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++3.謎の青年++ 「ぐあぁぁ、じぬぅぅぅ〜……」 「大げさな」 船の個室のベッドで、エンは未だ船酔いに悩まされ続けていた。 しかし、シュラの対応は素っ気なかった。最初の頃こそ愚痴も聞いてやっていたが、さすがにこう毎日同じことばかり言われていてはいい加減辟易としてくる。 「はぁ、桶はベッドの隣に置いとくから吐きたくなったらそこでしてよ。今水を貰ってくるから」 「気が利くなぁ、お前はー…頼むぞぉぉ……」 結局、苦しむエンの姿を見ているとやはり放っておけないのか、シュラは口調とは裏腹に、甲斐甲斐しく世話を焼いてしまうのだった。 甲板に出たシュラは、忙しそうに帆を操る船員たちとは別に、少し離れたところで暇そうに煙管を吹かす男を見つけると、気軽に近づいていった。 「すいません」 「おう!どうした、坊主?」 船乗りの人間たちは皆気さくで、シュラもここ数日間で何人かと仲良くなっていた。 「また兄ちゃんの具合が悪化したか?」 ここではエンとシュラの関係は兄弟ということになっている。別に意図的にそうしたわけでなく、そう似ているとも思えないのだが、同じ黒髪で、年が六つ程離れて見える二人組みの関係性を見出せなかったためか単純に兄弟だと思われたらしい。以来、訂正する必要性もなかったため勘違いするままに任せている。 「そうなんです。度々で本当に申し訳ないんですが、水差しを頂けますか?」 「わかった、水だな」 「できれば新鮮な果物も」 「ちゃっかりしてやがるな」 男は苦笑しながらも、「ちょっと待ってな」と愛想よく了承して船倉へと消えていった。 一人残されたシュラは手持ち部沙汰になり、甲板から身を乗り出し、緩やかな河の流れを見つめた。 なんだか、トラン湖を思い出す…… あの頃は毎日のように船に乗って忙しなく町と本拠地を行き来したものだ。戦争から一年以上たった今でも、ふとした瞬間に記憶が過去に舞い戻ることがある。そんな時、こんな風に穏やかな生活を送っているのが夢のように感じられるのだ。 けれど決して夢などではない。戦争が終わっても自分はまだ生きていて、道は続いている。 駄目だ、また落ちてる。 普段はエンが何かと騒がしいからあまりあの戦いを思い出すことはなかった。いや、いつも二人でいても話すのは過去のことではなく、これからのことばかりだからかもしれない。 エンはあまり後ろを振り返らない。常に明るい方を目指して歩く。それは今の自分にも確かに必要なことだけれど、時々、本当に極たまにだが、迷うことがある。 過去を置いてけぼりにしているような小さな罪悪感。 でも、それをエンに話すことはできない。エンと過ごす時間は楽しい。共にいると自然と前向きになれる。この関係に影を落とすような真似は、したくない。 「飛び込みはやめたほうが良いですよ」 「え?」 宙に浮く感覚。次の瞬間、シュラは後ろから抱き上げらていた。 「えーと……」 甲板に下ろされたシュラは、正面に向き直り、自分を抱き上げた人物を見上げた。 「あれ、もしかして勘違いでした?あんまり思いつめた顔で水面を見つめているみたいでしたから、てっきり……」 驚いた。自殺者に間違われたこともだが、なによりその造形の美しさにだ。 フリック以上かも…… 「怒ってます?」 はっ? 無言で顔を凝視していたのを、勘違いしたことを怒っている、と思われたようだ。 「あ、いえ、怒ってないです」 焦って弁解したため何だか間抜けな回答になってしまったが、相手の青年は気にする風もなく、笑顔を返した。 「それならよかった。でもあんまり身を乗り出すと危ないですよ、船は急に強く揺れることがありますから」 「あ、はい、紛らわしい真似してすいません」 ……あれ、今何か――――? 引っかかった気がしたのだが、それが何なのかがわからない。 「いえいえ、今日はお一人なんですね。お兄さんはご一緒じゃないんですか?」 シュラは一先ずその違和感を脇へと押しやった。せっかく心配して善意で声をかけてくれた人物を前に、いつまでも黙り込むのは失礼というものだ。 「はい、兄さんはまだ船室で唸ってますよ」 どうやら、お兄さんがいることはもう知られているらしい。まぁ、最初の数時間はエンも元気で、甲板で船乗りを捕まえては賭け事をふっかけたりして騒いでいたから無理もないかもしれない。 しかし、アレを兄さんと呼ぶのは未だに慣れない。背中がむず痒くてしょうがない。 「あれ、本当に船酔いしてるんですか?噂には聞いてましたけど、印象と合わないんで冗談かと思ってました……」 その表情が本当に心底意外というものだったので、エンに悪いと思いつつもシュラも思わず笑ってしまった。 「ハハ、実は僕もなんです。最初は食べ物に中ったか何かしたのかと思いましたから」 まさか人に自信たっぷりに忠告しておいて、その本人がなるとは思わない。 「まぁ、気分の悪さからいけばそれに近いものがありますからね。船は初めてなんですか?」 「いえ、僕は湖でなら何度か。兄も昔乗ったことがあるらしいんですけど、久しぶりだったみたいで」 「? 一緒には乗ったことないんですか?」 まずい、調子に乗って話しすぎた。 「…僕と兄ってあんまり似てないでしょう?その辺に事情があって、しばらく兄とは離れて暮らしてたものですから……」 「そうだったんですか…すいません、言い難いことを言わせてしまったみたいで」 こう言えば、大抵の人間はこれ以上突っ込んでは聞いてこない。 はぁ、心苦しい。こんな親切な人を騙すのは良心が痛む。しかし今更赤の他人です、とも言えないし。 「気にしないで下さい。僕が勝手に話しただけですから。あなたと話してたら、初めて会ったような気がしなくてついべらべらと」 これは本当だ。いつもならこんな古典的ミスはしないのだが、この青年の持つ独特の雰囲気のせいだろうか?安心すると言うか、気が緩んでしまうような。 しかしシュラはそこで自分の言った言葉に再び首を傾げた。……初対面、だった、よね? 「…そうですね、俺もですよ。普段は自分から話しかけたりしないんですけど」 青年の方も初対面の言葉に頷いてくれたということは、やはりそうなのだろう。微妙に間が空いたような気はしたが。 「これも何かの縁かもしれませんね。名前を教えて頂けませんか?」 「あ、と申し送れました。ユラと言います」 さすがに時の人である本名を使うわけにもいかないので、偽名を使っている。名付け親はエン。カエンがエンだから、シュラはユラ、という他愛もない理由で付けられたネーミングだ。 「――――――」 え? 囁くような小さな声だったが確かに聞こえた。 「ユラさんですか、良い名前ですね」 青年の方はシュラには聞こえていないと思ったのだろう。先の呟きなどなかったかのように会話を続ける。 シュラが意味を問いただそうとしたその時、船倉に消えていた船乗りの男が戻ってきた。 「おーい、坊主!持って来たぞ!」 その手には頼んでいた水差しと二個の林檎がある。 「ああ、人を待ってらしたんですか、それでは、俺はこれで」 それを見た青年は踵を返そうとする。 「待った!」 シュラは咄嗟に青年の袖を掴む。 「あれ、お兄さんにでしょう?俺に気を使わなくても良いですから、早く持って行ってあげて下さい」 引き止められた青年は、理由がわからず、不思議そうな顔をしている。 「あ、と、さっき……」 しかしシュラも青年があまりに平然としているので、先の言葉が聞き間違いだったのか自信がなくなってしまった。肝心なところが言葉にできない。 困惑しているシュラを前にして、青年の方は先を促すでもなく、ただ静かに待っていた。その間に青年も何かを思いついたのか、突然自らの腰に下げた袋をあさり始めた。 「よかったらこれを。煎じて飲めば、船酔いに良く効くんですよ」 そこから一枚の葉っぱを取り出すと、シュラの手に乗せた。青年の好意に、シュラは雑念を振り払った。 「…ありがとうごさいます。話し相手になってくれたことも。それが言いたかったんです」 結局、それに便乗して抱いた疑問についても誤魔化す結果になった。 「ああ、なんだ。お礼を言われるほどのことではないですよ、話をするのは俺も楽しかったですし。お兄さん、早く治ると良いですね」 「はい」 頷いて船乗りの方へ歩いていこうとするシュラの背に、今度は青年の方が声を投げかけた。 「そういえば、さっきあなたはお兄さんと似ていないと言っていましたけど、そんなことはないと思いますよ」 「え?」 「顔は確かにそうでもないですが、纏う気配というんでしょうか?どことなく同じもののような……」 それは、同じ天魁の星の下に生まれたことを言っているのか? しかし、そんなことを知る者など限られている。では、単に雰囲気で感じ取っただけなのだろうか。 「うん、やっぱり似てますよ。同じ獲物を選ぶところもね」 ! また会いましょう、ユラさん。それだけ言うと青年はシュラの横をすり抜けて船室に続く扉の奥へと消えていった。 |
あのとき青年が呟いた言葉 当たり前か…… どういう意味? 何故か、頭が痛んだ |
| to be continue… |