++6.追憶(前編)++





 真っ暗だ

 目が、耳が、とてもぼんやりしている

 ふわふわ

 心もとない浮遊感

 地に足がつかない

 そもそも天も地も、ここには存在してはいない



 ここは、不思議なところだった



 暗いのに、あちこちに光の玉のようなものが浮いていた

 目を閉じても、開いてもそれは見える

 じっと見つめると、光の玉の中には見知らぬ色々な映像が映し出されていた

 ある光の中では、真っ黒い目に、真っ黒い髪の男がほんの一瞬、口元を綻ばせた

 また一つの光の中では、オリーブ色の髪を肩で切りそろえた凛々しい顔の青年が、心配そうな顔を向けていた

 そしてまたある一つの光の中では、栗色の髪をした柔らかな雰囲気の青年が、寂しそうに真っ青な目を伏せていた


 これら三つは見たと言うより感じているという感覚の方が正しいかもしれない


 現に、三人の顔はあまりはっきりイメージできない。


 そして一番近い光の中では、明るい鳶色の髪をした少年。
 彼はわかる
 よく知るあいつが、泣き笑いのような奇妙な表情でこちらを見つめるのが唯一はっきり見えた



『……!!!』



 彼らは皆、僕の方を向き
 僕に向かって呼びかけていた

 シュラではない名で


 何?

 聞こえない

 何なんだ!

 何が言いたい!

 僕は君達なんか知らない

 僕の名前はシュラだ

 他の名なんて知らない

 知らないんだ

 知らないはずなのに



 テッド

 どうしてお前までそこにいるんだ?

 お前は、知ってるのか?






 光の玉が渦巻き、けれどそれは交わることなく、一つの形にまとまることがない。
 バラバラバラバラと。
 断片だけが目の前をちらつく。

 苛々する

 わかりそうで、わからない

 つかめそうで、つかめない

 それでも必死で追いかける。
 掴める光を目指して、どんどん下へ、下へと落ちていく。
 ずっとずっと落ち続けて、光の玉の数が減ってきた。
 僕の中に不安が落ち始めたそのとき、それは現れた。



 動きの違う光の群

 上下に動くこれまでの光と違う

 それらは螺旋状にクルクルクルクルと回っていた

 回りながら落ちていく光の玉たち

 その中に、一つ

 動かない光

 真っ直ぐ真っ直ぐ僕は落ちていき

 そして触れた



********



「あいつは、いったぞ」
 テッド……の声?
「そう、みたいですね……」
 ではこっちの声は?
 でも、これも、知っている?

 話し声が聞こえたことで、徐々に五感が正常に活動し始める。
 まず、耳が背景の音も捉えた。
 ザザーン……ザーァー
 何の音だ?

 目も完全な闇から、やや薄ぼんやりとした暗闇を捉えるほどに回復する。
 辺りは夜明け前のようで、霧もかかっているようだった。

 身体は先とは少し違う感覚だが、相変わらずふわふわ揺れている。

 更なる状況把握の為、目を凝らす。
 自分は、柵らしきものに寄りかかっている。
 そして目の前に広がるものは、水。
 海?
 じゃあさっきのは波の音か。
 そういえば、僕は今船に……
 誰と?
 テッドと?
 ああ、まただ。
 喉元まで出掛かっている気がするのに、イメージが形にできず、まとまらず、混乱するばかりだ。

「何となく、そんな気はしてました」
 もう一人の声の主が隣に並び、海の向こうを臨む。
 風が吹き、髪に隠れていた青年の顔が露になる。
 随分整った顔立ちをしている。
 特に目が綺麗な青色で、海の色と比べても遜色が無いくらい、透き通っている。
 最近、同じようなことを思った気がする。
「お前、あいつを追う気か?」
 再びテッドの声。
「いけませんか?」
 青年が答える。
 そこで身体が後ろを振り返る。

 おかしい。
 確かに僕は周囲の様子をもっと見ようかなとは思った。
 だが、まだ向きを変えようした覚えはない。
 自分の意思と関係なく動く身体。
 そして何より。
 テッドの姿が見当たらない。
 青年同様、こんなにはっきり声が聞き取れるというのに、姿が見えない。
 というより甲板には、青年以外の姿がない。
 テッドはいない。
 いるのは、彼と…僕だけ。
 そう言えば、僕はどうして声を出さないのだろう。
 というより出せない。
 何故?

「自分の立場わかってんのか?」
 答えは、口も勝手に動いてるからだ。
 発された声を耳で聞き、確信した。


 この場にいないのは、テッドじゃない。
 僕だ。



 テッドの中に、僕の意識だけが同調しているんだ。



「別に今すぐじゃなくてもいいんですよ。この戦時に全て放っぽりだすほど無責任に見えます?」
「お前が無責任だろうがどうだろうが俺には関係ない。けどいつにしても、あいつを追うのはやめとけ」
「嫌です」
 何故こんなことになっているのかさっぱりわからないが、話している内容もさっぱりわからない。

 だが、そこから一つだけ、多分だが、わかったことがある。
 おそらく同調相手は、厳密に言えばテッドではない。


 右手にある、ソウルイーターと、同調しているんだ。


 もし右手の中のテッドの魂と同調しているなら、テッドの思念がわかるはずだ。
 だが、それはさっきから何一つ伝わってこない。
 それに、僕は一度、ソウルイーターに操られたことがある。
 思い出すも忌まわしい、テッドの命を奪ったあの時。
 自分の中にもう一つ、別の存在を感じた。
 全く持って気に食わないが、その感覚と少し似ている。今回はその逆だが。
 ソウルイーターは、いつも宿主の中にいて、きっと全てを見ている。
 テッドが紋章を持っていたときも、それは同じだったのだろう。
 僕は今、テッドの目を通して、状況を観察していたときのソウルイーターの記憶を辿っている。


「だったらお前あいつのことを具体的に思い出せるか?」
「そんなのは当たり前で……」
 向かいに立つ青年が口を澱む。


 グルリ。
 視界が螺旋状に回転したような不思議な感覚。




 次に視界に映ったのはテッドの顔。
 ?
 おかしい。さっきはテッドだったはずなのに、目の前にテッドがいる。
 逆にさっき目の前にいた青年の姿は見えない。

『彼はどんな姿だった?髪の色は?目の色は?どんな声をしていた?』

 これは誰の声だ?
 いや、これは声だろうか?耳というよりも、頭に直接響いているような。
 手が額へと動く。
 自分の意思ではない。けれどもさも自分がしているかのような感覚。
 視界に入った手、服は先ほど見た茶髪の青年のもの。

 もしかして今度はこの青年と同調している?
 しかし何故?
 テッド、というかソウルイーターと同調するのはわかる。
 テッドの魂も、ソウルイーターも右手にいて、僕と繋がっているから。
 では彼は?

『思い、出せない……あんなに見ても話しても印象的だと思ったはずなのに、面影が、どんどんぼやけていく?』

 そしてテッドのときには聞こえなかったこの……思念?
 だろう。
 さっきから、口を開いている感覚は無い。
 それでも彼の考えがわかるということは、彼の思念を感じ取っているとしか考えようがない。

 ならば更に何故?だ。
 テッドの思考はわからないのに、青年の思考は伝わってくる。





この青年は一体何者で




そして僕とどういう関わりがあるのだろうか?





to be continue…




backtopnext