっかく溜息を一度だけもらした。 次に顔を上げた時には、もう不機嫌さは見られない。 「まぁ、その他諸々事情は全て後回しだ。とりあえずは」 そして大真面目な顔で一言、言った。 「逃げるぞ」 「「はい?」」 それはあまりに意外すぎる急展開だった。 「沈没――――――っっ??!!!」 「そう。沈没だ」 五分でまとめる。 そう言い置いて奇想天外な爆弾発言を落とした張本人は、先とは打って変わって最も奇妙な落ち着きをみせている。 どれくらい平常心かって言うと、この非常時にまったり袋に詰まってるピーナッツをポリポリ食っているくらいだ。 もしやこの発言と行動のミスマッチさから考えて 「冗談?」 「いや?沈んでる。間違いなく」 「この船が?」 「他にあるか?」 ポリポリポリポリ ピーナッツの音が、嫌に静寂に響く。 「えーと、何でまたそんなことに?」 シュラよりもわずか早く現実を受け入れたらしい。 アキが「俺も頂いていいですか。腹減ってるんで」とピーナッツの袋に手を伸ばしつつ、事情を尋ねた。 「いやなぁ、あのリヴァイアサン騒ぎでよぉ、かなり海が荒れたろ?」 「そだね」 「まぁ、雷神とかも撃ってますしね」 なんとなく流れでシュラもピーナッツに手を伸ばす。 ポリポリポリポリ 「進路がちいとずれちまってさ、岩場にガツン」 「まさか、衝突したんですか……?」 エンの表現に、アキの顔から若干血の気が引く。 「正面衝突ではねぇ。ギリギリで気付いて右舷に舵取ったおかげか穴は開かなかった」 「腕のいい乗組員に当たって感謝ですね……」 本当にその通りだ。 船倉に風穴なんて開いたりしたら、それこそ僕達は寝てる間にこの世から消えてるところだった。 「でホッとしたのも束の間。調べてみたらあら大変、船倉にヒビが」 「げ」 が、続いた言葉に思わず呻き声が漏れた。 「気付いたときには手遅れ。応急処置として板で塞いだものの、こりゃ長くは持たねぇってんで、一番近い航路を取ってる商船に救難信号を送ったらしい。んで、乗客総員に急遽非常用ボートにて下船するよう指示が出されて、全員無事船から脱出。今頃はその商船に保護されてるんじゃねーの?」 皆無事でめでたしめでたし、だな。 「待った。僕らは」 ポリポリポリポリ 「俺もさぁ、最初はそりゃさっさと脱出しようとしたわけよ。お前らを担いでもらってでも」 「で、何で俺達だけいまだここに置き去りに?」 「迂闊に身体を運んだり、揺れの激しい小船に乗せたら危ないかと思ってな」 エンは徐にピーナッツを食べる手を止めると、僕らの間を指差した。 「しっかり手、繋いでんだもんよぉ。お前ら」 指された手にはそれぞれ紋章が眠っている。 「事情はよくわからねぇが、外れちゃまずかったんじゃねえの?」 ポリポリポリ 「確かに、ね」 さっき僕がいた場所は紛れもなく、ソウルイーターの中の世界だった。 そしてアキがいたのも、彼の左手の中の世界なのだろう。 よくわからないが性質的に何らかの共鳴を起こし、多分、僕と彼の世界は繋がっていた。 彼が僕を見つけ、僕を現世に導いたところから見て、僕一人ではきっと抜け出すことは叶わなかった。 そしてアキ自身も、一旦共鳴した場を強制的に無理やり切り離されれば、本来の道を見失っていた可能性が高いだろう。 僕らの世界が交わっていたのは、おそらく物理的にも繋がっていたからこそ。 もしあのとき、紋章同士が一時でも離れていれば、世界は切り離され、僕らは二人とも。 「万が一手が外れたら、戻って来れなかったかもしれないな」 シュラの小さな呟きは聞こえなかったのか、エンは黙ってピーナッツを食い続けていた。 しかし、果たして本当にわからずにやっていたのだろうか?この相棒は。 シュラは目を眇めて、隣に座る男の横顔を眺めた。 エンは、非常に鼻の効く男だ。 単純に見えるが、意外に博識で、頭も切れる。 しかし時々気付いていても、平気で知らないフリをする。 その理由をこの男に問いただしたことはまだない。 付き合いは既に一年を超える。 そう短くもないが、長くもない。 把握できた部分も少なくないが、いまだ掴みきれないところもまた多い。 あの時も、そうだった。 何故、自分を連れ出してくれたのか。 「退屈だったから」 あれを額面どおりに受け取ってよかったのか。 多分、半分くらいは本当。 けど半分は違う。でも、エンはきっと言わない。 肝心なことは何も。 そういう男だ。 だから、やっぱり初めから気付いていたのかもしれない。 「何だよ?」 じっと見ていたのを、眼つけられていると勘違いしたらしい。 ぐーすか寝てたくせに文句つけんなよ、と睨み返してくる。 子どもっぽいのか何なのか、やっぱりこいつは謎だ。 「何でも」 結局のところ、エンの判断は正しかったということか。 その点は感謝すべきだろう、でも不本意だから礼は言わない。 借りはいずれまとめて返すつもりでいる。 実は意外とプライドが高いことを知っているので、そんな男が頼ってくる日を想像するのは、非常に楽しかった。 含み笑いをする僕を見て、エンは非常に嫌そうな顔をしていたが、暢気に応戦する場合でもないので、それは軽く無視した。 「じゃあ残ってるのは俺達だけですか?」 ニコニコ そう擬態語が聞こえてきそうなほどの笑顔。 微妙な沈黙は、再び能天気な声によってあっさりと破られた。 アキはこの空気に気付いていないのか、それとも気付いて尚、無視しているだけなのか、彼もよくわからない。 でも昔も意外と食えない人だ、と感じた覚えはあるので、後者なのかもしれない。 その笑みからは何も読み取れない。 彼は何時も笑っているから。 笑いの奥に、怒りも苛立ちも喜びも悲しみも、全て綺麗に押し込めていたことを僕は薄っすらと思い出し始めていた。 どうでもいいけど、何だか曲者ばかりが集まってきた感じがちょっと嫌だ。 そんな僕を置いて会話は続く。 「船長以下、乗組員の何人かはさぁ粘ってくれたけどな、危ねーから脱出してもらった」 「って言うかこうやって話してる間にも、ちょっとずつ沈んでるんじゃないですか、今も」 早く逃げた方がいいのでは? アキの声が、薄暗い船室にポツリと落ちた。 ポリポリポリポリポリ ゴクン ピーナッツの最後の一粒が消える。 「さて、これで5分だ」 パン 食べ終わったピーナッツの袋を破裂させた。 「腹ごしらえも終わったし。行くぞ」 ******** そして僕らは揃って甲板へ向かい、船倉を全力失踪していた。 「ねぇ!!何で僕らこんな走ってんの?!ピーナッツ食ってる意味あった?!さっきの!食わずにさっさと逃げてりゃこんな全力で失踪しなくてもよかったんじゃない?!ねぇ!!」 「大事の前には腹ごしらえだろ?」 「それで沈んだら元も子もないんですけど!」 「沈む前には大揺れするっつてたからまだ大丈夫だって。俺達の脚ならそれからでも充分間に合うだろ」 「充分じゃなくてギリギリ!それは!ピーナッツがなくて初めて充分だったの!」 「腹へってたんだよ、おりゃぁ」 「……嫌もうそこはさぁ、袋持って逃げりゃいい話だよ。ピーナッツでもマカダミアナッツでも」 「あ、マカダミアナッツは群島の名産ですよ。よかったら今度プレゼントしますけど」 「…………ありがと。空気の読めなさが気にならなない思いやりに泣けてくるよ」 「あー、話に出るとなんか無性に食いたくなるよな。マカダミアナッツって」 「ですよねぇ。しかも時折言葉にしたくなりません?」 「お、あるある」 「不思議ですよねぇ」 心底どうでもいいわ。 とてつもなく命の危機のはずなのに、何故マカダミアナッツ談義…… どうして自分の周りに集まるのは一風変わった人間ばかりなのだろうか。 このパーティで、これから先大丈夫なのかなぁ。 シュラはどうあっても平凡な人生を歩めなさそうな自分の未来に、内心呻いた。 そして 「でも僕はアーモンド派」 「あ、俺カシューナッツ」 「じゃあ俺はココナッツで」 「「マイナー」」 「ええ?!」 大人しくナッツ談義に参加した。 『要するに足が動いてりゃいいんだよ、助かりさえすりゃあ』 結果良ければ、あるある談義だろうが、恋バナだろうが、猥談だろうが好きにしてくれ。 そして少年は、「資質と頭と身体は別なものなんだよ」ということを、改めて学んだ。 難しく考えるだけ損なら、好きなようにやるまで。 そしてシュラの性格はまた少し歪んだ。 後もう少しで甲板、と言うところで、突然エンが足を止めた。 急なことに対応しきれず、慣性そのままにシュラはエンの背中に激突する。 「何さ、急に立ち止まって鼻がへこむっつーの」 こちらは少し距離があったためか、殿を走っていたアキは衝突せず、トトトと数歩地面を弾き、シュラの隣で無駄に軽やかに立ち止まった。 うーん、美青年って何をしても本当様になる。 その立ち姿に変な感心をしているシュラを尻目に、アキはエンさえも追い越し、さっさと甲板へと降り立った。 「誰かいらっしゃいますね」 それは変な話だ。 「エン?全員脱出済みだって言ってなかったっけ?」 眉を顰めて固まっていたエンだったが、チャリ、という複数の金属の擦れる音に、ダハァと思いっきり肩を落とした。 「げぇ、サイアク」 その空気はなんとなく僕も今感じたところである。 けどわからないのは。 「えー、こちらどなた?エンのオトモダチ?」 「うーん、一般的にはオトモダチは挨拶でこんな物騒なものは振り回さないんじゃないですかね」 「いやエンの場合は時々あるよ。だからギャンブルは止めようといってるんだけど」 「それは困りましたね。お金の問題は根深いですから」 「だよね。賛同が得られて嬉しいよ。でも今回はエンのお客じゃないみたい?」 「そうですか。しかし残念ながら俺にもこんな物騒なオトモダチはいませんね」 「じゃ、態々こんな難破寸前の船でギリギリまで待っててくださったこの親切な方々は一体どなたかな?」 そう、こいつらは、何者だ? エンが背中の棍に手をかけ、静かに呟いた。 「紋章狩りだ」 四つの目が、自分に集中する。 「そちらの男」 「その右手、我らが貰い受ける」 | |
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雲の合間から覗く満月の光が刺客達を照らし出す 魔の手は気付かぬうちに、すぐ傍に迫っていた |
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| to be continue… |