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++5.疼き(中編)++ 「ま、いいか。そんなことはどうでも」 「え?」 「おいおい、お前まで何ボケてんだ。奴をなんとかするぞ」 あ。 エンの叱咤に微かに掴みかけたイメージが一瞬で霧散する。 しかしエンの言う通りだ。この不思議な痛みのことは気になるけれど、今はゆっくり思考に耽っている場合ではない。 情報の出所がどこであろうと、このモンスターが強いという認識は多分間違っていない。 圧倒的なプレッシャー。それは身体の大きさのせいだけではない。油断はできない。 「ごめん」 「ふん…棍では届きそうにねぇな。ユラ」 多少不機嫌そうに返事をしながらもエンは追求してこない。こういうところは本当に助かる。そのおかげで自分も戦闘の方に集中できる。 「わかった、紋章だね」 即座にロッドを構える。 「……ってお前その二つで一体何する気だ?」 「え?」 何って……? シュラは一旦ロッドを下ろすと改めて視線を手袋に包まれた紋章へと移した。 左手→流水の紋章。 「それはあんま効かないだろ。海の神様とか呼ばれてるようなのに水系で勝つ気かよ?」 確かに。 「でもまだ額紋章があるか……」 額→蒼き門の紋章。 「お前実は船ごと沈める気だろ。あんな広範囲の破壊的な紋章付けやがって、呼び出す衝撃だけで軽く転覆すんぞ!!」 …………そうだった。ここは海のど真ん中なんだった。 「こんな場面でボケてどうすんだよ……使えねぇな」 「何だって?」 さすがにこれは聞き捨てならない。何故なら。 「本はといえば僕の紋章を選んだのはエンじゃないか!」 自分は水と相性がよくない、と回復は普段僕にまかせっきりにするからずっと流水のまま代えられなかったし、どうせ紋章使うなら派手にいけ、派手に!とかノリで蒼き門どっかから持ってくるし…ノった僕も僕だけど。 実際陸ではそれで困らなかったのだが。ほとんどの敵は棍だけで倒せたし。 「んなもん臨機応変に自分で変えろよ!」 「海に関する準備は自分に任せろ!って言ったのは誰?!っていうかそこまで言うなら自分でやればいいじゃないか!」 「おお!言われなくてもそうするさ!」 「へぇ?どの紋章で?」 冷たい目でエンの紋章を見やる。 「どのって……」 左→大地の紋章。 「人のこと散々言ってたわりに自分はそれ?どこに大地が?土が?地面からこんなに離れたところでそんな紋章が何の役に立つのさ?!」 額→真行法の紋章。 「それに額のそれ!こんな狭い空間でどれだけ素早く移動する気なのさ?船の速度が上がるわけでもあるまいし、どういう意図でそんな紋章船旅に付けてきたわけ?!」 ぐっ…!シュラの弾丸のような責め苦にさすがのエンも一瞬詰まる。その隙にすかさず止めの一言。 「役立たず」 「それはお互いさまだ!」 船乗り達がワタワタと何かを必死で伝えようとジェスチャーをし始めた。 突然辺りが陰りだす。 「あー、もー。雲までかかってきちゃったじゃないか!」 「それはただの八つ当たりだろーが!!オレのせいじゃねぇ!!」 船乗り達の動きは更に激しくなり、その様はまるで踊っているようだ。 バッサバッサ 「「うるさい、邪魔するな!!!」」 二人同時に音の出所へと叫ぶ。即ち、頭上へと。 そこにあったのは、リヴァイアサンの顔。大きな怒声を浴びせられたリヴァイアサンの鋭い視線は完全に甲板にロックオンされている。 「「もしかして…怒っていらっしゃる??」」 キィィエエエエエ かなりご立腹らしい。 「あんたら何してんだあああ!!」 船乗り達の悲鳴を合図にするかのように、リヴァイアサンが大きく後退し、その翼を強くはためかせた。 風の刃が船を襲う。船体やマスト、帆に幾つかの裂傷が奔る。合わせて波が大きく唸った。 本当にや、ば、い。 「お兄―さま、ちなみに札は?」 「…すった」 「また賭博か、この駄目男――――!!」 あったとしてもそれで仕留められるか微妙だけど、ないよりはましと思ったのに…… エンの右手は火系な上に半封印中だ。だとしたら後あるのは…自分の右手。 不安はある。が、自分は戦時中紋章を使用しなかったわけではない。あの頃実際に紋章の暴走を許したのは近しい人が関わるときだけ。 心を強く保てば呑まれることはないはずだ。大丈夫だ。 右手に手をやる。一瞬だ。それで終わる。 「おい、待……」 「お手伝いしましょうか」 「え?」 エンがシュラの右手に手を伸ばす。しかしそれが届くより先に背後からかけられた声にシュラは動きを止めた。 「あんた遅ぇぞ。腕に覚えがあるならさっさと出て来いよな」 エンが手を引っ込め、新たに加わった青年に目を向ける。 「すいません。風系紋章を持っていると話したら問答無用で機関部に連れて行かれてしまったので」 飄々と姿を現したのは先ほど食堂で別れたアキ。丸腰だったあのときとは違って今は腰に二本の双剣を下げている。 「アキ…どうしてここへ?」 思いがけない助っ人の登場に呆然とした体でシュラが尋ねる。 「どうして…って乗っているのはあなた達だけじゃないんですよ。危なくなったら手を貸すのは当然じゃないですか」 心底意外というのが表情に出ていたのだろう。アキは呆れ交じりにため息を吐きながらシュラの隣に並んだ。 「何もかも自分で片付けようなんて思わないで下さい」 横っ面を叩かれた気分だった。昔から何人もの人間に何度も言われてきたことなのに、気が付いたらまた同じことを繰り返している。 全く自分は進歩してないなぁ…… 思わず苦笑をもらした。同時に気負っていた肩の力が抜ける。 「俺は雷鳴の紋章を宿してます。魔力にもそこそこ自信はありますよ」 アキは悪戯を思いついたような無邪気さでバンダナ越しに額のそれを指差した。続きは言われなくてもわかった。 「奇遇ですね。僕は流水の紋章を持っているんです」 「それはよかった。合わせていただけますか?」 「喜んで」 すぐさま詠唱の準備に入る。合体魔法使用に必要な長々とした手順を一つづつ踏んでいく。 その間にもリヴァイアサンの攻撃は休まることはない。海から水が柱のように立ち上る。 「おおっと、邪魔は許さねぇぜ」 船体に届く前にエンの放った炎の竜が水柱をとらえた。放ったのはただの烈火の紋章だが、やはりその下に宿した真の炎の紋章の影響を受けているのだろう。その威力は本来なら弱点となるはずの水を蒸発させ打ち払った。 「炎のスペシャリスト様を舐めんなよ!」 しかし相殺されてもリヴァイアサンは怯むことなく次々と攻撃をしかけてくる。今度の柱は細かく別れ、矢のような形状に変わった。一転集中ではなく、数勝負に切り替えたらしい。これは一人では無理だ。 「おい、てめぇらも協力しろ!自分達の船だろうが!!」 ちょうど突然抜け出したアキを追いかけて集められていた風系紋章者達が甲板に姿を現した。状況を見てとった彼らはすぐさまで風を放ち、降り注いだ矢を押し返す。 風と炎対水の激しい攻防戦が続く。 その隙に合体魔法が完成する。 「「雷神」」 二人の声が重なった。 空の神が海の神のおはする下界へとその鉾先を向ける。 ただし、その身の上ではなく、身と船との境目にある波間に。 「え?」 光が落ちた。轟音と衝撃。海が荒れ、船が揺れる。 波の収まるより早くエンがアキに詰め寄った。 「おい、何やってる!」 あれはどう考えても外れるタイミングではなかったはずだ。 「あれでいいんです。取り敢えず派手に威嚇して間を作りたかっただけですから」 エンの恫喝にもアキは怯む様子はない。確かに今の一撃の威力に敵も警戒しているのか、攻撃の手は止まっている。膠着状態だ。 「でもここからどうする気なの?」 「話し合いで、お引取り願うんですよ」 「ほお、面白いこと言うなぁ?が、今はそんな冗談に付き合ってる暇はねぇんだ」 エンの目は真剣だ。そこには常にある物事を面白がる色は全くない。乗客全員の命が掛かっているのだから。 「当たり前です。俺は本気ですから」 「馬鹿か、てめぇは。さっさと打ち直せ。死人が出る前に」 エンの声音がはっきりと険を含んだものに変わった。このままではいけない。 「アキ、それは理想的だけど僕もやっぱりさっきの攻撃で仕留めておくべきだったと思うよ」 アキが何を考えているのかはわからないがここは彼に退いてもらう方が得策だ。 「できません」 僕達二人を見返すそのアキの目もまた劣らぬ決意の色を帯びていた。彼は繰り返して言う。 「何と言われても攻撃はしません」 ドクン 刺激を与えるな また、だ。 相手を射抜くような強い意思の篭った言葉。 それはシュラの中に眠る何かを呼び起こす。 その間にもエンとアキの攻防は続いている。 「何でだ!」 「彼は無闇に人を襲う生き物ではありません」 あれは敵ではない 「海の守神と呼ばれるだけの理知性を有しているんです」 彼らには知能がある 「昔の船乗りは誓いの詞を立てることで難を逃れました。同じ海に住むものとして共存できていたんです」 大丈夫だ。同じ海に住むものならわかる 「必ず退かせてみせます。だから、信じてください」 信じて待て 言葉がダブって聞こえる。もう一つの声が消えない。 「信じろって……シュ、じゃねぇユラ、お前はどう思う」 「僕は」 僕は 「信じるよ」 あなたを信じるよ イメージと同じように僕は応える。 「イカレてやがるぜ、お前らは」 エンが投げ出すように呟いた。そこには先のような剣呑さはない。何だかんだ良いながらも真摯なアキの説得に感じるものがあったのだろう。 エンはやはり真性のギャンブラーだ。確信はなくても、とりあえずアキに賭けてみる気になったということだ。 そしてその賭けは必ず成功する。今の僕は確信している。アキの言うことが嘘でないこと。リヴァイアサンが敵ではないこと。 それがわかるから僕は彼に船の運命を託せられる。 | |
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だけど、それ以上に知りたいんだ | |
| アキが何者なのか | |
| 脳裏をチラつく彼が誰なのか | |
僕はただ、それが知りたい |
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| to be continue… |
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