ブツブツブツブツ。
 何度も閉じては開き、閉じては開きしたせいで折り目がくっきりついて弱弱しくなってしまった紙片をじっと見つめ、繰り返しその内容を口にする。
 これで当ってんのか?
 判定できる人間がいないためそれさえわからない。
 が、兄が耳にたこができるくらい撥音してくれた、更にテープにまで吹き込んでくれた音は確かにこんな感じだったと思う。
 全くこのくらい日本語でやらせろよな。
 慣れない言葉と奮闘のあまり鼻の付け根に皺を寄せるおれに不安を感じたのか知らねーが、やつらが周りに群がってきた。
「豪君、ちゃんと暗記できてるんでゲスか?」
「大丈夫だっつーの」
 たった数行だぞ、藤吉。お前おれをどんだけ馬鹿だと思ってんだ。
「どれどれ…げっ、豪。お前こんな舌噛みそうなのちゃんとしゃべれんの?」
「だ、か、ら、今必死で練習してんだろうが」
 豪樹、お前のは心配じゃなくて明らかにただのキョーミホンイとかいうやつじゃねえかよ。
「真面目にやるダスよ、ウンコ野郎。失敗したら日本の恥ダス」
「ぐっ、わかってるっ」
 二郎丸のやつ。微妙にリョウみたいな落ち着きを身に着けやがって気に食わねえ…だが、我慢だ。
 今は集中するんだ!おれ!
「ブツブツうるさい」
 烈、矢……プチ

「だあああ、もう!うるせえのはお前らだっっ!本番前だぞ、もっと緊張感持ちやがれええっっ!」
 大声で吼えた瞬間、選手宣誓の内容が書かれたメモが宙を舞った。
「豪君、落ち着いて…」
 土屋博士が困った顔で宥めようとしたが、それをスピーカーから流れたぎこちない日本語が遮った。

『TRFビクトリーズの皆さん、入場お願いします』
「「「「「おう」」」」」

 ついに、来た。

 瞬時に、自分の中のスイッチが切り替わる。
 兄貴の、Jの、リョウのいないWGPが始まる。




++距離2〜豪ver〜++



 バイエルン州、フランクフルト空港。
「おー、来たぜドイツ!」
 兄貴達の穴埋めには補欠メンバーから正式メンバーへと昇格した二郎丸。
 んでもって新しく豪樹と烈矢が加わった。
 つっても正式決定したときにはもう大会まで後一月ってとこまで来てたもんだから、準備の方はかなりやばかった。
 まず豪樹達のマシンをGPマシンに改良しなきゃならなかったし、他のチームの特徴とかを叩き込まなきゃならないとか、ホント大変だったぜ。
 ……まぁ実際、駆けずり回ってたのは土屋博士とJと兄貴だけだけどな。
 リョウは二郎丸にかかりきだったし、豪樹と烈矢は自分のマシン改良に専念してたし、おれ達もまぁ、言っちまえば自分のことだけで手一杯だったしな!
 つうか他人のことなんて面倒臭ぇっ!!
 ってな感じで、出発直前まで慌しかったのは言うまでもない。
 それでもこうやって無事、間に合ってるんだからすごいよな。
 しかし外国ってのはめちゃくちゃ疲れる。
 乗り換えのときも、普通に飛行機が何時間も遅れやがるし、おかげでもう日が暮れたっつーのに、博士は「こっちではこれが普通だからねぇ」とか言うし、日本じゃありえねえぞ。



「ゴー・セイバ!」
「へ?」
 ブツブツ文句を言っていると、聞き覚えのある声。
 最初は人の波の中、どこから呼ばれたのかわからなかったが、銀の髪。
 それが目に入った瞬間、すぐに相手を知る。
「あれ?エーリッヒじゃん」
「お久しぶりですね、ゴー・セイバ」
「なんでこんなとこにいるんダス?」
「何故かと聞かれれば当然貴方達を寄宿舎へと案内するためですよ」
「学校ねえの?」
「ありますよ……今日は早退です」
「それっていいんダスか?」
「いいわけないでしょう。ミハエルが行かせろと学校側にごり押しした結果です」
「お前、ハンブルクに住んでるんじゃないダスか?」
 豪にはよくわからなかったが、兄が将来鉄心について世界を回ろうとしているため、必然的に二郎丸は地理に強くなっていた。
 ハンブルクはドイツの北部。ここは西部。
 弟を心配した兄から託されたドイツ地図を思い浮かべ、なんとなくだが、ちょっと迎えに来る距離ではないことはわかった。
「確かに少し遠いですけど、飛行機を使えば一時間かそこらで来れますからそれほどでも。それにドイツの学校は基本半日制ですので、昼には帰宅できますしね」
「マジで!!めちゃくちゃいいじゃん!!」
 あんまり勉強しなくていいし、ミニ四駆を走らせる時間が増える。
 藤吉を除く四人が目を輝かせたのがわかったのか、エーリッヒは少し気の毒そうな眼差しで彼らを眺めた。
「ワテらは違うでゲスよ」
「え?」
「お喜びのところ大変申し訳がないのですが、貴方達は三時過ぎの下校ですので」
「何で!!!」
「ワテらが入るのは、フランクフルト日本人国際学校。つまり日本の時間割を主体にした学校でゲス。いきなりドイツ語が飛び交う学校には入れないでげしょ?」
 それは確かに無理だ。
「寄宿舎からミニ送迎バスを出しますので、それで勘弁してください」
 落ち込む彼らをエーリッヒは励ましたが、「初めからぬか喜びさせてほしくなかった」というのが四人の心境である。
 藤吉だけが冷静に会話を続けている。
「ん?でもよく考えたら、その場合エーリッヒ君は早退しなくても充分間に合ったんじゃないでゲスか?」
「まぁ普通ならそうですね」
 そこでエーリッヒが苦笑いを一つ。
「朝六時から突然電話が掛かってきて、寄宿舎の方に呼び出され、飛行機で飛んで、施設を案内されて、説明事項の用紙を渡され、折り返し空港に戻ってきたということがなければですが……」
 た、大変すぎる……。
 先のショックなど小さい小さい。新たな衝撃に豪達の顔は見事に引きつった。
「というか、ミハエル君もエーリッヒ君がハードすぎるとか思わなかったんでゲスかね?」
「うちのリーダーが今更そんなことを気にすると思いますか?」
「…………」
 ま、納得。
「けどそーいうミハエルの奴は来ねーのか?」
「最初はそのつもりだったようですよ。でも急な用が入りまして。それでも知らない相手よりはと言うことで」
 僕にお鉢が回ってきたわけです、と苦笑いする割には、エーリッヒは意外と楽しそうだった。
 そういえば、こいつも結構曲者だったな。
 豪は思い出した。
 兄とエーリッヒは仲が良く、そして二人が時折楽しそうに交わしていた物騒な会話達を。
「なぁなぁ」
 過去の厳しい思い出に浸る豪の意識は、後ろの豪樹ののほほんとした声に遮られた。
「何だよ、豪樹?」
「あいつ知り合い?」

 ズルッ

 そしてずっこけた。
「何だよ、豪。どーかしたのか?」
「どーしたじゃねーよ!何でだよっ!!」
「元アイゼンヴォルフのナンバー3でゲス。豪樹君、前回のWGPビデオ見てなかったんでゲスか?」
「や、マシンは見てたんだけどさー」
 兄貴、苦労は全然報われてねーみてーだぞ。
 目を輝かせて第一回、第二回の試合ビデオに見入る二人に『勉強熱心』と感心しながら細かく選手についても説明していた兄の姿を思い出した。
 思わずらしくもないが遠い目をしてしまった。
「……豪樹君も中々マイペースでゲスな」
 どうやら藤吉も同じことを思ったようだった。
「取り敢えず移動しましょう。ミハエル専属の運転手が表に車を回してくれてますので」
「おお、さんきゅー」
 土屋博士への挨拶が終わったらしい。
 エーリッヒがようやく前に立って歩き始める。
 しかし、何かを忘れているような。
「そういえば烈矢君はどうしたんだい?」
「それだ!」
 何かさっきから会話がスムーズだと思ったらあいつが口出してこなかったからだ!
 振り返ってみると、烈矢は大人しく……左右にゆらゆら揺れていた。
 もしかして。
「おい、烈矢。そろそろ起きろよ」
「立ったまま寝てんのかよ!!」
 烈矢はそれでも起きなかった。
 尚、ゆらゆらしたまま歩き続けた。
 ま、マイペースすぎる。
 しかしそれに全く動じず放置する豪樹も、やっぱり負けず劣らずマイペースだ。
 これは相当苦労するかもしれない。
 そーいうの考えんのはおれのポジションじゃねーのに、と不満に思ってももう遅い。

 ま、なるよーになるさ!
 所詮は豪。
 次の瞬間には持ち前のポジティブシンキングで、憂鬱は遥か彼方へ飛び去っていたのだった。


********



「ここが今回利用する寄宿舎になります」
 車で一時間、ハイデルベルク。
 ブドウ園や森が続くのどかな風景。
 チラホラと古城が見られる中、辿り着いた寄宿舎はアメリカにあったものより、更に設備が発展していた。
 広大な庭と噴水の設置された広々とした空間。
 少し低めのホテルのような建物がいくつか、その空間をゆったりと囲むように連立していた。  
「おお、すげぇ」
「おい、起きろよ。烈矢」
「ん……なんだ城じゃないのか」
「贅沢言うな!」
 寝起き一発目で文句を言った烈矢を豪樹が殴り倒した。
「烈矢君の扱いは豪樹君に任せるのが無難でゲスな」
 藤吉の提案におれは一もにもなく頷いた。
 エーリッヒの奴は律儀に答えている。
「けどオレもちょっと泊まってみたかったなー」
「ご希望なら城に泊まることもできますけどね、あまりお勧めはしませんよ」
「なんで?」
「石造りの城は寒いんですよ。夜は特に底冷えしますし、昔の建築だと隙間風も吹き込みます。それに」
「それに?」

「出ます」

「…………何が?」

 豪樹と烈矢が揃って首を傾げる。
「止めとけ」
 豪がわからない二人の肩にポンと手を置き、静かに首を横に振った。
「わかんなくていいから聞いとけ。こいつはホンモンだから」
 尚も二人は理解できなかったようだが、藤吉と二郎丸は重ーく頷き賛同している。
 エーリッヒは、見える。
 もう何がとは言うまい。基本アレが苦手ではないおれ達でも、やっぱり本物は何度も見たいものじゃない。
「でもせっかく来たのに勿体無くね?」
「バカヤロウ!勿体なさより命だ!!」
「?何がだ?」
「どうしてもと言うなら、ミハエルの城にしてください」
「大丈夫なのかよ?」
「あそこは何故か出ないので」
 安全です、とにっこり笑うエーリッヒだったが、豪樹と烈矢以外はあまり笑う気分にはなれなかった。


「荷物は自分で部屋まで運ぶことになってます。日本のホテルほどのサービスは期待しないで下さいね」
 何だかんだありながらも落ち着いたところで、エーリッヒが施設を案内してくれた。
「しかしすごい施設だね。それにまだかなり新しい気がするんだが」
「ああ、新築ですから」
「わ、わざわざ作ったのか?!」
「と言いますか、これが終わったら企業研修・アスリート合宿等の宿泊施設として利用される予定なんです。言わば今回はその前のモデルケース、テストの一貫というわけです」
 まぁこれを企画して推し進めたのはミハエルですがね、という小声の呟きは聞かなかったことにした。
「部屋割りはどうするダスか、博士?」
「うん?君達のしたいようにすればいいと思うが」
「今回部屋は一人一室ですので、心配はいりませんよ。ジローマル・タカバ」
「そうなんダスか?!随分太っ腹ダス」
「そりゃあヴァイツゼッカー財閥の圧力がかかってますから」
 ミハエルは自分が遊びに来ること前提で、ここを作ったに違いない。

 エレベーターを使って三階がおれ達の部屋。

 二郎丸はあからさまに喜んでやがる。
 別に人見知りをするわけでもねーだろうけど、これでも一匹狼なとこがあるリョウの弟だかんな。
 一人の方が気楽でいい、ってことなんだろう。
 ま、おれも二人でも気にしねーけど、一人でゆったり使えるならやっぱその方がいいしな。
「って豪君、何してるんでゲスか」
「え?何って電話だろ?家に無事着いたって報告すんだよ」
 はぁ。
 藤吉と博士とエーリッヒの三人が顔を見合わせ、同時に溜息をついた。
 な、何だよ?
「豪君、時差って言葉をもう忘れたんでゲスか?」
「ゴー・セイバ。ドイツの時間は日本より八時間遅れています」
「え?ってことは」
 日本は今何時になるんだ?今は六時だから、えーと。
「日本だと深夜二時頃でげす」
「へー、それ聞くとやっぱ遠いんだなって感じるよな」
「だって今かけねーと忘れるじゃん。大丈夫だって、夜でも電話がなりゃあ誰か起きるだろ」
「いやそーいう問題じゃなくてモラルとか思いやりの問だ」
「あ、出た」
 聞いちゃいねえ。
 はああ、とか後ろで一斉に溜息が聞こえてきたけど、んなもん家族で一々気にしてられっかよ。

「もしもし、豪かい?」
 ほら出たじゃねえか。
「母ちゃん?うん、おれおれ。無事泊まるとこについたから」
「そうかいそうかい。よかったよ、人様に迷惑かけたりしてないだろうね?」
「あのなー、着いた早々何やらかすってんだよ。そりゃあんまりだぜ母ちゃん」
「ああごめんよ。ついいつもの調子で、まぁ元気で何よりだよ。まずはちゃんと部屋の片付けするんだよ」
 それから十分。
 延々と注意点を上げられ続け、やっと電話は切れた。
「まーだ耳がキンキンする…母ちゃんホントうるさすぎ」
「心配されてるんですよ」
「豪君はそれくらい言われないと、本当に片付けないでゲスからね」
 うるせぇぞ藤吉、事実でゲス、と喧嘩が勃発しそうな気配を感じ取り、土屋博士が慌てて間に入り込み、新しい部屋の被害は無事防がれた。
 なんだか物足りない。
「そいや、兄貴は出なかったな……」
「当たり前でゲス」
 藤吉が即座に反応を返すのに再び豪はムッとしかけたが。
「心配しなくても寝る頃には向こうが朝ですから。少し遅くはなるでしょうけど、ちゃんと掛かってきますよ」
 なぐさめるように肩に手を載せたエーリッヒに、なんだか気恥ずかしくなって、結局それ以上は何か言うのは止めた。
「そだな」
「ではそろそろ夕飯にしましょう。食堂にご案内します」
「やったダス!」
「よっしゃ、行こーぜ」
「メシ」
 そうしておれ達はドイツ生活での初めてのご飯を食べ、それぞれの部屋へ戻り、風呂に入ったり、部屋を片付けたりしているだけで、一日目はすぐ終わってしまった。
 疲れてはいたけど、おれはすぐには寝なかった。
 待っていた。



 しかし電話はかかってこない。

 兄貴、母ちゃんから電話あったこと聞かなかったのか?

 ついにその日は電話がなく、どころか次の日になっても、その次の日になっても電話はかかってこなかった。


 そして烈から全く連絡のないまま、第三回WGPはその幕を開けた。




to be continue…

新ビクトリーズ。捏造。でも順当に行けばやっぱり豪樹と烈矢と二郎丸ですよね?しかし、MAXほとんど見てなかったのでキャラがわからない…(汗)



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