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「なんじゃこりゃーっっ??!!」 ハワードの悲鳴が響き渡った。 |
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++未成年の主張とか++
あれから、僕達はルナにだけ聞こえる謎の声とやらの指示に従い、森の中を黙々と歩み続けた。 何だか"黙々"とか言うと、平坦な道のりに聞こえますけれども実際は。 大変でしたよ。そりゃあもー。 本っっ当、色々あった。 もちろん、主にハワードのせいで。 エンカウント率高すぎだろう、これってな具合に。 何なんだろうね。本当アイツは。 僕に何か恨みでも? まぁ途中収穫もなかったわけではないのだが。 ベルが、以前のルナは水に触れてるときしか謎の声が聞こえなかったが、今はそれが時、場所関係なく聞こえていることを指摘した。 水は全て森から流れ出ていたことから、声の主は森に関わりがあるかもしれないという憶測がたった。 ルナ自身からも、森の奥に近付くにつれて声が頻繁に、明朗に聞こえるようになった、との意見も出ている。 やはりここには何かある。 確信を深めつつ、そしてとにかく様々な無駄な戦闘を潜り抜け、僕達はやっとのことでそこに辿り着いた。 「遺跡、だわ……」 それは湖の真ん中に忽然と佇んでいた。 まさに遺跡と呼ぶに相応しい、苔むした不思議な建築の建物。 今までの僕の人生で数多く出会ってきた遺跡の中に、似ているところがないでもない。 が、どこか似て否なる違和感を感じさせる。 石造りだろうか? それさえも、一見しただけではわからなかった。 しかしここに来て漸く見つけた文明が伺える唯一のモノ。 これまでの疲労は一瞬で消え去り、僕達の期待は否が応でも高まった。 そしてもっと近くで見てみよう、と言った瞬間、湖よりそれは現れた。 超巨大な、蟹もどきが それがハワードの悲鳴の真相だった。 「今っ度のは絶対僕のせいじゃないからなっ!!」 一斉に注目の視線を浴びたハワードは、何を思ったのか即座に何もしていないことを全力でアピールした。 一応今までのは自分のせいだという自覚はあったらしい。 それだけで驚きだが、喜ばしい成長だ。 まぁ別に非難の意味で視線を向けたわけではないが、余計なことをさせないよう自然と真っ先に視線をやったわけなのであまり意味に違いはないかもしれない。 「やめて、ハワード!」 「挑発しちゃ駄目だ!!」 「うるさいっ!こんなところでやられてたまるかよ!」 しかし見張りも制止も甲斐はなく、ハワードはまたしても弓を発射した。 何故学習しない? 問い質したいこと山の如しだ。 「よけろ!!」 そしてまたも無用に敵の怒りを仰いだハワードは真っ先に標的になった。 蟹もどきが湖から上がり、猛然と近付いてくる。 「離れちゃ駄目だ!ハワード!」 ベルの手は一瞬遅く、空を凪ぐ。 ベルとルナとは別の方向へとハワードは駆け出した。 ちなみにその間僕はどうしていたかと言うと、弓が放たれた時点でさっさと敵の視野外へとフェードアウトしている。 アレだけガタイが良く、おまけに甲殻系のモンスターは、ナイフでは少々荷が重い。 元々あの手の奴にはあまり刃物はよろしくないのだ。 …………断っておくが、アキの蟹捌きはあまり参考にしてはいけない。 アレは特殊だ。 まぁその話はおいておいて、一般的には打撃系で昏倒させるのが一番有効なのである。 僕が使ってる棍のような武器ね。 ちなみに僕がやると大抵昏倒ではなく、粉砕になるわけだが、これもまたあまり深くは考えないで欲しい。 力の調節は非常に難しいのだ。 だがどっちにしてもその方法には無視することができない、とてつもなく大きな欠陥がある。 すなわち 棍がない。 「わお」 今までの垂れ流しにした一連の思考、素晴らしく無駄になった。 そうなんだよねー、今日は置いてきちゃったんだよ。 以前からカオル達の前では棍を持ち歩くことを控えていたのは確かだ。 棍使いであると話していないし、困らなかったので一人のとき以外はつかっていなかった。 しかし今回は一応未知の所に臨むということで、もしもの危険があるかもしれないと棍を持っていくことを兼ねてから考えてはいた。 旅の杖代わりだといえば、多分カオル以外は納得するだろうから問題もないと思っていた。 つまり持ってくる気満々だったわけだ。 にも拘らず、何故この場にそれがないのか? 理由は実に明快だ。 出発日、非常に天気がよかった。 ? と思うことなかれ。紋章が使えないとなると、洗濯物が乾くかどうというのはお天道様の機嫌一つなのである。 洗濯物は干せるときに干せ。 そして物干し竿が必要だった僕は、棍を持っていくことを諦めたのである。 ちなみに乾いた洗濯物は、シャアラに頼んできた。今頃は気持ちよく折りたたまれているはずだ。 よい洗剤が手に入らないので、多少ゴワゴワ感が残るのは残念なところだが。 などと洗濯物談義はどうでもいいのである。 結構くだらないことを考えてる間に、ハワードが鋏でジョッキンされかけ、間一髪逃れて鋏の間から這い出していたのは秘密だ。 さて、先の話の続きだが、全く無駄な考えばかりではないことを弁解しておく。 確かに棍はない。 だが棍使いだからと言って、それで困るというようなことはない。 「はてさて」 視線を一周させると、不安定な岩場へと視線を止めた。 ……これでいけるかもしれない。 敵の注意は、例の如くハワードが一身に引いてくれている。 後は、ハワードをそちらの方向に誘導すればいいわけだ。 そして僕はスルスルと岩場の上へと上り終えると、ハワードの右側に隠れていた蛇へとナイフを命中させた。 悶絶した蛇がのた打ち回り、藪の中で暴れている。 混乱しているハワードは、とにかく生物としての生存本能が活性化している状態だ。 無意識でも、危険を知らせる物音がする方向からは遠ざかろうとする。 即ち、左側へと走る。 「こっちへ来るなぁあああああっっ!!」 案の定、大声で叫びながら僕のいる岩場へ向かって走ってきた。 後は、タイミングだ。 一 二 三 唸れ僕の上腕二等筋。 うおおおおおお、どっせいっっ!!! 「きゃーっっ!!」 「ハワードっっ!!」 ルナとベルの悲鳴。 とてつもない地響きと宙を舞う砂埃。 後に残ったのは 潰れた蟹もどきの死体。 ……………やべ、ハワードも木っ端? 一瞬ひやりとしたが、やはり悪運が相当強いのか。 一呼吸遅れて、衝撃で倒れた木がハワードを挟んだ鋏を粉砕し、無事拘束から解放されたところだった。 「倒した!僕がこいつを倒したんだ!!」 ……どうやら健在らしい。 そして次には「僕がこれを倒した証拠だ」と鋏の一部をベルのリュックに仕舞わせていた。 「あれ、シュラ?!」 「ここ、ここー」 ハワードの無事を確認して漸く人心地が着いたのだろう。 ルナが焦りの色を含んだ声で僕を呼んだ。 「ごめん。私自分のことばっかりで、シュラのこと全然気遣えなくて……!」 「いやルナのせいじゃない。俺が気付かなかったから。シュラ、怪我は?」 ええ子や。 ハワードを見て、若干殺意が湧いた後だから余計に、というのは笑顔の奥底に仕舞っておく。 「大丈夫大丈夫。僕は無理言って付いて来たわけだし、自分の身は自分で守れるよ。今もそっこーこっちに非難したからさ」 「早く降りて来いよ。あいつなら僕が、この僕が!!倒したからもう安全だぞ」 「……みたいだね。でも少し休んでからにするよ」 「しっかしちゃっかりしてるよなー。一人だけ安全なとこに逃げるなんてずっりーの」 一見和やかなムードが戻ったかに見えた。 だがその瞬間、それをあざ笑うかのように、湖からまさかの二体目が姿を現した。 ぅおう。詠まれた? 実はこのとき、僕は内心で奇声を発していた。 だって『調子こきまくりのハワード、次何か出たらエサ決定』とか思ったところだったので、素晴らしいタイミングだ。 僕が呼び出したんじゃあなかろうか?という気さえしてきた。 「シュラはそこに隠れてて!!」 「ハワード、ルナ、こっちだ!!」 ルナが大声を発して、自分に注意を引きつけ、ベルの指示で森へと駆けて行く。 三人を見送りつつ、さて次はどうしようかとぼんやり思考を巡らせた。 もう近くに都合よく、偶然を装ってアイツを仕留めるのは難しいだろう。 まぁそんな小難しいことを考えなければ、棍が無くてもあいつを仕留めるのは簡単なことなのだ。 そもそも自分は、棍一筋でもない。 なんとなく、いつも持っているのはもはや人で言う腐れ縁のようなもの。 現に戦時中だって初めこそ棍を持って戦っていても、状況によっては邪魔になって自ら手放したり、投てきして敵を仕留めることもままあった。 そうして手元に棍がないことは意外と多かったのである。 そして武器がないときは、大抵相手から奪った。 とっかえひっかえ。 シュラはこれまでの生涯、扱えないと思った武器はない。 即ち、武器を選ばない。 今、そこにある岩一つであの蟹を絶命させたように。 武器はいつ、どこにでも、その辺に転がっている。 「ふーむ」 シュラは一言唸ると、手元で遊ばせていた、たった今砕けたばかりの岩の破片を、何気なく中指で爪弾いた。 ピンッ 「ギャッ!!」 それは鋭い直線を描き、湖から這い出したばかりの蟹もどきの片目に命中した。 「そう元気満タン、やる気モリモリで追いかけられても困るんだよねぇ。こっちは」 尚も第二段を遊ばせながら、シュラが妖艶な笑みを向ける。 「もうちょっと、僕と遊ぼう?」 生きとし生ける物の本能か。 蟹もどきは、ジリジリと数歩?後ずさると、鉾先をシュラからハワード達へと移した。 自らを傷つけるものへの怒りよりも、狩りを優先したということか。 それとも恐怖故。 ハワード達が消えた方角へ向かっていく蟹もどきを、静かに眼下に見下ろす。 そう、倒す方法は幾らでもある。 というか必要ならば何も使わず、素手で巨大バサミを捻り落とすこともできる。 ちょっと頑張れば、直接頭をもぎ取ることもできるかもしれない。 足を一歩進め、そして 「止ーめた」 クルリと反対方向を向いた。 つまり、放棄した。 理由は単純。 そこまでしてやる義理がない。 既に逃がした、助けた、守った。 それが全部自分のおかげだとおごって、恩に着せるつもりは全く無いが、自分は充分子守りに励んでいると思う。 言っちゃあ悪いが、彼らと自分とでは既に経験と戦闘能力に天と地ほどの差がある。 歯に衣着せず言ってしまえば、ハワードの行動や不満など自分にとっては子どもの戯言と大差ない。 もっと言えば、その程度なのだ。 真剣に腹を立てるまでもなく、受け流すにやぶさかでないもの。 そこに慈悲の一つもかけるに依存もない。 が、だ。 改めないのは愚の骨頂。 延々同じ過ちを繰り返す愚か者に、そう何度も手を差し伸べてやるほど親切人間ではない。自分は。 「……まぁ、ハンデはつけてあげたし。ルナ達でもなんとかなるだろ」 でなければ、悪いが所詮そこまでの人間だったということだ。 ルナとベルには悪いが、連帯責任ということでここは目を瞑ってもらおう。 そうそういつも僕が助けられるわけでもないし。 自らこんな頻繁にトラブルを招いているようでは、どっちみち長くは生き残れないだろう。 「あー、眠」 そこで欠伸を一つ。 本当、イイ天気天気なのにねぇ。 木漏れ日に誘われるように気持ちよく目を細めると、トンとその身を岩へと寛げた。 ******** 「シュラ、いるのか?」 囁くような呼び声に、パチリと目を開けた。 「あー、おかえりー」 どうやら無事だったらしい。 「お前、寝ぼけてるのか?」 ベルやルナ、ハワードとは似つかない不機嫌な低い声。 「……あれ?いつ入れ替わったの、カオル?」 「入れ替わるか。あいつらはさっきちゃんと保護した。今は家に向かってるだろうさ」 「じゃ、カオルは何しに来たの?」 僕の能天気な質問達に、カオルは深い深い溜息をついた。 「ルナがお前を迎えにいくと言ってきかないから、俺が代わりに来た。よくこんなところで寝ていられるな。あの化け物は、戻ってこなかったのか?」 「ちょっと前に戻ってきたけど、僕には気付かずまた湖に沈んでったよ」 一応それだけは寝ぼけ眼に、薄目で確認した。 「だったらさっさと自力で帰って来い」 「ごめんごめん。で、どーやって皆は助かったの?」 まさか後五分、のつもりが気持ちよすぎて寝過ごした、とはさすがに言えず、誤魔化すように事の顛末を問い質した。 カオルもそろそろ僕との付き合い方がわかってきたのか、深くは突っ込まなかった。 「パグゥが何かを察したらしいな。それに付いて行ったら崖の下で蟹のような化け物に追われてるあいつらを発見した」 とりあえず仲間の危機を悟ったカオルはパグゥにロープを括り付け崖下へ垂らし、槍で蟹もどきを足止めして、その隙に三人を引き上げさせたとのこと。 「やるねぇ」 期待していたより大きい助力が得られていた事に、シュラは内心三人の運のよさに拍手を送った。 「何を感心してる。オレはお前に守れと言ったはずだが」 カオルの発想力も褒めたつもりだったのだが、直球に不満一辺倒の言葉を投げかけられた。 「過保護すぎるのも良くないと思ったんだよ。ある程度は自分達で切り抜けられないとこの先が不安だろう?」 取り繕おうかと思ったが、止めた。 なんだかカオルとの密会が普通になってる気がして微妙だ。 まぁ本性を隠さなくて済むというのも楽といえばらくだが、その分厄介も多い。 「一人放っておくと先以前に、今危ないのがいるだろう」 「うるさいなぁ。ちゃんと傷はつけてないじゃないか」 「だが一歩間違えば死ぬところだった」 「そんなへまはしない」 シュラはカオル達よりも、この島での生活は長い。 それに旅生活も長いので、土地勘を掴むことにも慣れている。 つまり、シュラは知っていたのだ。 あの場所は、カオル達の住処に近いということに。 運がよければ、彼の助けが期待できたし、そうでなくても蟹もどきを撒ける場所は多くあったはずだ。 戦うばかりが人でもない、逃げるだけなら、どうとでも手はあったはずだ。 しかしカオルは尚も納得していないのか、黙りはしたものの、目は「何故さっさと倒してしまわなかった?」と問うている。 ああもう。 「気になることがあるんだ」 話すべきか否か少々考えたが、もういい。 めんどい。 「何?」 「まだちょっと…ね。はっきりさせてから話すよ」 「一緒に来ないつもりか」 「ちょっと用ができた」 「ここに残ると?」 「さっきはほとんど見れなかったからね。もう一度、よく落ち着いて見てみたいんだ」 そして少し離れた所にある湖へと目を向けた。 「あれが、例の遺跡か」 「そう」 あの生き物。 そして謎の建物。 調べるべきことはたくさんある。 けど、周囲に守るべき対象がいたら集中できない。 自分、不器用ですから。 ……はい、ちょっと調子こきました。カッコつけました。 いや、不器用なのは間違ってないけどね、実際はそれだけでもない。 少し離れようか 真剣に、そう思っている。 別に、それに特に理由があるわけじゃない。 ただ、うん。ハワード達は、あまりに伸び伸びとし過ぎていて、無邪気すぎて。 うーん、何だろ? なぁーんかちょっと 苛々するなぁ 「シュラ?」 突然黙り込んだ僕に不信を抱いたのか、カオルが僕の顔を覗き込んだ。 カオル 僕のいた世界よりずっと平和で、外敵の少ない、色々なものに守られた世界。 そんな世界から来た彼らの中にありながら、ただ一人。 世の中全てを警戒した目をしている。 君はどうだろうね? しばしカオルの顔をじっと見つめ、ふっと息をついた。 「心配しなくても抜け駆けはしないよ。周囲を少し調べるだけだから」 「本当だろうな?」 「疑り深いなぁ。遺跡にはまだ手を出さないよ。今から調べるのはそれ以外のこと」 「さっき言ってた"気になること"か?」 「な・い・しょ」 「気持ち悪い」 「ひどっ!まぁそう時間はかけずに帰るからさ。報告会で何かわかったらまた教えてよ」 「お前も情報を遣すならな」 「信用ないなぁ。そこを何とか、頼むよ」 片目を瞑って拝むように片手を上げる仕草をすると、もうそれ以上言い募る気力を失ったのか、またしても大きく溜息をついた。 「……あいつらには、適当に誤魔化しといてやる」 「お願いしまーす」 もうどうでもいい、と言葉の途中で引き返そうとしているカオルの背を見て、頭の片隅にふと小さな影が過ぎった。 「ねぇ」 「まだ何か?」 「シンゴはどうしてる?」 一度は気になりながらも、森の調査を優先したが、彼はあれから大丈夫だったのか。 別れ際に見た、不健康そうな顔が何故か今、頭をちらついた。 「シンゴ?まぁ、相変わらず元気はないが一応飯は食っているし、眠ってもいる。顔色は戻ったし、倒れたのもあの一度きりだ。チャコが話し相手になっているし、大丈夫だろう」 どうやらカオルもシンゴの様子がおかしいことには気付いていたらしい。 特に口には出していなかったが、カオルなりに心配して気を配っていたのか、言葉少ないシュラの問に即座に太鼓判を押して返した。 シュラは「そう」と一つ頷き、そしてまた唐突に質問する。 「シンゴってどんな子?」 「は?どんなって…向こうにいた頃のことか?」 「そう」 「…俺も、よくは知らない。何やら機械関連が特に強くて、色々と賞をもらっていたらしい。天才少年と新聞で読んだことがあるな」 「それから?」 「それくらいだ。後は、二年スキップしてることくらいだな」 「そう……」 「それがどうかしたのか?」 「んー、なぁんか……嫌ぁな予感がするんだよねぇ」 宇宙船とやらも機械の一種。つまりアレを直せるかどうか、地球に帰れるかどうかは彼の腕にかかっているということ。 自分の肩に圧し掛かるプレッシャー。 その重さ。 ちょっと危ないタイプだな。 「あの子、気にかけてやってくれない?」 「…確かに最近少し様子が変だが、ハワードよりあいつの方がよっぽどしっかりしてるぞ」 「そんなのわかってるよ。そうじゃなくて……」 「ハワードより、シンゴに気を配れと?」 「まぁ、そう。どっちも気にかけるに越したことは無いけど」 「何故そう思う?」 「勘」 「勘?」 一気にカオルがやる気をなくしたのがわかる。 あ、馬鹿にしてるね? 「言っとくけどこれが意外と馬鹿にできないのさ。結構よく当たる」 特に、悪ければ悪いほど。 「だがそれだけで」 「結構暢気だね」 「の、暢気」 カオルは心底心外と言った顔をしたが、僕はいつまでもニコニコ笑顔で返事を待ち続けた。 そうしてカオルも最後には不承不承頷いてくれた。 「…わかった。心に留めておこう」 これで大丈夫だとは、思うけど…… どうだろうねぇ? 再び浮かび上がった張り詰めた表情には、どうも嫌な空気が立ち込めていた。 ******** ら、これだ。 「はぁ?シンゴが行方不明?」 「そうだ」 そして二日後、僕が用事を済ませて住処に戻ってきてみればこの報告。 予想通りと言うか、最悪の展開と言うか。 あまりにもな状況に、微かに自分の目が剣呑な色を帯びたのがわかる。 「……なんでまたそんなことに?」 ルナも戻って来ていたし、基本皆最も幼いシンゴには気を遣っていた。 だから心配はしていても、滅多なことは起こらないと思っていたのに。 「少し、ハワードと衝突したらしい」 「またハワード……」 なんというか、本当 「今度は一体何をしでかしたのさ?」 「家族の写真を見て泣いていたシンゴをからかったらしい」 「馬鹿」 最悪だ。 「ありえない。本当に唯の馬鹿?ハワードは」 「ああ。もうどうしようもない」 まぁそれには万に一つの間違いもなく肯定するけど、問題はそれだけだろうか。 「君達は、何してたわけ?」 独りじゃない。 だから大丈夫かもしれないと、思ったのに。 「シンゴにはくれぐれも気を付けといてって言わなかった?」 「すまない」 「何で気付いてあげられなかったわけ?」 「それは」 「君達って本当暢気だね。前も言ったけど意味わかんなかった?」 「!」 カオルが息を呑むのがわかる。 「人ってねぇ、君達が思ってるよりずっとずっと」 そういう顔を見てると、自分が弱いものイジメをしてるような気になってすごく嫌なんだけど。 「弱い」 嫌だな。 口に出して瞬間的にそう思った。 こういう自虐的な発言は病んでる気がして本当嫌なんだけど。 けど結局のところ、これは事実だ。 僕は何年も旅をして、色んな町や人を見てきた。 人とは、命とはなんと脆いものか。 ……ああ、もう、本当嫌だ。 言いたくない。大体にして、僕は昔から小うるさい説教とやらがうんざりするから大嫌いなんだ。 だってこういうのってお互い後味が悪いし、後悔することが多いんだか 「すまない」 「……カオル?」 僕の有耶無耶した空想は、カオルの嫌に擦れた声に遮られた。 ま、まさか 「本当にすまない。人が脆いものだと俺は……!!」 カオルが悲痛さのあまり、想いを言葉にできず強く唇を噛み締めている。 やっぱりぃぃぃぃぃ!!! そして早速後悔した。 うわああああああ、やっちまったぁああああ!! めちゃめちゃシリアスになっちゃったよカオルがぁぁぁ!! うわーっっ、だから説教はするのもされるのも嫌いなんだよぉぉ!! 慣れないことはするんじゃねぇ!ってエンが教えてくれたのにィィィ!! 止めときゃよかったああああああああ!! 先の予想通り、即座に後味の悪い罪悪感が胸を満たした。 直感で察した。 カオルはかなりの高確率で、誰か身近な人を失っている。 もしかして、今僕、人の古傷をグリグリと抉り取った? ザ☆無神経 咄嗟に昔なじみから頂いた嫌な称号を思い出した。 「いやいやいやいやもう前言撤回するよ。僕の言ったことなんて話半分くらいにして下さい。僕ってずるいんだ。いつも上から目線で自分絶対みたいな言い方よくしちゃうから、すぐ人を追い詰めるってよくいわれるんだけど、別に悪気があるわけじゃなくて、つまり決して責めてるわけでもなく、いや注意はしてほしいんだけど、ああ僕何言ってんだろ?わけわかんなくなって来たけど、つまり、その…………責めなくていいよ」 「? どう聞いても、責めてるようにしか聞こえなかったが」 「う!いやまぁ、うん。こういうのって誰が悪いわけでもないんだよね、きっと。さっきのは……そう、ただの忠告なんだ。僕の経験から来る」 「忠告?」 「そう」 我ながら咄嗟にしてはいい言葉が出た。そう、これは唯の助言、忠告、お節介の域に過ぎないのだ。 「だから、僕は君を責めてない。そして仲間達も君を責めてない。君だけが君を責めてる」 「おれ、だけが……?」 「そう。多分、今皆が皆、その境地に陥ってるかもね」 「そうか?あいつらが自分を責める理由がな……ハワード以外」 何だかなぁ。 カオルは多分無意識なのだろうが、皆の保護者、守護者の類な心構えになっている。 まぁ自分なしでは仲間達は簡単に動物達の餌食になってしまうという気負いがあるせいだろうけど、自分が自分がって思うのはあまり良い傾向とは言えない。 そして生憎ながら、カオル以外にもそう考える傾向の人間は多そうで。 「そう、ハワード以外。けど僕だって一応そうさ。人に後から偉そうに言うくらいなら自分で見てればよかったと、これでも後悔してる」 「いや、そこまで面倒をかける気はない」 「ほら、カオルも僕を責めてない」 「それは」 「そういうことなのさ」 難しく考えすぎてはいけない。 これ以上、自分で自分を追い詰めないように。 僕はそこで話を終わらせた。 「さ、シンゴを探そう。早くしないと手遅れになったら困るしね」 「縁起の悪いことを言うな」 一見、いつも通りカオルの勝気な態度が戻ったかに見える。 が、耳が赤い。 動揺が隠せていないのがありありと伝わってきた。 普段クールな人間が照れたりされると、思わぬ幼さが感じられるときがある。 そういう時、周りの知り合いは、無意味に楽しくなったりしないだろうか? ちなみに僕はするタイプだ。 思わず頬がにやけた。 「何を笑ってる」 「いや別にぃ」 これこれ、この不機嫌そうな顔 このとき「このリアクションの為だけに生きてる」とか思っちゃうんだよねぇ。 この一連の流れを見るのは、既にシュラのある種の生き甲斐となっている。 自分でも相当に底意地の悪い生き甲斐だとは思うが、そんなものは人それぞれだと今は割り切っている。 真面目に生きてたら百年そこらで疲れてしまう。 まぁそういう表情を出すと、ほぼ例外なく相手にキレられるわけで長続きは許されないわけだが。 「それで、シンゴは来ていないのか?」 「来ると思う?その状況で、僕のところに?」 「だろうな」 シュラが肩を竦めると、カオルは先の気まずさからかさっさと踵を返そうとする。 「待った」 裾を掴むとカオルが思いっきりつんのめった。 「普通に呼び止めろ!」 「ごめんごめん」 やばい。また笑いの発作が起きそうだ。 「僕も手伝うよ」 「どういう風の吹き回しだ?」 どうやら自分はいまだカオルの信頼を得られていないらしい。 相当に胡散臭そうな顔をされた。 「水臭いね。隣人なんだから、そのくらいは許容範囲でしょう」 本当に唯の親切なのに。 ………………珍しく。 「お前の中の基準がよくわからんが、まぁ助かる」 「じゃあまず、シンゴの行き場所、何か心当たりはないの?」 闇雲に探すには、ここは広すぎる。 「と言っても……そうか、あそこだ」 「あそこ?」 ******** えーと、青春の一ページ?? 未成年の主張?? 人が真剣に心配してみれば 「パパー、会いたい、会いたいよーっっ!!」 「お父さーん、お母さーん!とってもとっても寂しいよーっっ!!」 「お父さん、この島は怖くて怖くて死んじゃいそうよーっ!!」 「父さん、母さん!恥ずかしいけど、俺いっぺん泣いちゃったよーっっ!!」 「お父様、お母様!!この世界は私の理解を超えていますっっ!!」 「お父さん、お母さん、僕、僕……必ず通信機を直して皆を帰してみせるからねーっっ!!」 何でかわからないが、全員が壊れた宇宙船の上に立って、海に向かってそれぞれの思いの丈を余すところなく叫びまくっていた。 恥も外聞もなく、シンゴを馬鹿にしていたというハワードも一緒になって。 いや、むしろあいつが一番率先して。 ルナ達も、なるべく目を背けようとしていたはずの心細さと、ちゃんと向き合えるようになっていた。 つまり、もう元気になっている。 本当君達って奴は……何だかなぁ。 僕が馬鹿みたいだ。よもや自殺でもするんじゃないかとまで心配したのに、損した。 肩を叩いて想いを分かち合える仲間がいれば、何度だって立ち直れる。 そんな三流のトレンディー芝居じゃあるまいし 「カオル、無理して彼らに合わせようとしなくていいから」 「っっ!!」 便乗して何かを叫ぼうとしたカオルを牽制すると、羞恥で顔を真っ赤にさせて気まずそうに黙り込んだ。 さっきはとても楽しいと思えたはずの最たる反応なのに、何故か今はあまり楽しくない。 「やっぱり、こういうのは若さ故ってやつなんだろうか?」 「は?」 僕の独り言に反応するカオルを無視して、僕は海辺で夕日に向かって叫ぶ五人を改めて眺めた。 だとしたら、僕にはもう既にわからない心境というものなのかもしれない。 僕だってこんなわけのわからない場所にいることに全く不安を感じないことはない。 だけど外面もなく「帰りたい」と叫ぶほどに強く「故郷」や「家族」を想う事はもうほとんどなかった。 自分が薄情だとは思っていない。 きっと彼らを忘れる日は来ないだろうと思う。 ただ年月が経つほどに執着や親しみは同じではいられない。 それは長い時の移ろいを生きる身としては仕方のないことなのだ。 ならば昔の自分は? 思い起こして思わず苦笑した。 やっぱり可愛くない子どもだったな、僕は。 きっと昔の僕なら共感はできても、理解はできなかっただろう。 だけど逆に今の僕は理解ができても、共感はできない。 それこそが、もう根本的に彼らと違ってしまったということなのかもしれない。 なんだか妙にすっきりとした表情で海辺に立つ彼らの姿は、きらきらと輝いている気がした。 これは錯覚だ。 感傷に浸る年でもあるまいし そして僕は、それを夕日のせいにした。 |
| to be continue… |
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前回の決意一瞬で撤回。やっぱり寛容になりきれない坊ちゃん。というか結構ひねている?まぁ自分でも言っているように御年から考えると、単に良い奴なだけの方が胡散臭く、嘘くさいのでは?と思うのでこれくらいでも全然健全だと思ってます。イライラも複線の内。そしてこの時点の坊モデルは、戦時坊よりやっぱりテッドに近いんだなぁ、と改めて思う今日この頃。早くアダムを出したい。 |