「………………………はぁ」
 もやもやする。
 目の前のものに集中することができず、僕は気付けば溜息を吐いていた。
「おい、烈。ちゃんと聞いるか」
 椅子に寄りかかって伸びている僕の姿に八田が不機嫌そうな声で呼びかけた。
「うん。八田が突然往来で盆踊りを始めて、拍手喝采大物プロデューサーからスカウト。あるニュース番組でバナナプリン作成の才能が開花し、叩き売りを始めるも、事業失敗。開拓地送りって話だったよね……」
 全然聞いてないし、見てもない。
 なんとなく投げやりな気分になっていた僕はかなりというか、とてつもなく適当すぎる茶番を語った。
 案の定、八田はとてつもなく険しい顔をしてこう言った。
「何だ。ちゃんと聞いてたのか」
「嘘ぅっっ!!」
 ただし、返答は予想外のものだったが。




++距離3〜烈ver〜++



「何変な悲鳴をあげてる?人生嘆いてるのは俺のほうだぞ」
「ああー、確かにひどいね」
 途中まではうまくいっていたというのに。
 机の上に広げられたボード版の駒である車を『開拓地』へと進めつつ、ブツブツ言っている八田の姿を改めて見返し、自分が今何をしていたのかということを漸く思い出した。
「うーん。というかこの人生ゲームがちょっと奇抜すぎるんじゃないかな?」
 J君の車は既に子どもピンでいっぱいになっている。
 というか溢れている。差しきれなくて隙間に三人ほど転がされている状態は何だか切ない。
 この若さでこんなに子沢山な人生はちょっと困るよね。
 というかどうやってこんな事態になったの?
 ちょっと想像がつかずに、しかし聞くのが怖かったので黙ってルーレットを回した。
 回転が止まるまでの間に他と比較し、自分の人生を振り返ってみた。



 職業:サラリーマン  家族構成:自分、嫁、息子二人



 平凡って素晴らしいけれど、こんな奇抜なゲームの中でさえ普通の人生を歩める自分というのもどうだろう?
 皆がありえない感じなだけ逆に物悲しい。
 ゲーム版を中心に更に空気が澱んだ。
「岩倉先輩。なんでこんなもの持ってきたんですか」
「期待のルーキー星場が悩んでるって言うからさぁ、人生見つめなおすのに役に立てばと思ってな」
 澱んだ空気の原因を持ってきたバスケ部のキャプテンは借金に埋もれ、しばらく後には八田と同じ開拓地送りになるであろう自分の駒を見下ろし、これまた悲しそうに呟いた。
「こんな壮絶な人生しかないゲームでどうやってリアルな人生を見つめなおすんですか」
 真っ先に開拓地送りになったことを未だに根に持っているのか、八田の眼光は鋭かった。
「実は元々貰い物で一度もやったことがなかったんだが……まさかここまでクソゲーだとは思ってなかったんだ」
 確かに数日前、キャプテンに溜息の原因を聞かれ咄嗟に茶化して、『人生に悩んでるんです』などと深刻ぶって言った覚えがあるが、それが原因で更にへこまされることになるとは思わなかった。
 そもそも気遣いは嬉しいが、今時『人生ゲーム』はないだろう。
「やめだ、やめ。今度こんなの持ってきたら生徒会権限で没収しますよ」
 反省して項垂れる先輩にも八田は容赦ない。
 さっきまで一緒になって遊んでいたくせに、なんとも理不尽な宣言を叩きつけると、さっさと車を回収し始めた。
 けれどまぁ気分的には僕も同じような気持ちだった。
 次に僕がとまるはずだったコマには、『宝くじがあたって二泊三日のドイツ旅行へレッツゴー』と書かれていた。

 『車』の駒に『ドイツ』

 極め付けに息子ピンは『年子の兄弟』

 珍しく部活が休みで、折角八田達が気分転換に遊びに行こうと誘ってくれたはずなのに、どうしてこうなってしまうのか。
 こんなことなら岩倉キャプテンに呼び止められる前に、さっさとゲーセンにでも行けばよかった。
「キャプテン、気を遣ってもらってありがとうございました。でも今日はもう真っ直ぐ帰ります。八田もJ君もごめん」
 がっくりと肩を落とすキャプテンにうまいフォローの声を掛けることもままならず いつの間にか再び吐き出された溜息を僕は止めることができなかった。




 豪がドイツへ行ってから数週間が経った。
 豪がいなくても別段何事もなく日々は過ぎていく。
 当たり前と言えば当たり前。
 元々学校が別になってからは顔を合わす機会が減っていた。
 豪がいないからといって今更僕の生活が特別何か変わるはずもない。


 と思っていたのに。



********



 はぁ。

 あ、またやったか。
 家に帰ってからもそれは留まることがなかった。
 食事を終えた後、しばらくの間は現在気に入りの時代劇に見入っていたはずなのに、いつの間にか溜息が漏れていた。
 これで今日は148回目だ。
 最近の僕はどうもボウッとしていることが増えた。
 別段食欲がないわけでもないし、眠れないということもない。
 この間のバスケの試合もほんの十数分だけれど選手として使ってもらえたし、体調にも問題はない。
 だけどこういうちょっと空いた時間に自然と溜息をついたり、かと思えばこうして眉間に皺を寄せていたりする。
 元気がないというのとは少し違う。
 モヤモヤと共に苛々することも増えたような気がするからだ。
 喉に魚の小骨が引っかかって取れないような、小さな羽根虫が耳に入り込んだような、じわりじわりとくる小さな苛立ち。
 怒りのあまり一気にゲージを赤く染めるような一過性のものではなく、小さいものの積み重ねからくるような慢性的なもの。
 あえて言うなら…

 ……………………気持ち悪い?とか

 ちょっと違うか?
 ぴったりと当てはまる表現が思い浮かばず、更に皺を深くする。
 ただこれがいつから始まったのかと言われれば。
 なんとなーく、弟が、豪がいなくなってからのような気が…するようなしないようなするような。
 いやいやいや、でも何で豪がいなくて僕が戸惑うことになるんだ?
 もはや大好きなTVの内容など全く頭に入ってこない。

 まぁ、どうせ録画してあるし。

 TVのチャンネルを切り、自らの思考に没頭する。
 むしろこれまでの経験から考えるとあいつが原因で頭を悩ませることの方が多かったはずだ。
 つまり豪がいないからって別に僕が困ることなんて何もない、はず。
 うん、逆はあってもそれは絶対、ない、はず。
 半ば自分に言い聞かせるように強く頷きながら、足は自動的に階段を登り、自分の部屋へと向かう。
 でも豪のことを考えると溜息の数、皺の本数共に増えるのも事実だ。
 だったらやっぱり豪がいないことが原因なのだろうか。
 でも、それはあいつが連絡してこないからであって……

 ブルルルル

 ピタリ

 丁度良く鳴った電話の音に思わず歩みを止める。
 いや、でもそんなタイミングよくかかってくるなんてことは。
「はーい、今出るよー」
 パタパタパタ
 台所から母さんが小走りで電話に向かう音がする。
 これなら別に自分がとる必要はないし。
 コール音に背を向けるようにドアノブに手をかけた。
「こんな時間に一体誰からかねえ」
 いやいやセールスだよ、きっと。
「もしかしてご」

 ドドドドドドドド

「はい!星場ですが!」

 気付いたら受話器を取っていた。
 隣で母さんが呆気に取られている。
 けど本当に呆気にとられたのは僕の方だ。
 なんで取っちゃったんだろう?
「…………………………」
 しかしさっきから肝心の電話の主から返事がない。
 こんなに力一杯名乗ってやったというのに、一体どういうつもりだ。
「どちら様ですか」
 もしかして力を込めすぎたのかもしれないとようやく落ち着いた頭で結論付けた僕は改めてトーンを落とし相手に呼びかけた。
 するとしばらくしてようやく応えがあった。
『……ップ、クククククク。すごい剣幕だな、レツ』

 ガシャコン

 容赦なく受話器を置いた。
「烈?一体だれからだったんだい?」
「イタズラ電話」
 そうかい?とあっさり納得した母さんは台所に引き返していった。
 しばらくして再びコール音が鳴る。
 今度は子機の方でそれを取った。
「もしもし」
『ひどいじゃないか、レツ。そんな即効切ることはないだろう』
「お前が不快な笑い声をあげるからだろ、ブレット」
 電話の主はこちらも遠く離れたところにいる一応恋人の方だった。
 通話ボタンを押しながら自らの部屋へと子機を持ち込み扉を閉める。
『そうか?本当は誰か別の人物を期待したからじゃないのか』
「別の人物って誰さ?」
『それは自分が一番よくわかってるだろう。もうとっくに出立したんだろう、あいつは』

 ムカつく。

「用がないなら切るぞ」
 真剣に子機の電源ボタンに手をやった。
『ストップ。からかって悪かったから切らないでくれよ、レツ。クールに行こうぜ』
 冗談交じりで囁かれた、久々に聞く昔の彼の口癖に烈の機嫌が少し和らいだ。
「で、何の用?」
『レツが寂しがっているんじゃないかと思ってな』
「やっぱり切るか」
『待て待て。今のは冗談でなく、本当に真剣に言ったんだ。レツがそっちに帰ってから電話はまだ一回しかしてなかったろう?』
「そうだっけ?」
 言われてみればメールは頻繁にやり取りしていたが、声を聞くのは久々のような気がする。
『そうだっけ、って…それはないだろう、レツ。久々に声が聞けると喜んだオレの気持ちはどうなるんだ』
 情けなさそうなブレットの声に確かにあんまりだったと烈は素直にごめんと謝った。
『まぁレツはなんだかんだ言って結構なブラコンだからな。仕方がないと言えば仕方がないのか』
「ちょっと、誰がブラコンだって」
 さりげなく聞き捨てならないフォローをされ、思わず殊勝な態度が引っ込んだ。
『いやレツに決まってるだろう。まさかあれだけ毎日弟の世話を焼いておいて今更自覚がなかったとは言わせないぞ』
「僕ってそんなに豪の世話ばっかり焼いてた?」
 てっきりまたからかわれたのかと思ったが、どうやらブレットは素でそう思っているらしい。
『焼いてた。デート中でさえゴーが何か仕出かしたと聞けば勢いよく飛んで帰っていたじゃないか、オレを置いて!』
「そうだっけ?」
 豪は毎日何かしら僕を怒らせていたので、ブレットの言うような特別なエピソードは思い浮かばなかった。
『そうだった。何せそのせいでオレはゴーの抹殺計画を一時本気で考えたくらいだからな』
「いや考えないでよ。物騒な」
 よかったな、豪。殺されなくて。
 ほっと胸を撫で下ろした。
『今だって豪からだと思ったんだろう?電話に飛びつくくらいには豪のことが気になっているということだ』
「それは…!だってあいつが全然連絡してこないから」
『一度もか?』
「初日以来ね」
『なんとなくそんな気はしていたが…あいつもしょうがない奴だな』
 ブレットは受話器越しでもわかるくらいはっきりと深い溜息をついた。
『ビクトリーズの現在の戦績を知っているか』
「知ってる」

 二戦二敗。

 知らせがない原因はやはりそれだろうか。
 負けたレースの話はしたくない、説教を聞く気分じゃない。
 豪の考えそうなことだ。しかしそれならば、勝てば連絡も来るのだろうか。

 ここからでは何もわからない。

 少し前まではいつも隣にいたはずなのに、できることがあったはずなのに。
 一年先に生まれただけで、僕はもうあいつと同じ場所に立つことができない。

 今の僕は、待つしかできない。

『レツ』
「何」
『眉間の皺、固定するぞ』
「…悪かったね。もう固定してるよ」
 見えないくせに何言ってんだと怒鳴り返す気力が湧かなくて、ただブレットの言を肯定した。
『しっかりしろよ、レツ』
「してる」
『全くしてない。らしくないぞ』
「らしくないって何さ」
 曖昧なことは聞きたくない。
『自分でわからないならかなり重症だ』
「だから何!」
『気になるなら自分から動け!』



『行動力は弟に劣らないくらい有る癖に、なんで今回に限ってじっと連絡を待ってる?』
「それは……」
 どうしてだろう?
『全く。レツがそんなんじゃこっちも心配のあまりミッションに手がつかない』
「ごめん。でもそれは嘘だろ」
 宇宙第一の人間が何を言ってんだ。
『本当だ。レツのことも大事だよ』
 また気障なことを、と鼻で笑おうとして、最後に会った日のことを思い出す。
「……そーだったな」
『そっけない!!!』
 罵らなかった分だけ、いつもより妥協したつもりだったのだがあまり伝わらなかったらしい。
 烈は少し残念に思ったが、やはりそれをおくびにも出すことはなかった。
 それから小一時間ほどお互いの近況を連絡し、他愛もない話を交わした後電話を切った。

 電話の子機をじっと睨む。
 いつもならこんなに長くブレットと電話していたら隣の部屋から豪が飛んできてわざとらしく大音量でゲームを始めたりするのだが、今はそんなこともない。
 いたらいたで、怒鳴って追い出すだけなのだが、何事もなくスムーズに終わった電話に自分は今なんとなく物足りなさを感じている。
 ということはやはり、認めたくないが。
 自分は豪がいなくて


 寂しいのか

 気になるなら自分から動け

 エスパーでもあるまいし、ただ見ていたって電話がかかってくるわけがない。
 大体何を悩んでるんだ、僕は。たかが弟に電話をかけるだけじゃないか。
 それだけのことに何故躊躇っているのか自分でもわからず、勢いに任せて「ええい!」とビクトリーズ部屋直通の電話番号を押した。
 ブルルルル。
 一回。
 ブルルルル。
 二回。
 ブルルルル。
 三回。
 プルルル…。
 四か。
 ピ。
 出たか?!
『ただ今留守にしております。ピーという音の後にお名前とご用件をお願いいた――』
 プツッ。
 何で誰もいないんだよ!
 出鼻を挫かれ、一気にやる気が失せた。

 馬鹿豪。

 子機をベッドに放り投げ、その隣にゴロンと仰向けに寝転がり不貞寝の体勢に入る。



 結局、今日も電話が鳴ることはなかった。




to be continue…

 烈と豪のお話。なのに他、出張りまくりです。そして何故かブレ烈風に。そして何より豪を負けさせてすいません。でも新チームは絶対、前半苦戦すると思います。初期ビクトリーズのようにまとまりなさそう。いやもちろん最後は優勝してくれると信じてますが!




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