今はまだ内緒





++多少の謎はご愛嬌++





「そう言えばこの間はありがとう」
「この間?」
 取りあえず落ち着こう、ということで出された水を飲み一息ついたところでの突然のルナの感謝の言葉。
 シュラは思い当たることが浮かばなくて不思議そうな顔をした。
「このナイフは君のじゃないの?」
 シンゴがポーチの中から一つの細い物体を取り出し、巻きついていた布を取っ払うと中から刀身鋭いナイフが姿を現した。
「あ、それ僕が投げたやつだ」
 シュラににしてみれば直接助けたわけでもないのだし、あれくらいのことはお礼に値しないという認識しかなかったので、すぐには何のことかわからなかったのだ。
「本当に君のなんだ……」
 断定的に尋ねておきながらも、返ってきた肯定の言葉にシンゴ達は意外そうな顔をした。
「どうかした?」
「いや、失礼かもしれないが少し意外に思ったんだ。最初にカオルにこれを見せられたときは大人をイメージしたものだから」
 シュラのよく言えば可憐、悪く言えば少女めいた容貌からは凡そ武器を扱うイメージが浮かばない。とはさすがに言えず、遠回しな表現を使ったメノリの告白にシュラはほんの少し苦笑し。
「大人ね……まぁ確かに大人ではないよね」
 と一人納得した。
 そして皆にはナイフ投げは特技の一つなんだ、としごく適当な説明を行った。
 幸いにも「ほらね」と受け取ったナイフを木の幹の中心辺りに軽く命中させると周りは「おおー」とか「すごい」とか各盛り上がり誰も深く追求はしてこなかった。
 ただ一人、背後から厳しい視線を向けてくる者がいたのだが、それはなんとなく予想していたのでシュラは特に声をかけたりはしなかった。
「う、ううぅん……」
 周りの歓声に反応して眠っていた?ハワードがようやく微かな呻き声と共に目を覚ました。
「あら、ハワード気が付いたのね」
 シャアラが駆け寄りハワードの顔を覗き込んだ。
「ぅんん?ここは……」
 むっくりと起き上がりシャアラの顔を見てここがみんなの家であることを認識する。
 そしてゆっくり視線を彷徨わせ、ある一点でそれがピタリと止まった。
「お、おおおおお前っっ??!」
 客人の顔を見るなり人差し指を突き出し挙動不審な態度をとるハワードに、周りは首を傾げながらも取りあえず新しい客人の紹介を行う。
「紹介するわね。シュラさん。私達とは別の星から来たそうで、残念ながら彼も遭難者らしいの」
 よろしくー、と笑顔で手を振ってくるシュラには別段変なところはなくて。
 あれはやっぱり幻だったんだ。
 根が単純なハワードはあのとき感じた恐怖を気のせいだったとなかったことにした。そうして彼はいつもの調子を取り戻すことに成功した。
「なんだ。同じ遭難者か。で、やっぱりこいつの乗ってきた宇宙船も故障なのか?原型は残ってるのか?直せないのか?」
 ハワードは立て続けにシンゴに向かって怒涛のように問い質した。相変わらず彼は人任せだった。
「そういえばまだ訊いてへんかったな」
 ハワードの内容的には珍しく的を射た発言にチャコはポンと手を打ち合わせた。
「今まで何やってたんだよ?」
 不服げなハワードは放っておいてシンゴはシュラに向き直った。
「シュラは何か生き残ってるパーツとか持ってないかな?」
 しかし尋ねられたシュラはと言えば。
 いやそんなこと言われても。というかそもそも。
「宇宙船って何?乗り物?もしかして皆はそれに乗ってここに来たの?」
「え?そうだけど…」
「お前そんなのも知らないのか?」
 シュラはゆっくりと首を振った。知らないどころかそんなものは元々ない。
「ええ?じゃあシュラって一体どうやってここに来たの?」
「テレポートの魔法だけど」

 ええええええええ!!!

 シュラ当人にとっては何でもない発言はしかし少年少女に大きな混乱を齎した。島一体に驚きの声が木霊した。
 ものすごく根本的な問題だったが、お互いテレポートや宇宙船が当然だと思っていたので、それ以外の移動手段があるなど思いもしなかったのだ。
 しばらくしてようやく驚きが過ぎ去り、お互いの認識の違いを軽く理解した後も皆色々と思うところがあるようだった。
「魔法だなんて素敵だわ。昔読んだファンタジー小説みたい!」
「そんな非科学的なものが本当に存在するとは」
「ってことはファイヤー!とかできるんだよな」
「テレポート、空間転移……ワープは僕らの世界でもかなりの技術を必要とするのに。それも宇宙空間以外での転移?もしかしなくてもすごいことじゃないか、新しい理論展開が」
「よくよく考えたら宇宙の概念もないのに宇宙船が存在する方が驚きやわな。テレポートで来たっちゅうのもある意味では頷ける話や」
「……確かに魔法があるなら科学の発展もあまり必要ではないだろうな」
「どうやら随分俺達の星と文明に違いがあるみたいだね」
「そうね。本当に宇宙って広いわ」
 観点はそれぞれずれているようだが。こういうとき諸に性格が出る。
「そんなに驚くことなんだ?僕からしてみればウチュウセンとやらの方がよっぽど理解しがたいけどなぁ」
 一方シュラの方は宇宙船というものがいまいちうまくイメージできなかった。空飛ぶ乗り物と言えば普通竜であるし、鉄塊が宙を自由に飛ぶことの方がよっぽどファンタジーの世界だ。
「シュラの世界ではそういう乗り物は存在しないの?」
「開発してるところはあるかもしれないけど…鉄はかなり重いから実用化にはまだまだ時間がかかるんじゃないかな。莫大な魔力の維持は中々難しいし」
 シュラも魔法理論や紋章片を利用した機械には興味を持って独自で色々学んではいたが、基本が根無し草の旅暮らしなので、ここのところゆっくり最先端の専門知識を学ぶような機会には恵まれていなかった。
 でも不可能ということはないのかも…などというシュラの思考はとある人物の大胆な提案によって遮られた。
「ってちょっと待てよ!テレポートなんて便利なもん使えるんなら宇宙船なんていらないじゃないか!今すぐ僕達をコロニーへ送ってくれよ!」
 皆が魔法というものに興味を抱きながらも初対面であまりにも不躾すぎるかとはっきり口にせずにいたことを、遠慮という言葉に最も縁のない男、ハワードはそんな雰囲気などものともせず思うままに要求した。
 しかしシュラの答えは。
「無理」
 即答だった。
「さっき言ったじゃないか。ここは僕にとって多分異世界にあたるんだよ。僕らの世界ではこういう」
 前髪をかき上げ額にある紋様を見せる。
「紋章を媒体として魔法を発動するんだけど、力の仕組みが違うのか、根本が違うのか、ここに飛ばされてからは一回も発動できてない。 大体魔法が使えるならとっくに元の所に帰ってるし、それに使えたとしても行った事もない場所に正確に飛ばしたりなんてできないよ」
 その答えにほんの少し希望を抱いていた六人と一匹はひっそりと肩を落とした。
「なーんだ。使えねーや……」
 そしてまたもそんな空気を解しないハワードは何のためらいも無く素直に非難を口に。
「何か言ったかな?ハワード?」
 シュラがにっこり、と形容するしかないような完璧な笑顔をハワードに向ける。
「いえ、何でもアリマセン」
 しようとして失敗した。
 脳裏に蘇る形のない恐怖。何かの条件反射のようにシャキーンと音がしそうな程の直立の姿勢を取り、ハワードはブンブンと首を横に振った。一方それを見た周りの反応はと言えば。
 あのハワードがこんなに簡単に引き下がるはずがない。普段と比較して有り得ないハワードの聞き分けの良さは皆の心に不信を通り越して不安を抱かせた。
「ど、どうかしたのか、ハワード…?気持ち悪いぞ」
「やっぱりまだ具合が悪いんじゃない?どこか強く打ったとか」
 しかし与えられた労いの言葉は微妙に酷いものだった。
「お前たち僕を一体何だと思ってるんだ?」


********


「お茶ごちそうさま。じゃあそろそろ帰るね」
「え?シュラ。泊まっていかないの?」
 日も暮れているので新たに加わった少年が泊まるのは当然と思っていたシャアラはきょとんとした表情で同意を求めるように周囲の仲間を見渡した。
「外はもう随分暗いし、夜出歩くのは危険よ」
「そうだ。何も無理をして移動する必要はない」
 すかさずルナとメノリが賛同し、か弱げな少年の夜歩きを心配した。
「そうそう。ちょうどハワードのベッドが空いてるしね」
「何を言ってんだ、シンゴ!どうして僕のベッドが空くんだよ!」
「だってハワードは昼間ずっとぐぅぐぅ寝っぱなしだったじゃないか。今日はもう寝なくても大丈夫でしょ?」
「じょ、冗談じゃない!僕は朝すごく早起きしたんだぞ!僕はお前らと違ってデリケートなんだ!徹夜なんかして身体を悪くしたらどうするんだ!」
「心配してなくても僕が空けるから」
 始まった賑やかなハワードとシンゴじゃれ合いにベルが仲裁に入り、場を収束へと導く。
 微笑ましげに三人の遣り取りを見つめていたシュラは、しかしきっぱりとその申し出を断った。
「気持ちは嬉しいけどやっぱり遠慮しておくよ」
「どうして?」
 断られるとは思っていなかったのだろう。ルナが驚きの表情でシュラを振り返った。
「一人増えたところで大して変わりはない。気を遣う必要はないんだぞ」
「そうよ、泊まっていった方がいいわ」
 メノリもシャアラも礼儀正しいこの少年が遠慮しているのではないかと、粘り強く誘いかける。
「それがそういうわけにもいなかないんだよ。僕にも色々事情があるんでね」
 しかし彼はついに首を縦には振らなかった。
「では俺が送っていこう」
 それまで黙って皆の遣り取りを遠目に眺めていたカオルが立ち上がり、妥協案を持ち出すことで今日のところはそれでお開きということになった。


********


 どう切り出すべきか。前を行くシュラの背をじっと見つめながらカオルは声を掛けあぐねていた。
「何か言いたそうだね」
 そんなカオルの心情に気付いていたのか、シュラは突然立ち止まり反転すると若干上目遣いでカオルの顔を覗き込んだ。
 まどろっこしい問答が自分に向いていないことはわかっているので、カオルは単刀直入に尋ねることにした。
「お前は何者だ……」
「変な質問をするね。僕はただの異世界人で、君達と同じ遭難者だと言った筈だけど?」
 さっきから何度も同じような話をしていた。そんなことはもうわかっている。
「そういうことじゃない。お前の世界では、ただの子どもが飛んでいる動体物に衝撃を与えて軌道修正し、正確に的に当てさせることが普通なのか?」
 大トカゲを倒したときの話だ。周りは簡単に納得したようだが、やはりあんな精密機械のような真似は幾ら自分達とは違う星の住人と言われても納得のいかないものがある。
 幼い頃からパイロット養成所で様々な訓練を受けてきた自分だからこそ目に付いた。あれは長年の訓練や経験なしにできることではないはずだ。
「うーん、そう来たか…まぁ確かに僕の世界でも普通はできないかな。そもそも子どもはあまりモンスターと戦ったりしないし。でも皆無ということも」
 普通は。つまり一般的ではないということだ。やはり彼はどこか胡散臭い。
 なんとなく、ただの子どもというには違和感があるような気がする。異世界人だということを除いても、どこがとははっきり言えないが、自分達とは決定的に違うような匂いとでも言うのか。
 それに疑問は他にもある。
「大体どうしても帰らねばならない事情とは何だ?」
 家とは言っても所詮は仮宿。一人こちらに飛ばされてきたなら誰かを待たせているというわけでもないはずだ。
「無口なのかと思ってたけど、君って意外としゃべるんだね」
 しかし返ってきた返答は全く関係のないものだった。
 ふざけているのか、はぐらかすつもりなのか、単に話を真面目に聞いていないのか、表情からはその内実が窺えそうもない。
「必要なことなら話す」
「何かどっかで訊いたような台詞……」
 肩を竦め、どこかとぼけているようなシュラの態度に苛々が募る。
「無駄話をする気はない。答える気があるのか、ないのかはっきりし……」

 パグゥ

 内心の動揺を押し隠すようにして絞り出した恫喝は甲高いどこか気の抜けた鳴き声によって遮られた。
 せっかくの詰問の場をぶち壊して木々の間からのっそりと姿を現したのは、こちらに来て唯一友好を結ぶことに成功した動物、パグゥ。
 特にルナに懐いていて初対面からこっち時折みんなの家にやって来る。家に行くなら早く通ってくれ、と道を空ける。
「あれ?久しぶりじゃないか、今までどこ行ってたのさ」
 しかし予想外にもこの場に居るもう一人の人間が当たり前のようにパグゥに向かって語りかけた。
「パグゥを知っているのか?」
「パグゥ?」
 ハテナと首を傾げるシュラにカオルも一拍おいて通じるわけがないことに気付いた。
「パグゥはシャアラが付けた名で、そこの動物のことだ」
「ああ、なるほど…って、なんだ。最近見ないと思ったらカオルたちのところにいたんだ?お前って本当人好きだね」
 それにはカオルも同意見だった。自分としては動物としてその危機感のなさはどうかと思うのだが、シュラはそんなことは気にしていないようだ。
「僕はハナって呼んでるんだけど、名前が二つあるって紛らわしいよね。僕もパグゥって呼ぶことにするよ」
 パグゥがものすごい勢いで首を縦に振った。
 何故そんなに必死なんだ?しかも非常に嬉しそうに見える。まぁ気のせいだろう。動物の考えていることなど自分にわかるはずもない。
 しかしシュラはそんなパグゥの様子を気にする風もなく、マイペースにパグゥに向かって帰宅時間の短縮のために足の確保を要求していた。
 了承の鳴き声と同時にシュラはその背にヒラリと飛び乗る。
 結局質問の答えはどこへ消えたのか。途中から話が逸らされていたことには気付いていたが、今更蒸し返してもやはり今のように軽くあしらわれるだけだろう。
 質問のことなど忘れたように完全に帰途につこうとしているシュラの姿に、カオルはついに答えを得ることを諦めた。
「優秀な護衛がついたようだし、俺はお役御免のようだな」
 そもそも本当に護衛が必要だったのかどうかも疑問だが。
 長居は無用と大きな溜息と共にカオルはシュラに背を向けた。
「カオル!」
 しかし意外にもシュラから呼び止める声が投げかけられた。
「まだ何かあるのか?」
 振り向きざまに発した声は自分でも驚くほど冷たいものだった。まだ出会って数時間、彼の何がそんなに癇に障るのか。
 わからないままに象?上を仰ぎ見ると何故か満面の笑みでこちらを見下ろすシュラと目が合った。
「目の付け所は悪くないよ。見た目に騙されなかったのは高評価」
 全く話が見えない。
「ただ……焦らないことだよ。別に僕は君達に危害を与える気なんてないんだからさ。しばらくはご近所さんになるわけだし、仲良くしようよ」
 確かに今すぐ知らねばならないことではないが、得体の知れない者との隣人付き合いなどは御免被りたいのだが。
「よくわからないが、結局答える気はないということか」
 その問にシュラは目を眇め、口の端を薄く吊り上げた。それは笑顔とは違うどこか不敵な表情だった。
「その内、教えてあげるよ」
 じゃあまたね!
 ドスドスドスドス……
 そして謎の客人はパグゥを操り、華麗?にその場を去っていった。
 盛大なる地響きと巻き起こる砂埃と当惑するカオルを残して。






to be continue…

今んとこ本性に気付いている?のはハワとカオルのお二人。カオルと坊の組み合わせラヴ。そろそろちょっとずつ本編に絡めて行きたい。しかし異文化の壁はぶ厚いですね(遠い目)



back/top/next