「おひさー」
とりあえずだが、"気がかりなこと"の調査を終えたシュラはまぁまぁ上機嫌だった。
さて、それじゃあカオルたちの方にも何か進展はあったかなぁ、と皆の家に直帰で訪ねたわけなのだが。
いつもならこの時間、全員揃って仲良く?朝食を囲んでいるはずのテーブルに見られる空席。
加えて、普通の挨拶に一斉に向けられた不自然なほどの注視。
「え、えーと……?」
そこに立ち込めている気まずげな空気を感じ取り、シュラはまたしても何事かが起こったことを察した。
ま、またしても何か!!
「ど、どったの?」
尋ねながらも見えないように若干頬を引きつらせた。





++ダチってのはいいもんだ++





「39度1分もあるの」

何ともいえない歪な空気の立ち込める食卓に響いた能天気な声
空気を読まないって、こういうときに使うんだと思う。
シャアラは若干気分を害して、少々だけ眉間に皺を寄せた。
ルナたちと一緒に東の森の探索に行ったまま姿を消したシュラが、一日ぶりに姿を現した。
帰ってきたらどこへ行っていたのかとか、危ないじゃないとか色々言おうと思っていたのに、なんだかあんまりにも能天気すぎる第一声に全てを言う気が萎えてしまった。
代わりに、尋ねられた通り、目下一番の心配事を口にした。
シュラはルナの体調が優れないことを知らされ、且つ熱があることにまず一瞬眉を吊り上げた。
「……一応聞くけど、君達の平熱ってどのくらい?」
「人によるが、まぁ35〜36度くらいだ」
「単位も数値も僕んトコと大差なし、高熱か」
そこで一旦言葉を切ると、難しそうな顔をして黙り込んだ。
「全然下がる様子もなくて、むしろどんどん上がっていってて」
多分自分は冴えない顔色をしてしまっているんだろうな。
誰にもどうにもできないとわかっているのに不安な顔ばかり見せて言葉を募るのは、まるでシュラを責めているようだ。
それはただの八つ当たりに過ぎず、相手にストレスを感じさせるだけなのに。
それは充分承知していても、それを隠し通せない自分が嫌になる。
シャアラは気付かぬうちに顔を俯けた。
頭上でため息の気配がした。
咄嗟に顔を上げると、そこには少しだけ困ったような顔をしたシュラがいた。
「……部屋、どこ」
何ができるってわけでもないけど、いい?
「え?」
「シャアラも行こう。心配なんだろ?」
唐突に決定すると、スタスタ一人歩いていってしまう。
目を白黒させながらも、シャアラは案内の為に慌てて後を追った。



********



部屋では、チャコが頭を唸らせながらルナの額に手を当て、その掌で状態スキャンしていた。
「どう?」
やっ、と手を上げシュラが軽く挨拶をしながら、ベッドで寝息を立てるルナに近づいていく。
「なんや帰っとったんか?」
「ついさっきね。で?」
「見ての通りや。ウチの能力ではようわからん」
「何か持病とかは?」
シュラがルナの手首を取り、脈拍を測ったり、額に手を当てたりしている。
「いや、全くの健康体…あかん!また熱が上がった」
眉間に深い皺を刻みながら、チャコにいくつか病状について尋ねるシュラをシャアラはそっと横目で伺った。
ルナを心配しながら、シャアラは先ほどのシュラの突然の行動の理由について考えていた。
シャアラより、シュラの方が若干背が高い。
なのでシャアラが彼を見ると、自然と上目遣いに見えてしまうことが多い。
さっきの自分はとてつもなく不安そうな顔をしていた。
その後顔まで俯けた。
ということは、もしかして、いやもしかしなくても
縋るように見えたのではないだろうか?
シュラにだって言葉にしている通り、何ができるというわけでもないだろう。
だが、隣で目に見えて落ち込まれれば、何かをしないというわけにもいかないだろう。
前言撤回。
いきなり姿を消したり、能天気に声をかけてきたりしたときは、意外と無鉄砲で、無神経だな、などと思ったが、彼はちゃんと空気を読み、相手を気遣う心を持っている。
少なくとも自分よりは。
そんな自分が嫌になって、シャアラはまるでシュラから逃げるように顔を俯けた。

********



「どうだった?」
「あまりよくないね。発熱の原因もわからないし、熱は上がる一方だ」
「そう」
「頭痛や腹痛、咳や鼻炎、喉の痛みなんかは全くないようだし、風邪というにはやっぱり変だ」
お手上げだよ。
シュラの言葉に、皆の表情も自然と曇った。
「とにかく熱だけは下げたらんと」
「だろうね」
「せめて熱を下げる薬草でもあれば」
「薬草ならいくつか持ってるけど」
何気なく発された言葉に思わず流しそうになる。
「本当?!!」
正に天の助け。
藁にも縋るような気持ちでシュラに再び目を向けた。
「まぁ旅の途中だったし、いくつかストックはあるよ」
「少しでいい。分けてもらえないだろうか?」
「いいよ。元々非常時の為のもんだし」
「恩に着る!」
これで当面は安心だと全員が頬を緩めかけたけれど、シュラは反対にまたも眉をしかめた。
「でも、薬草はあくまで体力を回復させるだけに過ぎない。これは根本的な解決にはならないよ」
「それは、その薬草では直接熱を下げるには至らないということか?」
「そいうこと」
再び落胆が心に沈む。
「まぁないよりはましだし、なんとか出来る限りはやってみるよ」
「頼む」
「なーに、困ったときはお互い様ってやつよ」
彼がにかっ、と笑う。
そうすることで、深刻な空気が少し和らいだ気がした。
本当に不思議だな、とシャアラは思う。
会ったばかりのときは、何でもない、普通の少年だと思ったものだが、時が経てば経つほどに、彼の冷静さというか子どもらしくなさというか、特殊性が浮かび上がってくるかのようだ。
「ウチのデータによると、クズの根に解熱効果があるな」
シャアラの思考を遮る形で、チャコが漸く見つけ出したのか大量にインプットされている情報の中から選り抜きのものをポンッと口にした。
「木に絡みついとるマメ科の植物でな、根っこにそういう効果があるんや」
「それで、探せるのか?」
「映像データがあるさかい、クズの根はウチが探すわ」
「わかった。ベル、他に何か知らないか?」
「薬がないとき、蓬を煎じて飲んだことがある」
「うん。色んなビタミンが含まれとるし、解熱効果もあるみたいや。胃の弱い人には向かんけど、ルナなら大丈夫や」
「でも蓬なんて見たことないぜ」
「大丈夫。蓬は俺が探すよ」
「それと、性の付く食べ物がほしいねん」
「果物とか卵とか」
「卵は俺が取ってくる」
「ちっ、仕方ない。果物は僕がみつけてきてやるよ」
「じゃ、僕は早速薬を煎じてくるよ。今ある分じゃあストックが足りないし。できたら一人助手をしてほしいんだけど」
「ではシャアラに任せる。残りは手分けをして探しに行こう」
「待って!」
咄嗟に声が出ていた。
「私もチャコと一緒に探しに行きたい」
とんとん拍子に進む役割分担。
自然と振られた自分の役割。
もどかしさに何かを思うより先に声が出ていた。
「いいのか?オオトカゲや人食い植物に襲われるかもしれないんだぞ」
「でも、植物分布に一番詳しいのは私だわ!」
伺うようなメノリの声音に、ますます引くことが出来ず、らしくもなく声まで荒げる。
「危ない崖とかもあるかもしれないし、弱虫のお前にできるのか?」
「アタシ、ルナの役に立ちたいの!」
立て続けに主張を続けるとメノリは困ったような顔で、シュラの方を伺い見た。
「僕はどっちでもいいよ。ま、一人でも看病できないことはないし」
何でもないことのように、両手を挙げて軽く肩をすくめてみせた。
そこに止めようとする意思は感じられず、それを悟ったのかメノリもついに折れた。
しかしさすがにシュラの負担が大きすぎるだろうと言うことで、メノリが代わりを名乗り出る。

自分が行くのが、決して能率を上げるということはないだろうとはわかっていた。
けれど、こんな気持ちのままただルナの回復を待つだけなんてできそうもない。
苦しんでいる友達の隣で、何も出来ずに自分の無力を噛み締める。
いつもと同じ……

それだけは絶対に嫌だ。

内心でメノリに謝りながらも、シャアラは何かを振り切るように未知の森を睨みすえた。



********



雨が降ってきた。
意気込んで出てきたものの、こんな天気の日に森の深くを歩き回ったことなんてなくて、アウトドア慣れしてない私の歩みは決して速いとは言えなかった。
既に外に出て随分時間が経っていた。
元々あまり体力がある方ではない。
疲れを知らないロボットであるチャコとは対照的に、自分の足の運びは重くなるばかりだ。
今も急な斜面を長く伸びた草を掴みながら、必死で登ろうと悪戦苦闘してた。
「大丈夫か、シャアラ」
チャコが時折励ますように、声をかけてくれるけれど、自然に息が切れてうまく返事を返すことが出来ない。
「だ、大丈夫。心配しなくてもいいから」
それでも無言でいて、疲れていると悟られたくなくて、合間合間に問題ないことを告げた。
それでもチャコの顔は曇ったままだ。
早く見つけなければ、ルナの体は悪くなる一方だし、自分の体力も最後まで持たず余計な面倒をかけてしまう。
やっぱり無謀すぎたのだろうか。
一瞬弱気が頭を過ぎったその瞬間。
「滑るさかい、気ぃつけんねんで」
「うん……きゃああああああああーっっ!!」
「シャアラ!?」
足を、滑らせた。
手が草を掴むことなく空を掴み、体が重力に従い斜面の下へと引きずられる。
駄目。
滑り落ちる。
目を瞑った瞬間、突然体の動きが止まった。
??
状況が把握できず、頭にハテナマークが飛ぶ。
「っと危ないな」
そのとき耳元で聞こえたこの場にいないはずの人の声にぎょっとした。
「シュラ?!」
「そう、シュラさんです。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。まるで正義の味方みたいじゃない?」
ちょっとふざけた物言いをしながら、手を貸して立ち上がらせてくれたのは、今ルナの看病をしているはずの異世界から来た少年であった。
「た、助かったぁ。ホンマナイスタイミングやったで」
目の前でシャアラの転落を食い止める始終を余すところなく見ていたチャコは、正にその素晴らしいタイミングの良さに安堵のため息をもらした。
「ありがとう。でも何でここに?」
「薬が効いたのか、一時的だろうけど熱の上昇が止まったんでね。薬も煎じ終えたらメノリもいるし、僕はお役御免かなってさ」
手が空いて雨も降ってきたし、熱さましの薬も気になったからちょっと様子を見に出たらこの状況だったってわけ。
間に合ってよかったよ、と肩を竦めると次には膝の方に目を向けて心配げな声を出した。
「大丈夫かい?」
「歩いてればそのうち痛くなくなるわ」
「よく頑張るね」
でも血出てるよ。
言われて指された先を見てみれば、確かに擦りむいた膝からは血が垂れ落ちていて、あまり見慣れない血の量に一瞬頭がくらっとした。
けれど。
「ルナは……私がつらいときもっとたくさん助けてくれたの。このぐらいで」
「でも雨も降ってるし、帰って手当てした方がいいんじゃない?」
「嫌よ」
頑張ろうと決めた。
ルナは私が苛められてたときも、火事になって死にそうになったときも、何の躊躇いもなく手を差し伸べてくれたのだ。
ルナならこんなときも絶対に、私を助けてくれる。
それなのに、私は少し膝を擦りむいたぐらいで、ルナを助けるのを諦めるというのだろうか?
それは、嫌だ。
少なくとも、こんなことくらいでは諦めちゃ駄目だ。絶対に。
「ルナに、教えてもらったから」
絶対に帰らない。
「……君も頑固だね」
その強硬な意思を感じ取ったのか、シュラは諦めたかのように大きくため息を落とした。
「仕方ない。僕も手伝うよ」
でもまずは手当てね。
そう声をかけシャアラの手を引きながら、残りの斜面を一気に駆け上がった。
そして雨を避けるため、大きくせり出した木の根元へと引っ張っていく。
膝を出して、と枝の下から出て行き、手に溜めた雨で膝の血を洗い流し、軟膏を塗りたくり始めた。
その合間に何やら葉っぱと包帯を取り出している。
どうやら応急処置には慣れているのか、素晴らしく早い手際だった。
それを黙って見つめていたが、次第に沈黙に耐え切れなくなってきた。
ポツリと不安が零れ落ちた。
「今頃、どうしてるかしら?」
それを拾ったシュラは手当てを続けながら、律儀に応えてくれた。
「さぁ。でもあっちを出る前、一瞬だけ目を覚ましてね。心配してたよ、君の事」
それだけ言って再び、傷口に葉を当てる作業を続けた。
それを聞いて、また自分の胸がひどく痛むのを感じた。
一番つらいのは自分なのに、どうして。
「どうして、ルナはあんなに強いのかしら?」
毀れる声を留めることはできなかった。
今度は傍にいたチャコがそれを拾い、反応を返した。
「シャアラにはそう見えるんやな」
まるで事実とは違うかのようなその返答に、シャアラは驚き俯けていた顔を咄嗟にあげる。
チャコと目が合うと、チャコは少し気まずそうにしながらも笑って自分達の過去のことを話してくれた。
自分は廃棄寸前のロボットだったこと、ルナが幼いときに母を亡くしたこと、チャコはその寂しさを埋める為にルナの父によって救われ引き合わされたこと。
ルナが泣き虫だったこと、初対面で嫌いと言われたこと、でも仲直りして、新しい名前もくれたこと。
そして、お父さんも亡くなって、二人でずっと生きてきたこと。

「聞くも涙、語るも涙の悲しい物語や」

それで話は締めくくられた。
シャアラには何も言えなかった。
二人はいつも明るくて、優しくて、そんな過去があるなんて全く感じさせなかったから、ショックだった。



何も言えず沈黙する。
そのとき手当てが終わったらしく、シュラは包帯の最後の結び目を巻いた隙間に入れ込んだ。
よし、終了。
と残りの道具を片付けると、先の話の感想を一言、こう語った。





「チャコってネコボルトじゃなかったんだねえ」



「っておいいいい!そこおおおおおお!?」
いい話台無しじゃあああああ!!!
「シャアラ、キャラ壊れとるで」
え?っていうか今の話のメインって明らかにそこじゃないよね?
注目すべきはルナ達を襲った悲劇とか立ち直る推移とか二人に生まれた絆とかエトセトラエトセトラ

これだけの話を聞いて出てくる言葉が「え、ロボ?何それっつかすごくね?」とか「あ、もちろん僕は最初から只者じゃないとは思ってたからね」とか横でしたり顔とかされてみ?


正直イラっとくるから、普通に。
キャラも壊れるから。
他になんか言うことないんかいワレってなるから。
興奮状態になったシャアラが落ち着くまでは後数分の時が必要だった。



********



「今の話を聞いてシュラは他に感じることなかったの?」
再びクズの根を探して歩き始め、気分も落ち着いたシャアラは少々呆れた調子で、シュラにずっと思っていたことを尋ねた。
「それって可哀想とかそういうこと?」
「う、うぅん、まぁそういうようなことよ」
「その境遇が可哀想かどうかなんて本人達にしかわかんないことじゃん」
けれどやはり思ったような反応を得ることはできなかった。
それどころか
「だから僕からはどうとも言えないかなぁと」
「それは……そうかもしれないけど」
「チャコはどう思う?」
「ウチは別に気にならへんで。カワイソーやなーって思われても、ほんだらルナに優しいしたってやーって思うくらいのもんやな」
「ぶはははははは!チャコってすごく逞しいよねぇ」
チャコが芝居がかった調子で頬の隣で手を合わせて体をくねらせながら、「もうけもんやー」と笑うのを見て、シュラもまた腹を抱えて笑った。
「そっかぁ、それなら余計なこと言ったかも。悪かったね」
一拍置いてシュラは先の発言をサラリと謝った。
それは大人の対応で、返って自分の反応が子どものように思え、それがまた更にチクリとシャアラの胸を刺した。
「いんや、シュラの言うことも強ち間違いともちゃうで。ルナも同情されて怒る様なプライド高いタイプとはちゃうけど、逆に気ぃ使うからなぁ」
困ったもんや、と今度は苦笑して見せた。
やっぱり自分の抱いた感情は間違っているのだろうか。
「シュラは、どうしてそう思ったの?」
「……僕の知り合いにも親っていうか、育ての親を亡くした子がいてね。以来姉弟二人っきりで生きてたみたいだけど、二人は決して不幸そうには見えなかったよ。血は繋がってなかったんだけどね、すごく仲が良くて、むしろ色々と二人で支えあって補いあって幸せそうにみえたんだ」
だから他人が横から勝手に同情するのも失礼な気がしない?
と続けられ、自分の顔色がさっと青くなったのがわかった。
「言い過ぎや」
「あいた」
ますます落ち込んだ自分を横目に、チャコがパシッとシュラの頭を叩いた。
「シャアラを苛めんなや。意外と捻くれたことするやっちゃな。ま、確かに二人での生活はそれほど悪いもんちゃうし、それなりに幸せやけどな。でも昔しんどかったのもホンマやし、どうしようもなく寂しいこともたまにはあるのも事実やで」
だから純粋に可哀想な話や思うんは正常な反応や、お前は間違っとらん、と肩を叩くチャコの言葉にシャアラは少し慰められた。
「ひどいなぁ。じゃやっぱり僕が間違ってるってわけ?」
「だから間違ってはない言うたやろ。ただ性格が多少歪んどるだけや」
「え、余計ひどくない?」
「黙っとれ。気にすな、シャアラ。ダチは大事や言うたやろ?」
「え、うん」
「ダチがダチを思いやるのは普通やし、嬉しいもんや」
「そう、ね」
チャコが何を言いたいのかわからず、答えに詰まるが、ルナがいつも自分を心配してくれてるのを悪いと思うときも多いが、嬉しいのも確かだ。
曖昧な答えではあったが、チャコはそれを聞いてニヤッと笑った。
「んで友達ができて嬉しかったのはシャアラだけやないっちゅーこっちゃ」
「それって」
ルナも、必要としてくれているということなのだろうか?
「ルナだってそう強いわけやない。けどつらいことがあったら空を見上げんねん。雨の日かてあるけど、青空の日もある」
チャコはピョコンと枝の下ぎりぎりまで歩いていき、徐に手を空に翳した。
「どんなに真っ暗な夜や、ひどい天気の日があったとしても、空に太陽がある限り、必ず青空の日は来んねん。人も同じや」
「心はいつも青空ってこと?」
「そや、いつまでもくよくよしてたらあかんっちゅーこっちゃ」
人は持ちつ持たれつ、ルナと仲良おして、また何時もの如く心を青空にしたってや。
クルリと振り返るとチャコは、親指を立てて笑った。
自分に、できるだろうか。
いつも助けられてばかりだと感じているけれど、自分もルナの助けになれているんだろうか?
チャコの言葉に揺れた思考は、しかしまたしても余計な言葉に遮られた。
「そそ。シャアラは同情したからルナに優しくしたいわけじゃないんだろ?」
「怒るわよ」
「じゃいいじゃないか」
「お前が言うな」
「ははは」
バシッと再び頭を叩かれながらも、全く堪えていない感じでシュラも笑う。
「まぁ友達ってのはいいもんだし、大事にしなよ」
シュラもあまり深くは考えていない様子で、シャアラの肩をバシバシと軽く叩いた。
その姿にだんだん真剣に考え込むのが馬鹿らしく思えてきた。
そしてふと先の台詞から、疑問が頭を過ぎった。
「シュラにもそういう友達っていた?」
そういえば、シュラからは向こうの文化や生活についての話は聞くけれど、人間関係の話をするのは初めてかもしれないことに気づく。
一度言葉にすると、疑問は止まらず、つい言葉に出していた。
「どーだろ?そりゃ友達はいなかったわけじゃないけど、どうだったかなぁ」
「どうだったかなぁって……そんなに前のことじゃないでしょう?」
前の土地にいた頃のことを聞いただけのつもりなのに、シュラはまるで遥か彼方の記憶を探るように頭を悩ませているように見えて、シャアラはそれが不思議に思えた。
「いや、友達ってキーワードが何か新鮮すぎて」
そんな自分がちょっと可哀想になってた、と何だか物悲しい発言をとても明るく笑って言うシュラに、シャアラは少々頬を引きつらせた。
「えーと、一番最近でいいんだけど」
「最近も何も、僕って友達少ないからなぁ」
更に痛くなっていく発言に、シャアラは己の言動全てを取り消したくなってきていた。
「あ、一人思い出した」
しかしそんなシャアラの居た堪れなさに気づいたのか、はたまた偶々思い出しただけなのか、シュラが突然今までと趣の違ったことを語りだした。
「多分、あれが人生初の友達だった気がする」
「じゃあその人の話を聞かせて」
やっと明るい方向を向き始めた話題に、シャアラは早速食いついた。
「いいよー」
それにシュラも軽く応じる。
「昔、僕もルナみたいに高熱を出したことがあったんだ」
「ええ?!」
正に今と同じシチュエーション。
「原因は何だったの?」
高熱というのは本当に恐ろしい。
今回のことでそれを強烈に思い知ったシャアラは昔の話とはいえ、そのときのシュラのことがひどく心配になった。
「いやあんまりはっきりとは覚えてないんだけど」
「でもなんとなくは覚えてるんでしょ?」
シャアラは記憶がぼやけるほど大変な状況だったのかと、更に心配顔を深めたが。
「多分、前日にそいつと川辺で騒いで嵌ったとか、そんなんだったと思う」
もちろんただの風邪。
と、続けてシュラは気まずげに頬をポリポリと掻いた。
「……そ、そう」
普通に自業自得だ。
なんだか言いづらい空気を作ってしまったシャアラは、そんな反応しか返せなかった。
しかしその気まずい空気を取り払うように、シュラは話を続けた。
「確かそのとき、そいつが訪ねてきて」
「お見舞いに来てくれたのね!」
再度のフラグに、シャアラは今度こそ心温まる友情ハートフルストーリーが始まると信じて疑わなかった。
「お前なぁ、こんなんで死んだらアホだぞ」
「は?」
と思ったばかりにもかかわらず、全く場違いな暴言にシャアラは再び固まった。
「開口一番、病に倒れた僕にかけられた台詞」
「へ、へぇ」
「正論だけどさ、普通言うかって思わない?」
「そ、そうね……辛いときは、もう少し労わりの言葉とか、暖かい看病とかが欲しいところよね」
「ところがそいつには薬草を探しに行くとか、励ましの言葉とか、そういう健気さは一切なかったんだよ」
ひどいと思わない?との言葉とは裏腹に、その言葉の調子は残念という気持ちが欠片も感じられず、とてつもなく軽い。
「今思えば馬鹿らしいけど、あのときは本当に熱が中々下がらなくてさ、何せそれまで体験したことないほどの高熱だったもんだから、普通にこのまま死ぬんじゃないのかとか思い込んたんだろうね。だからそんな状態の自分の隣で只管、そいつがそんな感じの悪態ばっかつくもんだから、真剣腹が立ってムカついて、んで更に熱が上がったんだった」
うん、しゃべってる内に色々思い出してきた、とどうやらテンションが上がっているらしいシュラが、シャアラにはちょっと遠く思えた。
「や、まぁ決して悪人じゃあなかったけどね」
「そうよね!」
「あ、気使わなくていいよ。今の話で良い奴とは誰も思わないと僕も思うし」
正直、シャアラにはそのシュラの友人とやらの良い要素は全く見えていなかった。
儀礼的な賛同はあっさり見抜かれていたようで、申し訳なく思ったが、同時にシュラの賛同を得られてシャアラは自分が一般的な感覚の持ち主であることが確認できて少し安堵した。
「まぁわかったのはずっと後の話」
シュラはそんなシャアラを横目でチラッと見た後、目を眇めた。
「多分言えなかったんだ」
「どうして」
「まぁ天邪鬼さには理由があったってとこかな。一応あの悪態にも意味はあったらしい。あいつなりのね」
「よく、わからないけど」
「だよね。僕もあいつの後ろ暗い事情を知るまでは全く理解できなかったし、それがあいつの性格なんだってずっと思ってた。自分が心配することが、僕の命取りになるんじゃないかとか、そんなややこしい心情とか普通わかんないっての」

ますます頭にハテナマークを飛ばすシャアラを見て、シュラは「入り込みすぎた」と少し照れたように笑った。
シャアラは少しだけ目を見張り、「ううん」と首を振った。
「とにかく、アイツはあのとき、本当は一刻も早く出て行きたかったんだと思う」
「事情はよくわからないけど、その人は結局ずっとシュラの傍にいたのね」
「うん」
「それはシュラがそう頼んだから?」
「いいや。僕も昔は無駄にプライドが高かったからねぇ、傍にいて欲しいなんて絶対に、舌を噛んでも言えなかった。けど、あいつはそれには気づいてたよ」
そーいう知ったかなとこが、昔は余計に嫌いだったんだけど、とシュラは眉を潜めた。
「だからあの状態の僕の傍にずっといてくれたのは、あいつなりの最大の譲歩で、優しさだったんだ」
話の内容はほとんどわからなかったけれど、友を語るシュラの目はとても優しかった。
きっと、本当に良い友人なのだろう。
「早く会えるといいわね」
「え?」
「早く元の世界に帰って会えるといいねって」
「せや。そいつもきっとシュラのこと心配しとるで」
シュラは少しだけ目を見張って、「そうだね」と小さく笑みを漏らした。



そこからは言葉もなく一心不乱に歩いて、辺りに目を凝らし、そしてついにクズの絡まった木を発見できた。
けれどその木は、崖の淵に立っており、更に運の悪いことに、根はその崖の下側に向かって伸びていた。
その角度は先の斜面とは比べ物にならない。
相当な運動神経のよさとバランス感覚の持ち主でなければ、ちょっと取って戻ってくるのはできそうにない。
「取ってこようか?」
シュラの申し出は正直ありがたい。
足を滑らせれば、今度こそ無事ではすまないだろう。
けど
「ううん。私がいく」
だけど、今は他の人に任せたくない。
これだけは、譲りたくないの。
決心して足を一歩踏み出す。
チャコが地と木を跨いで不安定なシュラの手を引き支え、シャアラはそのシュラの手を掴みながらゆっくりと下へと手を伸ばす。
後、少し。
ぎりぎりまで手を伸ばした次の瞬間。
「危ない!」
踏ん張り損ねた足が、今度は木の上を滑る。
「きゃああっ!!」
今度こそもう駄目!
恐ろしさに思わず目を瞑ったけれど、浮遊感はやはりやってこない。
恐る恐る目を開けると、そこにはまたもシュラの顔。
両手はシャアラの手首を掴み、ぶら下った状態になっている。
どうやらシャアラが落ちそうになった瞬間、器用にも両足を木に引っ掛け、チャコがそれが外れぬよう押さえ、ギリギリまで体を木の上に迫り出し、シャアラの体を片手で引き上げ、両手で支えるという荒業をやってのけたらしい。
「せ、セーフや……」
背伸びしてシャアラが無事なことを悟ると、チャコの声は少し引きつっていたが、それでもなんとか唇の端を緩めた。
「ふー、シャアラ。頑張るのは悪いことじゃないと僕も思う。けど何でもかんでも自分一人でって思わないで、できれば自分の要領は正確に把握しといて、次からは」
さすがにシュラも冷や汗を垂らしていて、シャアラもこれには謝るしかなかった。
「けど、やったね」
「え?」
再び引き上げられ申し訳なさで縮こまったけれど、突然明るい言葉をかけられて一瞬何のことかわからず戸惑う。
「これや!」
チャコにも指をさされて、漸く思考が追いついた。
手にはちゃんとクズの根が握られていた。
「やったぁ!!」
思わず歓声を上げた私を前にして、チャコとシュラも「まぁ結果よければ」と顔を見合わせて噴出した。



帰り道は、チャコが来た道を探りつつ先導する形で先に行き、私達は二人で肩を並べて歩いていた。
行きにあれだけ揉めたのに、私は気づけばまたそのときに思っていたことを口に出していた。
「アタシはルナが強いと思って、自分が弱いって思うその理由って何だろうってずっと考えてた」
何が違うのか?
それはありすぎて、でもだからこそ何が決定的に違うのか自分にはわからなかった。
けど、今回のことでその理由がわかった。
「アタシは多分、現実を直視できないだけだと思う」
聞かれてもないのに、何を語ってるんだろう。
まぬけたことを言っている自覚はあるが、それを留めることは何故かできなかった。
シュラも、道行で話していたときのように捻くれた口を挟んだりはしなかった。
「現実は楽しいことばっかりじゃなくて、物語の主人公達は決して諦めないのに、アタシはくじけたり、逃げ出したりするばっかりで」
自分は
きっと

ずっと、誰かに聞いて欲しかったのだ。

でもそれはきっとルナやメノリ、ベルやチャコ、シンゴやハワードでは駄目で。
理由はうまく言葉にできないけど。
「だからそれを自覚する瞬間、いつも自分がすごく嫌になってたのね」
シュラは尚も言葉を挟まず、黙ってそれを聞いてくれている。
「それから周りの誰かを羨むの。ルナのこともそうだけど、今日もシュラのことすごいなって思うと同時に、ちょっと僻んでたの。それで私も何かしなきゃって焦って、できるかどうかもわからないことで迷惑かけてりして」
「また、嫌になった?」
何故だかはわからない。でも、今なら、彼になら躊躇いなく話せると思えた。
「ううん。頑張れてよかったって思った」
迷惑や面倒をかけたけど、ルナの為に何かができた。
自己満足かもしれないけれど、動くことができたことは、今日のことは、決して無駄じゃなかった、そう、思う。
「そんなに悪いことばっかりじゃないもんね。現実って」
自然と笑みがこぼれた。
すると真面目な顔で聞き入っていたシュラが、一瞬だけ目を丸くした。
それが無性に笑えてきて、今度は笑い声がもれた。
「……きっと、君は大丈夫だよ」
何のことかはわからなかったが、シャアラもまた何の根拠もなく、自分はこれからも先もきっと大丈夫だと感じていた。
いつの間にか、雨も止んでいた。



********



帰ってからもハードな一日は中々終わらなかった。
夜の看病。
男の子達も心配はしていたけれど、もし明日熱が下がらなかった時のことも考え、今日は先に寝てもらった。
それに出来る限り、体調を崩している姿を異性には見られたくないだろうという配慮もあった。
持ち帰ったクズの根を薬草へと煎じ、頻繁に冷たい水を汲んできたり、服を着替えさせてあげたり、交代で眠りはしたけれど、それも浅いもので気づけば空が白み始めていた。
けれど必死の看病のおかげか、その頃にはルナの熱もすっかり下がっていた。
意識も取り戻し、目を覚ますなり感謝の言葉と共に「体を動かしたい」と起き上がったルナに私達は呆れたような、ほっとしたようなで笑いしか出てこなかった。
「付いていくよ。まだ足元ふらつくだろうからさ」
シュラはルナの頭の上に乗せていたタオルを桶にうけると、よっと一声あげて椅子から立ち上がった。
「お前も疲れてるんじゃないのか?」
未知の症状に対する薬の投与であるし、医療知識がある人間が一人はついていた方がいいだろうと、シュラだけは一晩中ルナの看病に付き合ってくれていた。
さすがにこれ以上は、とシュラを慮ったメノリが提案した。
「せや。休んでいきいや。ただしレディの寝所じゃなく、隣の男共の部屋やけどな!」
チャコも即座に賛同の声を上げた。
「大丈夫。昨日看病を離れたとき、家で休んできたよ」
けれどシュラは言うと同時にルナに肩を貸して、立ち上がらせている。
その背を見てシャアラはシュラのことを考えた。

シュラは嘘つきだ。

明確にはいつ離れたかは知らないけど、薬だって作っていただろうし、自分を助けてくれた時間的に考えても家に帰っていたとはとても思えない。
きっと心配になって、真っ直ぐ駆けつけてくれたんだと思う。
本当はちっとも休んでない。
でも疲れなんて微塵も見せないで、今も手を貸してくれてる。
それは本当にファンタジー小説の王子様みたい。
シュラはシャアラがずっと思い描いていた理想の塊のようだ。
さっきも話を聞いてもらったり、相談にも乗ってもらった。
なのに、予想外にもちっともときめかない。

どうしてだろう?
シャアラはそれも疑問に思っていた。

シュラは必要以上にアタシ達に近づこうとしない。
楽しそうにしていも決して輪の中には入ろうとしないし、それに時々私達には見せたことのないようなシニカルな表情でカオルと話し込んでいる。
能天気に笑ってるけど、見たままが全てではないんじゃないだろうか。
なんとなくだけど、それは感じていた。
距離があるように感じるから、だからあまり意識できないのかもしれないのかとも思った。


けど、その謎が今解けた。
というか、気づいてしまった。



シュラは、誰も必要としていない。
距離があるような気がするのではなく、本当に距離があるのだ。
シュラは私達が誘っても、手を伸ばしても、決してそれに応じようとはしない。
いつもやんわりとだがそれを断る。
自分一人で何とでもなるから構わなくていいと。
それは裏返せば、誰も頼る気はなく、誰も信用していないということにはならないだろうか?
そしてそれを笑顔の仮面で覆い隠す。

シャアラはシュラのそういうところを、ひどく冷たいと思う。
だからきっとそういう意味では好きにれないのだ。
気づかなければ楽しいだけでいられるのに、どうして夢だけを見ていられないのか。
現実は悪いことばっかりじゃない、と思ったばかりだけど、やっぱりつらいことだって多い。
けれど
「夜明けだ」
「きれい」
辺りが光で埋め尽くされていく。
「日はまた昇る」
チャコが決まり文句のように鼓舞の言葉を口にした。
そう、日はまた昇る。
どんなにつらいことがあったとしても、過去に何があったとしても
どんな人間もいずれ
「心はいつも青空ね」
そうなれると信じている。
だって
「今日は、悪かったね」
「何が?」
「言いたかっただけ」
周りには聞こえないように、それだけ耳元で囁くと、シュラは再び朝日に目を向けた。
やっぱりよくわからない。
ときどき意地悪。
だけど、良い人。
それだけは、間違いではないから。

だから、そのときは本当に友達になれたらいいなって思う。

シュラの話に出てきたその人みたいに。



シャアラはシュラが友人のことを話したときにふと見せた、今までと違う照れたような年相応の笑顔を思い浮かべ、ふと笑みを零した。






to be continue…

素直なシャアラと素直でない坊ちゃん。やっとハワードとカオル以外にも少しだけ本性をチラつかせ始めました。でも基本レディファーストなので、ちゃんと優しくフォローします。これが男なら相談とか、手当てとか真面目にしません。そういうちょっと残念な性格なので。でも今回テッドの影をチラつかせられて本望です!しかし友達の少なさに涙。ちなみにエンとアキは友達じゃありません。腐れ縁です。2主も違います。当坊ちゃんはちょっと複雑で難儀な性格をしているので、ソウルイーターを抜いても中々友達認定の壁は厚い。



back/top/next