|
深夜、僕は棲家でひっそり惰眠を貪っていた。 何もなければ僕だって普段は夜寝て、昼に活動するというサイクルで生きている。 普通のことだ。 けれど今日はそれに少しの変化があった。 何かが、棲家に近づいてきていたことには気付いていた。 「シュラ、いる?」 名を呼ばれ、誰かが棲家に立ち入ってくる気配がし、それは確信へと変わる。 だけど僕は連日のルナの看病や、その他諸々のことで疲れていた為、できるなら無視していたくて無理に狸寝入りを決め込んでいた。 「シュラ、遅くにごめん。ちょっと用があるんだけど」 それでも来訪者は応えがなくとも帰る様子はなく、名を呼びながら更に接近してきた。 「シュラ、シュラ。ねぇ。起きて!」 それでも真夜中の非常識な来訪に答える気にはならず、シュラは尚も頑固に布団に縋り続けた。 しかし来訪者もやはりどうしても用があるらしく、諦める気配はない。 体を揺り動かしながら尚も名を呼び続けた。 「シュラ、シュラってば!起きてよ!!」 「だああああもうっ、何なのさっ!!」 その往生際の悪さに根負けしたシュラは、ついに布団を跳ね除けガバリと起き上がった。 そこにいたのは、ハワードとシンゴの二人。 ニン!と悪戯が成功したように笑うトラブルメーカー二人と目が合い、その瞬間シュラは狸寝入りを続けなかったことを心底後悔した。 |
|
++世の中興味は尽きない++
「今何時だと思ってんのさ……」 その声音と座った目を眠そうに擦るシュラから不機嫌という気配を感じ取り、シンゴは少々怯んだ。 しかしここで挫折しているくらいなら、最初っからここまで来なかった。 シンゴは勇気を振り絞り、恐る恐るシュラの前へと進み出た。 「連日色々あって疲れてるのはわかってるんだ。でも、どうしても頼みたいことがあって……」 引き続き半眼で見つめる目の色に変化はない。 ただ黙ってじっと正面から顔を見つめられ、シンゴはその居心地の悪さに縋るように隣のハワードへと視線を向けた。 ハワードは「何だよ、僕に振るのかよ」という顔をしたが、それでも頼られて悪い気はしなかったのか、ズィっとシンゴの前に割って入り声を張り上げた。 「僕達はなぁ!」 「ハワードうるさい。声が頭に響く」 間髪いれず睨まれたハワードは、蛇に睨まれた蛙のように固まった。 役に立たない。 シンゴは心の中で舌打ちしたが、元々そんなに期待していたわけではない。 けれど自分の思考を落ち着ける時間稼ぎぐらいにはなった。 「シュラにも、関心のある話だと思う」 改めて自分を奮い立たせると、再びハワードを押しのけてシュラへと向き直った。 「……言っとくけど、しょうもない用事だったら承知しないから」 未だ半眼ながらも話を聞く気にはなったらしく、立ち上がって背を向けると、隣の桶に溜めた水でパシャリと顔を洗った。 「で、何?」 顔を洗って漸く目が覚めたらしい。 話を聞くため、シンゴとハワードにベッドの上に座るよう勧めた。 「東の森に行きたいんだ」 口火を切ると、後は簡単に続いて言葉が出た。 東の森に行くことをメノリに止められたこと、最近は例の声が聞こえないこと、ルナの体調が戻るまで延期することに皆が同意したこと、けれど進んだ文明を持った人間がいる疑いが出ていること。 「ルナの体調のことがあってまだ話ができてなかったけど、シュラがいない間に新たな発見もあったんだ。僕なりの見解もでてきたし、それも道中話せると思う」 シンゴが話す間、シュラが言葉を挟むことは一切しなかった。 「そのためにも一刻も早く遺跡を自分の目で見て、それを解明したいんだ」 「……で、結局僕にどうしてほしいわけ?」 「案内して欲しいんだ。実際にそこまで行ったのはルナとハワードとベル。それから君を探してカオルも行ってる。けどルナはもちろん駄目だし、ベルもカオルも延期に賛成してる」 「そこにハワードがいるじゃないか」 「道覚えてないんだって」 「ハワード、君何のために行ったの?」 「仕方ないじゃないか!あんなでかい化け物に追われてた時に冷静に道を見てる暇なんかあるかよ!」 「で、一人で帰ってきた僕なら確実ってわけ?」 「そう。それにシュラも実はすごく東の森に興味を持ってるよね?遺跡にもきっと関心があるんじゃないの?」 「何でそう思う?」 「シュラってあんまり僕らの話に口を挟まないよね?でも東の森の話題のときだけ時々だけど、意見や質問するし。今回帰ってくるのが遅れたのも一人で何か調べてたからじゃないの?」 「中々、よく見てるね。一回目の東の森の探索の人選は、ハワードじゃなくてシンゴ、君にすべきだった」 「何だとぅっっ?!」 僕の活躍を忘れたのか!と喚くハワードを押しのけてシンゴが前に出た。 「僕は早く遺跡を調べたい。でも皆に知られたら絶対止められる。だからこっそり出てきた。真夜中に非常識な頼みごとだってことはわかってる。無謀なのもわかってる!でも協力してほしい!僕なら必ず!この前の調査以上の解明をしてみせるよ!」 じっと僕の目を見ていたシュラが不意に僕から目を逸らし、チラリとハワードを見た。 「一応僕だって止めたんだからな。化け物が出て危ないって。けど言っても聞きゃしないし、あげく僕が怖がりだとか言いがかりを付けてくるし、僕が怖がりじゃないってことを証明するためにも一緒に行かないわけには行かなくてだな」 ハワードが少し気まずげに目を逸らして紡いだ言い訳を、シュラは呆れたように見つめていた。 はぁ、とシュラはため息をつくとしばし腕を組んで考え込んだ。 もちろん、これをベルやカオルに頼むことだってできた。 けれど彼らはきっと謎の解明よりも皆の安全を優先する。ベルやカオルを説得できるとは、シンゴにはどうしても思えなかった。 狙うなら、絶対にシュラだ。 けど、彼が頷く保障もない。 確かにシュラは何くれと手を貸してくれてはいるが、それは状況がそうさせていると言った方が正しく、決して自ら親切を働こうとするほど自分達に積極的には関わってこない。 もちろん彼が冷たい人間だとは思っていない。 けれど、彼が単なるお人好しではないことくらいは、気付いていた。 同情や熱意だけでは、きっとシュラは動かない。 彼は僕らに変な責任感を持っていないし、動く理由は正に利益や興味によるとシンゴには思えた。 飽くなき探究心。 シンゴは己が性質と同じものを、シュラにも感じていた。 「一つだけ、忠告しとく」 沈黙を破って、ついにシュラが口を開いた。 「僕は起きるのが苦手だ。とにかく、眠りを妨げられるのは何より嫌い。もちろん、人に揺り起こされるなんて以ての外だ」 「つまり?」 「次、やったら容赦しないから」 覚えとくように。 感情なく呟くシュラの声音に本気を感じ取り、シンゴとハワードは思わず抱き合ってガクガクと頭が落ちそうになるほど何度も何度も相槌を繰り返した。 シュラはその様子に重々しく頷くと、今度は音もなく立ち上がり、背を向けた。 シンゴは駄目だったか、と肩を落としたが、次に振り返ったシュラの手には旅の荷が握られていた。 「じゃ、行こうか」 どうやら合格だったらしい。 にっこりと笑うシュラに、シンゴとハワードは笑みを返し立ち上がった。 ******** 「それでさ、あの、ハワードが持って帰ったカニもどきの…鋏、の中からこ、の機械が出てきたんだ……この部品なんて、信じられないくらいコンパクト…出来てるし、電気がなくても、動く!」 「へぇ。じゃあ本当にハワードの大手柄だったわけだ」 「ほーら、見ろ。僕が行って正解だったんじゃないか」 「まぁ偶然だけどね」 「こらぁ!素直に褒めろ!」 「まぁ、その話は…置いといて、僕が、思…にあの化け物は、もしかして、あの機械で……操られてたんじゃないかって」 「機械ってそんなことまでできんの?」 「う、うん…神経、系に作用するようなマ、イクロ派が……はぁ」 「シンゴ、何か元気ないね。どうかした?」 「…リュックが、すごく、重くて」 シュラの心配に答えつつ、「よっ!」と掛け声を上げてリュックを担ぎなおしたその瞬間。 「うぐぅ」 「へ?」 聞こえた。確かに何か声がした。リュックから。 シュラも目を丸くしてリュックを注視した。 目を逸らしたのは、ハワードだけだ。 まさかと思って勢いよくリュックを上下に振ると、怒鳴り声とともに飛び出してきた。 「何すんねん!人がせっかく気持ちよく寝とんのに!」 「チャコ!」 「何やシンゴかいな?ん?んん?ハワードも、シュラまで?三人揃って何してんねん」 「どういうこと?」 「どういうことって、こいつは何かと役に立つから、いないよりはましかと思ってよ」 「いないよりはマシ?何やその言い方は!」 勝手に連れてこられたチャコは怒っているけれど、正直言って僕は少しラッキーと思っていたりする。 僕もできるならチャコを連れてきたかった。分析能力なんかも考慮すれば、チャコがいた方が断然解析も進むからだ。 それを諦めたのは、皆を起こす危険があったからだったりする。 ハワードはいつも迂闊だけど、時々発揮される変な行動力には感心させられる。 「ふーん。ハワードにしては良い判断だったんじゃないの?」 「お前さっきから一々俺にだけ棘ないか?!」 どうやらシュラも同じ意見らしい。 後はチャコを説得するだけなんだけど、さてどうしたものかとシンゴはそれが一番の問題だと頭を悩ませた。 「そういや、ここ、どこや?」 来た。 意を決して答えようとしたが、それより早く軽い声が遮った。 「東の森だけど」 「シュラ!」 あっさり言いすぎだよぉ! 案の定「何でこんなところにいるのか、ルナの体調が戻ってからの約束だったはずだ」だのお説教が始まった。 もおお!シュラのバカ! 心の中で悪態を付きつつもなんとか泣き落としでと思った矢先、今度はハワードが口を出してきた。 あああ、ハワードが入ると余計ややこしくなる。 止めようと動きかけたら、横からシュラに手を引かれた。 「シュラ!邪魔しないでよ!ハワードがチャコを怒らす前に止めなきゃ」 「まぁまぁ。黙ってみてなよ。意外とうまくいくかもよ」 ここは一つ。ハワードのもう一つの得意技に期待しよう。 ハワードほど説得下手な人間もそうそういない。 シュラが一体どういうつもりで止めるのかわからないものの、意外と引き止める力が強くてその場に縫い付けられたように動けなかった。 その間にもハワードとチャコの言い合いはヒートアップしていった。 しかし不思議なことに、初めこそ取り決めに違反したことを嗜めていたチャコだったが、ハワードに何か言われるたび見る見る間に顔を怒りに歪め、そして発言は本題から離れていった。 なるほど、確かにハワードは説得には向かない。 けれど人の神経を逆なですることに関しては、彼ほどうまい人間もいない。 初めは理論的に冷静な判断を下していたチャコも、怒りに我を忘れれば思考も簡単に方向性を見失う。 そしてハワードの挑発にあっさり乗ったチャコは自滅した。 だけどそのときには、僕の意識は既にチャコから別のことへと移っていた。 「シュラ、今の見た?」 「今のって、チャコがハワードに向かってロケットの如く頭突きを繰り出したけど、ハワードに見事に避けられて、でかい植物の葉っぱにぶつかって、ボヨーンと跳ね上がって、更に葉っぱの間をボヨボヨボヨボヨっとピンボールみたいにラリーされたこと?中々体の張ったレベルの高い面白カットだったよね」 「……いやまぁそうなんだけど」 シュラって、時々容赦がない…… 「指摘したいのは面白さじゃなくて、ピンボール現象の方なんだけど」 「ああ!」 幸いにも今度は言われて思い至ってくれたようで、シュラはポンっと軽く手を打ち合わせた 。 「そうなんだよ。僕もその点が気になっててさ、一度シンゴに聞いてみたいと思ってたんだよ」 「予測でしかないけど、たぶん重力が不安定なんだと思う」 「重力?」 「星が丸いって話は前にもしたと思うけど」 「うんうん」 「その上で、何で人はその丸い星に普通に立ってられるんだと思う」 「んー、どっかの文献でそういうのを研究してる人がいたような……それでは確か、んー、世界の真ん中には大きな紋章が眠っていて、その紋章の莫大なエネルギーが人や物を中心に向かって引っ張っているから人も物も落ちないんだとか」 どうやらシュラの星では、全ての力の源が紋章に起因しているみたいだ。 僕が科学の話をするのと同じレベルで、シュラは紋章の話を出してくる。 僕としてはその力の違いを徹底的に検証してみたいんだけど、それもまた今度にするしかないらしい。 「まぁでも原理の解釈自体はあまり変わんないと思う。とりあえずその質量を持つ物体が引っ張る力を万有引力、その万有引力と天体の自転による遠心力を合わせたものを重力と言って、これは星によって大きさが違うんだ。それは星の大きさだったり、自転の速度だったり」 「んー、その辺は単語がよくわかんないから飛ばしてくれる?」 興味はものすごくあるんだけど時間かかりそうだから。 僕の得意分野で本領が発揮できるチャンスだったけれど、その先は頭を捻ったシュラによって遮られた。 けどまぁ最もではある。 残念この上ないけれど、のんびりして話が進まないのは僕としても賛成できることではない。 「つまり、それが小さいとさっきみたいな変な浮遊現象が起きる」 「なるほどね。その地に足をつけるのに必要な重力ってやつが小さいと、うまく体が地に引き付けられずに、ああいう中途半端なことになる、と」 「まぁおおよそそういうこと」 「んでもさぁ、この星の重力が小さいからこういうことになるとしたら変じゃない?それなら今ここを歩いてる僕らもずっとポヨポヨしてるはずでしょ?でなきゃその原理って罷り通らないんじゃないの?」 シュラは本当理解力に優れいている。結構マニアックな話をしたつもりなのに、即座に話の重点を理解してくれてる。 面白い。 「するどいね。そうなんだ。この星の重力自体はコロニー、僕らの故郷とあまり変わらないと思う。けどこの辺りだけが違う。つまりここの磁場一体だけが、歪んでるってことさ」 「その歪みって自然に生まれたりするもんなの?」 「元々機械でできてるコロニーならともかく、自然にってのはあまり聞かないね」 「もしかしてそれって誰かが引き起こせるレベルだったりする?」 シュラが眉間にギュッと皺を寄せた。 シュラが眉を寄せたくなる気持ちは、僕も充分に理解できる。 重力というのは星全体に平等に係る、雄大すぎる力だ。 それを一部だけ慢性的に変質させるなどという現象が、一個人の力でどうこうなるようであれば、それはとてつもない脅威となりかねない。 それも近くに機械らしきものは見られない。 つまり遠隔操作でそれを可能にしているレベルということになる。 「それはわからない。けどすごく発展した科学力を持っているとしたら、一部磁場を歪めて重力を左右することも可能かもしれない。でなきゃ、ここだけ自然に歪んでるって話になるけど」 「その奥に偶然遺跡があるってのも出来過ぎた話、か」 「そう……だね。その通りだ……だとしたら誰かが歪めてると考える方が不思議でないって話になるけど」 「だとしても何のためにそこまでするんだろうねぇ」 「何のためってそりゃあ」 何のためなんだろうか? そもそも、ソレをしているのは一体誰なんだ……? 点と点がたくさん散らばっていて、あと少しで繋がりそうなのに。 もどかしくて頭を掻き毟たところで、頭に衝撃が走った。 「なーにをゴチャゴチャ言っとんねん。レディーが理不尽な暴力に苦しんどるときに男2人が揃いも揃って助けんとはどういう了見やねん!!」 ドウッと倒れた目の前には、着地へと降りてきたチャコの足2本。 どうやらさっきの衝撃は、頭を飛び蹴りされたためらしい。 隣には同じ洗礼を受けたのだろう、ハワードの後頭部も見えた。 「ってかチャコが受けたのは暴力じゃなくてただの自滅じゃん」 元気なのは反対隣でケラケラ笑うシュラ一人。 会話しながらもチャコの方にも注意を向けていたらしい。一人だけ飛び蹴りをうまく交わして難を逃れたらしかった。 隣でチャコが「ウチの懇親の一撃が!」と、悔しそうにしている。 やっぱり要領がいい。 「ちゅーか、シュラ。お前はこんなとこで何しとんねん」 「何って、東の森の調査に決まってんじゃん」 「お前までそんなん言っとんのかいな。ハワードはともかく、お前なら止める思うとったけど、ワイの買い被りやったんか?」 「生憎だけど、僕は自分の利益を優先する男なんでね」 一応止めはしたけど、聞きそうにもなかったしね。チャコも諦めたら? 「もうええわい」 悪びれなく笑うシュラに毒気を抜かれたのか、チャコももうそれ以上反対はしなかった。 全ては今更だと思ったのかもしれない。 けどシュラがこの場にいたことも大きかったんじゃないかと僕は思う。 何だかんだ言っても、シュラはこの中で一番分別があるし、理由がなければ危険を冒すようなリスクを背負うタイプではないことを、チャコも認めているに違いない。 おかげで僕は助かったけれど、逆にまた疑問も湧いた。 「けどお前の利益て何やねん。それこそお前が急いどるようにも見えんし、シンゴが知っとることも知ることも、どの道後で知れることちゃうんか?」 そう、実は僕もそこが疑問だった。 シュラが動いてくれるかどうかは正直、四部六部で駄目なんじゃないかと思っていた。 僕が持ってる情報は皆で共有しているし、シュラが僕らに協力するメリットは背負うリスクを考えれば薄い。 それでもシュラに頼んだのは単に他よりは確率が高いと思ったからだ。 「後も一つ確認しておきたいんだけどさ、あのカニって結局ロボットだったの?」 「話が逸れてない?」 「まぁまぁ、とりあえず答えてよ」 「カニは本物や」 「ただこの部品の一部が補助ワクチュエーターとして筋肉の動きをサポートしているらしくて…」 「そこパスね」 「……あのカニには目に見えないほどの小さな機械が埋め込まれてたってこと」 「……見えてるけど」 「これはね。けどこれの正体は極々小さいコンピューターが集まってできた精解集積回路、ナノ・プラントってやつなのさ」 「ナノ・プラント?」 「そう。あのカニはこの機械によって干渉を受け、これが発する指令通りに動いてたんじゃないかって話」 「それで操られてる、って話になるわけか」 うーん、とシュラはしばらくの間宙に指で何かを描き続けた。 見ていても何を書いているかは全くわからなかったので、おそらくそれ自体に意味はなさそうだ。 としたら、何か思考をまとめているだけにすぎないのかもしれないが、とりあえず何がしかの結論にたどり着いたのは確からしかった。 シュラは急に描くのをやめると、定まらなかった視点を僕らへと戻した。 「それってさ、誰がやってると思う?」 「誰って」 「ここはさ、歩き回った僕らが知ってる通り、人はほぼいないと思う」 まぁ、少なくともそれほど多くいないことは確かだろう。 「で、僕らが感じ取ってる生きてる人の気配って、結局のところ今は一つだけだよね?」 一つ……まさか 「ルナにだけ聞こえる声の主?」 「を疑っとるんか」 チャコも同じ結論にたどり着いたらしく、驚きに目を見開いていた。 「そんな驚くこと?僕はむしろ声の主を誰一人疑ってないことのほうが不思議でならないんだけど」 姿も意図もわからないような者を本当に信用できる? 「……つまり、声の主こそが黒幕やと言いたいんか?」 「まぁ可能性としては。だって変じゃん」 助けるにしては、声のタイミングがいいとは決して言えない。 ハワードもルナもベルも、声よりも前に充分紙一重な危険を体験している。 助かったのは単に運や一瞬の反射神経、偶然が重なっただけのことで、一歩間違えば声よりも早く命を落としている可能性も充分にあった。 「この森の他の動物も操られてるとしたら?これは極論だけど、助けられてるというよりむしろ、声の主によってこういうピンチに追い込まれてると考える方が自然な気もしない?」 「声の主がワイらの敵で、ホンマは始末してまいたいっちゅーことか?」 「でもそれなら何で声の主は僕らを助ける必要があるの?」 「忘れたの?ルナは、呼ばれてるんだ」 そう、最初に東の森へ行きたいと言い出したのはルナだった。 その原因は、声に呼ばれたからだ。 「敵とか味方っていう前提は違うかもしれない。彼はただアドバイスしてるだけだし」 これは確かに興味深い見解だ。 考えもしなかった。いや、考えようとしてなかったことだった。 僕らにはとにかく希望が必要で、聞こえる声はコロニーへと戻る唯一の光だった。 だから意図的に避けていたのかもしれない。それを疑えば、希望を見失う気がして。 けれど一度言われてみれば、どうして今まで一度もちゃんと疑わなかったのか不思議でならない。 声の主は確かにピンチの時に声が振ってくることもある。 けれどそのアドバイスはあまりにも漠然としていて、助ける気で発しているにしてはあまりにも微妙だ。 ルナが独自の解釈をして、僕らがそれを信用し、偶々そのときは敵からうまく逃れたからこそその仮説が成り立っているだけで、一歩間違えれば命を落とす危険だってシュラの言うとおり充分あった。 助ける気ならもっと早く、的確に助言することもできたはずだ。 姿も現さず、それもルナだけにピンポイントで声だけを伝えてくるというのは確かに胡散い、し干渉率の低さの理由もまたよくわからない。 僕らは早くコロニーに戻りたい。 でもだからこそ、本当はもっと慎重になるべきだったのかもしれない。 そもそも何故ルナにしか聞こえないのかとか、僕らの状況をどうやって知っているのかとか……もしかして 「だからルナのいない僕らを連れてきたの?」 そこでようやくシュラの言わんとしていることに辿り着いた。 「そ。ちょっとでもその主の正体や意図を知るきっかけになるかもと思ってさ」 必要なのはルナだけなのか、それともルナがいないと本当に交信できないのか、全てを見ているわけではないのか等々。 そう言った手がかりはルナのいる状況では決して得ることはできない。 「ちなみに僕が一人で森を歩いてても何の接触もなかったよ。で、君たちでも状況が同じなのか知りたかったってわけ。皆で探索に行くとなると、必ずルナも付いてくるからね」 ってか、僕と君たちでなら条件が違うのもわかるけど、君たちとルナじゃ何が違うのかどうしても納得いかないからさ。 そう締めくくると、シュラは肩を竦めた。 「結構ちゃんと考えてたんやな」 「失礼な。僕は常に色々考えてるんだよ」 チャコとの漫才的な掛け合いはおいておいて、確かにこれは重要なことだった。 「声の主は、どうしてルナを呼んだんだろう?」 「助けたふりして恩を売って、追い込んだ上で何かをさせたいのかもね」 「何かって?」 「さぁ?そこまでは行ってみないことには」 「けどそれやったらその声に従うんはヤバイかもしれんな。罠っちゅー可能性も」 「それもなきしにもあらずって僕は思ってるけど」 「けど森には遺跡があるんだよ。ここで引くわけにもいかないよ」 「うーん」 結局そこなんだよなぁ。 どうあっても、僕らは遺跡に行かないわけにはいかない。 そこにしか、ここを脱出する手がかりはないのだから。 「まぁ、全部は憶測だけどね。本当に声の主はいい人で、そのカニを操ってたヤツに閉じ込められてて、助けを求めてるとか、見張られてて短時間しか接触できないとか、ルナとだけ特別波長があったとか、考えようによってはもっと色々あるからね」 「何や、マイナスな思考ばっかり話しよって。そんなプラスの憶測もあるんやないか」 「僕はご都合主義な考え方はしないの。するなら常に最悪の状況を考えといたほうが、後々対処しやすいでしょ?」 「ま、でもシュラとしてはそういう可能性があるって事だけは踏まえておいてほしいってことなんだね?」 「そいうこと。警戒のあるなしで、危機回避には大きく影響が出るからねぇ」 のほほん、と言われたけれどシュラって何だか 「慣れてる?」 こういう状況に 「ぎぃやあああああああああ!!!」 問い詰めようとしたその瞬間、またも絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。 「またか」 ハワードだ。 いつの間にか復活して、うろついていたらしい。 今度は何を見つけたんだろう。 気が重くなりながらも、そちらへと駆けていく。 そのとき僕の頭を過ぎっていたのは、ついさっきまでの直前のシュラの顔。 口がうっすら弧を描いて、「よくできました」と言っている様に見えたのは僕の気のせいなんだろうか。 結局、シュラって何者? 普通の少年っぽく見せてるけど、どう考えても只者じゃないような気がして仕方がない。 しかしどこまで突っ込んで良いものかもわからない。 唯一わかることは、僕の彼への興味は尽きない。 それだけだ。 いずれ、話してくれるかな。 シュラは僕らの星の文明に興味を持ってる。今度、等価交換で聞き出してみようか? けれど今はそれを口にする暇はなく、僕の胸の中に一旦仕舞いこむしかなかった。 |
| to be continue… |
|
むーん、久々すぎて勘がつかめない。シンゴ視点です。本当はもうちょっと先で切りたかったんですが、量が増えすぎてるので、無理やりブツ切りました。チャコとシンゴとシュラの分析トリオ、好きだー。でもこの三人にすると文章量が増えて増えて……話が進まない! そこは置いておいて、どうやらシンゴはシュラに悪印象は全く抱いていない模様です。別に良い人と思ってるわけじゃないけど、利益や興味を優先するっていう点では普段ロボ開発とかの関係で大人を相手にしてるシンゴ的には、わかりやすくて付き合いやすいんではないかと。後、研究者の思考で、色々引き出しを持ってる未知のシュラに興味が尽きない。シュラも色々知識を持ってるシンゴが興味深い。この2人はお互いそんな感じです。 |