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++5.疼き(前編)++ 「うげぇ、キモ」 「何コレ」 二人が駆けつけたときには既に甲板はすごいことになっていた。 ワカメワカメワカメワカメワカメワカメワカメワカメ 大繁殖。 「ワカメ掴み取り大会?」 「退屈な船旅にささやかな刺激を、ってか?やりたいか、お前?」 「え、やだ。磯臭いし」 「最もだ。が、会場は既に盛り上がりすぎて収集が付かなくなってるみたいだぞ」 軽口を叩いている間にもワカメは増殖を繰り返している。うぞうぞだ。 乗組員達は皆、ワカメと格闘しながら忙しく甲板を駆け回っている。盛り上がっているかどうかは別として収集が付かなくなっているのは確かなようだ。 そんな中、のんびりと佇む二人組みの存在ははっきり言って浮いている。そしてそれを発見した不幸な乗組員が一人、慌ててこちらへやって来た。 「お客さん!ここは危険ですので奥の広間で待機していて下さい!!」 「ほおお、そう言うからには広間にいれば安全は保障されるんだろうな?」 「そ、それは……でも、甲板にいるよりは」 対応がなっていない。それも当たり前。彼はまだ渡航数回目の新人であった。 「よりは、ってことは確かに安全とは言えねーわけだ。見たとこ手も足りてねーみたいだし」 「い、いけません!ほ、本当に危険なんです」 「それはさっき聞いたっつーの!だから、協力してやるってんだろ」 「しかし一般乗客の方に何かあったら」 「心配ねぇ。オレらは傭兵だ」 嘘だ。嘘の上塗りだ。シュラは反射的に心の中で突っ込んだ。 傭兵兄弟。物騒な響きだ。いや、だから職業は何だって言われても困るけど…もしかして僕達って無職? これは由々しき事態だ。旅人といえば響きはいいけど所詮無職だ。この際、流れの傭兵(仮)でもいいかも。 「でも……」 それでも尚言い募ろうとする男にエンが切れた。 「ああ?ぐだぐだうっせぇんだよ、ゴルァァ!!無駄口叩く暇があったらとっと状況の説明でもしやがれっ!海に放り込まれてーのか、馬鹿野郎が!!」 くだを巻きながら男の胸倉を締め上げる。傭兵どころか、これではただのチンピラにしか見えない。 しかし男は熱意に負けたのか、はたまた恐怖に怯えたのか、ついに折れた。 「わ、わかりました。ご、ご協力をお願いいたします……」 「わかりゃぁいいんだよ、わかりゃぁ」 満足げに頷くエンを前に、下ろされた男は泣いていたかもしれない。 「先の轟音は船倉に何かが追突したことで起こったようです。その後も何度か軽い振動があったことから何ものかの襲撃を受けていると考えています」 「その何ものかってのは?」 「それが、調査しようとしたところで……」 「この惨状ってわけか。まぁこの状況じゃあ調査する余裕もないわな。とは言え、まさか何の手も打ってねぇってことはないんだろうな?」 「も、モンスターのテリトリーに侵入してしまっている可能性を考慮し、速度をアップし速やかな脱出を図るために今広間で風系紋章所有者を募ってます!」 「ほー、んじゃあ、まぁ取り敢えず先にコレを何とかすっか」 「あの、本当に大丈夫なんですか…?」 男はまだ不安げな表情をしている。しかしその眼差しはエンではなく、その横のシュラの方に向かっている。 ははぁん。エンは悟った。先から何故ここまで協力を拒むのか疑問に思っていたが、なるほど、男の心配は最初からエンではなく、その隣に立つ荒事とは一切縁の無さそうな幼い少年にあったわけだ。 「そう心配すんな。こいつはこれでも凄腕の魔術師なんだ」 職について真剣に考えこんでいたシュラだったが、話を振られて改めて現状に目を向けた。 「ねぇ、これもやっぱりモンスターなの?」 シュラはワカメを一束掴み出すと男の前に突きつけた。シュラにとっては純粋な疑問から来た行動だったが、一見か弱げな少年が生理的嫌悪感を齎すこと請け合いの群れに対し、何の躊躇もなく手を突っ込みそれを鷲掴みする姿を見せられた男の方は顔面が蒼白だ。 「は、はい。ワカメコゾウと言います…ざ、雑魚ですが何分りょ、量が多くて」 「へぇ、ヒイラギコゾウの海版みたいなものかな?」 興味深そうに手の中のワカメを見つめていたシュラだったが、その間に逃れようと暴れていたワカメが戦法を変え、シュラの手に巻きついてきた。 「お、お取りしましょうか…?」 それは複雑に絡まっていて片手では到底取れそうにないだろう、と思った男は親切に申し出た。 「ああ、大丈夫大丈夫」 ブチィィィ シュラは取れないと見るや否や絡みついたワカメの根元を握り締め、そのまま捩り切った。 モンスターを素手で引き千切る凄腕の魔術師。男はもう言葉がなかった。 「手が空いたとこで一丁頼むわ、弟よ」 「了解、兄さん。水でいくよ」 そのまま集中状態に入ったシュラを抱え上げ、エンは一段高くなった後段部にヒラリと飛び乗ると大きく息を吸った。 「全員に告ぐ!死にたくなきゃ近くのもんにしっかり掴まれ!!」 突然の大声に徒ならぬものを感じたのか、熟練の船乗り達は皆わからないながらもすぐに近くのマストや手摺りにしがみついた。一拍おいてシュラのよく通る涼やかな声が響く。 「優しさの流れ」 え?それって攻撃系だったっけ……? しかし男に考えられたのはそこまでだった。 「水量五割り増し」 ロッドを振りかざし続いて出た謎の掛け声を契機に大量の水が甲板を襲った。 水はすぐに柵状の手摺りをすり抜けみるみる内に排水されていった。地に踏ん張る足を持たないワカメコゾウはその流れに呑まれ多くは海へ落ち、後の少数は柵に引っかかり身動きが取れなくなっていった。 そして不幸にも入り口の真前に立っていて、咄嗟に掴まるものがなかった男も当然巻き込まれ、柵に体をぶつけ、呆気なくのびることとなった。 自分は海で生きていく自信がなくなった。後に彼はそれだけ言い残し船を降りてしまうのだが、前途ある若者の将来を捻じ曲げたことなど二人は知る由もない。 完全に水がはけきった。エンが手を離し、シュラは甲板へ着地をきめた。 「おお、綺麗になったなー。一人のびてるみたいだが、あれは生きてんのか?」 「大丈夫じゃない?回復呪文だから」 どんだけ物騒な回復呪文だ、というのがその場にいた船乗り全員の感想である。 「おい、あんた等!せっかく問題が片付いたってのに何ボウっとしてんだよ、風系紋章者は集まったのか?」 エンの問いかけに各々自分達のすべきことを思い出した彼らはある者は帆の調節を始め、ある者はマストの見晴台に声を掛け、またある者は操縦室や広間へ連絡に走っていった。 「随分静かだな……」 今のところ何かがぶつかるような衝撃は途絶えている。波も穏やかで海は凪いだように落ち着いている。 「うん。勢力圏を抜けたのか、興味を失ったのか、はたまた……」 ザワザワザワ 海が波立つ。 「様子見か……」 見晴台にいた男の悲鳴じみた声が辺りに響き渡った。 「モンスターだ!とてつもなくデカイ影が前から迫ってきてるぞ!!」 「総員衝撃に備えろ!!」 帆の指揮を取っていた男が叫ぶ。同時にそれが海から姿を現した。 「馬鹿な……何故こいつが、こんなところに」 船乗りの絶望を含んだ声が聞こえる。 「海の神……リヴァイアサン」 シュラも呆然とした体で思わず呟いた。 「お前、何で知ってんだ?」 同じく驚いていたエンがシュラの呟きを聞きとがめ、その表情を訝しげなものに変えた。 「え?それは……昔読んだ本で…………」 本当にそうだっただろうか? 「リヴァイアサンは南国産のモンスターだ。しかも、今では姿を見ることは滅多になくなって半ば伝説と化してる。南国育ちか船乗りでもなけりゃあ正確な姿はわからねぇと聞いてるぜ」 言われてみれば何故自分は一瞬見ただけでそうだと判断できたのだろうか? 書物で読んだことはあると思う。名は確かに知っている。けれど、そこに絵姿はあっただろうか? 追い討ちを掛けるようにエンの言葉が響く。 「何より『海の神』。それは南国の者だけが使う俗称だ」 誰から聞いて、どこで知った? それとも僕は――――以前にもこれを見たことがある…? そのとき、再び頭が痛みシュラの頭にぼんやりとしたイメージが過ぎった。 | |
| 何なの……あれ…? | |
| リヴァイアサンだ…海の神とも、呼ばれる…… | |
| 今、のは? 広大な海。二人きりで砂浜に立っている。 海の思い出はエンと見た記憶だけのはずだ。なのに、隣にいるのはエンではない。 誰だ?イメージはあるのに、どうしてわからないんだ。 | |
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この痛みは一体何なんだ? |
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| to be continue… |
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