++6.追憶(後編)++





「どう、して?」
 僕の困惑を他所に、彼は別の部分に困惑しながら話を進めていく。
「わからないんだろ?でもまだ俺やお前はまだマシな方だ。他の奴らはもっとどんどん忘れていっている」
「皆あんなに彼を慕っていたのに?」

『いなくなれば忘れてしまおうというのだろうか?』



 グルリ。
 再び視界が反転。
 今度はテッド。
 目線の少し上に栗毛の青年。
「そういう問題じゃない。多分意図的なことじゃないんだろう。人は覚えているつもりでも日常生活を送る内に多くの記憶を削除している。生きていく上でそれは自然で、必要な行為だ。今回はそれが皆の中で当てはまってしまった」
「それはどういうことなんです?」
 青年が理解不能という風に頭を振る。
「あいつはきっと元々ここにいるべき存在じゃなかった」
 あいつとは誰だ?
「少し、船長と似ているのかもしれない」
「似てませんよ!あんな悪質な醜いコレクターとどこが似てるって言うんです!!」
「違う。性格とか見た目とか、そういうんじゃない。お前、船長の姿・形も明確に思い出せなくないか?」
「生憎ですけど、俺は普段は顔や特徴を捉えるのは得意なん……」
 言いかけて青年が口を噤む。
 次に眉間に皺がよった。
「安心しろ。お前がど忘れしてるわけじゃない。長く一緒にいた俺も同じだ」
「何故そんなことが?」
「船長は、こことは別の世界から来たと言っていた。そしてこの世界にいるにも拘らず、こことは切り離された結界の中に存在していた。それは俺を閉じ込める為だけじゃなかったということだ」
「?」
「船長はあの結界の中でしか存在できなかったんだろう。船長は異世界の住人で、ここで存在を認められてなかったんだ。世界の意思か、真の紋章の意思かは知らねえが、船長はここと……そうだな。波長があってなかったんだ」
「意味がわかりません」
「俺にもうまく言えない。けど、多分そういうことなんだ。波長が合わせられなかったから、結果外では皆の意識にはっきりと残らない。あいつもきっと同じなんだ。異世界の住人かどうかはわからないが、俺達とは違う存在だからここと完全には適合できなかった。お前は感じなかったか?あいつの違和感に?」

 さっきから一体何の話をしているんだ?
 こんな話を聞かせて、一体僕にどうしろと言うのだろうか?
 そもそも誰の意思で、僕はここにいる?



 グルリ
 そしてまた視界が反転する。
 目を開けると目線の少し下にテッドが見えた。
 今度は青年。
 彼の声が耳に流れ込んでくる。

『言われてみて初めて色々なことに思い至る。
 そういえば意図的に視界に捉えているときや声が聞こえるときは自然と目立つのに、意識していないときは驚くほど彼の存在は目に付かなかった。
 振り返ってすぐそこに彼がいて驚いたり、誰も彼の居場所がわからなかったり、ふとした瞬間に姿を見失ったりした。
 彼には驚くほど気配というものがなかったのだ。他人から認識されない限り、彼がわからなかった』

「そうだ。あいつは人よりずっと存在感がなかった。本当にそこにいるのか、いないのかわからないくらいに」

 いるのかいないのかわからない?
 それは今の僕も、同じ状態じゃないのか?



 グラリ
 かつてなかったほど、視界が揺れる。
 グルグルグルグルグルグル

「あいつもきっと波長が合ってない奴だった。けど、それを無理やり合わせて、本当ならここにはないはずの実体を、何らかの力でなんとか保ってたような、不安定な感じを受けた」
 今はテッド。

「いつから、気付いてたんですか?」
『俺はそんなことわからなかった』
 今度は青年。

「ソウルイーターが時々おかしかった。食おうとしてる感覚とはまた違う、変な反応だったんだ。もしかしたら、幽霊とかそういう類だったのかも」
 テッド。

「幽霊はあんなに生活感漂う生き物じゃないでしょう」
『それに幽霊なんていやしない』
 青年。

「例えだ。どっちにしてもそんなだから人の意識に長く残らない。本体が消えてしまった今、尚更記憶を止めることは」
 テッド。

「『俺達は覚えているじゃありませんか!』」
 青年。



 グルグルグルグルグルグルグルグル

 意識があちこち混戦してる。
 視点が目まぐるしく入れ替わって、自分の立ち位置が益々わからなくなっていく。

「多分俺達が特別あいつに囚われていたからだと思う。あいつが何だったのかは俺にはわからない。でも」
 何?
「きっと、もっと忘れていく」
 忘れる?

 どこの何ともわからないまま。

 その人間は。

 皆から忘れられて?

 じゃあその人は、初めから存在しなかったのと同じじゃないのか?

 いたはずなのになかったことになって、消えて、なくなってしまう?



 それは。

 そんなのは。




「俺は忘れない!」

 青年が、叫んだ。

 回転が止まり、青年の立ち姿だけが、目の前にあった。


「既に姿形、声の記憶が薄れててもか?」
「はい。彼のことを、絶対に忘れたりしません」
「……まだ、覚えてるか?」
「当たり前です」


「彼はナギ。共に海で生きた僕の恩人です」


 彼が、微笑んだ。




 ナギ

 ナギ



 僕を呼ぶ、柔らかい声。

 それは、前にも。





 ああ、そうか。


 そうだったのか。



 ナギ。


 ナギは――僕のことじゃないか。




「探しても無駄だ。もう、遭えない」
「諦めません。異世界の住人なら異世界まで、幽霊ならあの世まで」
「おいおい」
「どこにいても、例え何年かかっても、必ず会ってみせます」
「諦めない、か」
「はい」
「……そうだな。会えるなら、もう一度くらいなら会ってもいいかもな」
「会えるなら、じゃなくて探せばいいんですよ」
「無茶言うな。んな簡単にいくわけあるか」
「ふふん、テッドは自信が無いだけでしょう」
「何!」
「まぁ確かに万年引き篭もりには荷が重いでしょうけどね」
「っっ!!っっ……っとぉっっ!!その手には乗らねえぞ」
「とか何とか言って、この戦争が終わったら探す気満々の癖に」
「うるさいっ!!」
「どっちが先に見つけるか競争ですね」
「付いてくんじゃねえっ!!俺に構うな!!」



 テッド

 アキ

 間違いない。
 これはテッドの、アキの、紋章たちの記憶。

 僕が、ナギが、消えた後の記録。


 ナギはいた。

 確かに、居た。

 多くの人に出会い、そして別れ、戻った。


 トロイ、コルトン、フレア、ヘルムート、アキ、テッド

 僕の魂が出会った人たち。

 ああ、どうして忘れていたんだろう。

 全部、思い出したよ。

 もやもやの霧が晴れていく。



 見つけた。

 僕の、魂の記憶



********



「おい、こいつは一体どうしたんだ?」
「わかりません」
 事態が収集するのを待たず、シュラをベッドに運んだ後、エンとアキはどうすればいいかわからないまま、シュラが目覚めるのを只管待ち続けていた。
「お前の紋章と関わりがあると思うのは間違ってたか?」
「……本当にわからないんですよ」
「チッ……待てよ。そういや前にも似たようなことがあったな」
「本当ですか」
「ああ。その前に確認させろ」
「何です?」
「お前、こいつにもっと前にも会ったことがあるな?」
「……はい」
「そうか。なら呼べ」
 アキはベッドの脇に足を付き、投げ出された右手を厳かに握り締め、呼ぶ。
「ユラ」
 しかし反応はない。
「あ、言い忘れたけどそれ偽名」
「あの、そういうの、早く言ってくれません?」
 すごく恥ずかしいんですけど。
「こいつの名前は」
「あ、待って下さい」
「何だよ」
「やっぱり言わなくていいです。それは本人から聞きたいので」
「じゃあどうすんだよ」
「いえ、わかったんですよ。もしかしたらですけど、彼が今どこにいるのか」
「マジで?じゃあさっさと呼び戻せ」
「情緒がないですね。まぁいいですけど」

 ふざけた空気をかき消して、再度シュラの右手を左手で握り締める。
「約束を果たしに来ましたよ、ナギ」

 キィィィィィ

 アキの叫びに呼応するかのように。

 再び紋章が、啼いた。

 今度はアキの左手が。
「あ……やばいです。俺も行くみたいなんで、後、頼みます」
「っておい、こら!!」
 エンの叫びも虚しく、部屋にはもう一つ意識不明の身体が一つ転がった。



********



「記憶が戻ったのはいいんだけど、ここどこ?」
 取り合えずあの暗くて、光の玉の渦巻くところまでは帰ってきたようだが、来たときに見た上に続く光の玉が見当たらなくなっている。
 もしかして、こんなとこで迷子?
「誰がこんなとこ呼んだかわからないけど不親切すぎる。これじゃ帰れないじゃないか!」





「迎えに来ましたよ」
「は?」
 ついさっき熱く『何年でも探す』と語っていたばかりの人間が、にこにこ笑顔で目の前にいるってちょっと複雑だ。
「ええとー、アキ?」
「はい。ちゃんと会いにきましたよ。約束も、思い出していただけました?」
「……あー、うん」
「取り合えず一緒に帰りましょう、ナギ」
「…はい」
 自然に差し出された手を思わず握る。
 が、よく考えたらこれはちょっと恥ずかしい気がする。
 僕って今何歳だっけ?
「どうかしました?」
 下を向いていると、普通に尋ねられた。
 どうやら彼の方は何の違和感もないらしい。
 まぁ、いいか。
「あ、ちなみに僕の本名シュラだから。ナギって呼びたかったら、それでもいいけど」
「いえ、シュラと呼びます」
「そんな簡単でいいの?」
「いいんですよ。名前より本体です」
「本体って」
 かなりどうでもいいことを延々と話しながら、只管テクテクテクテク螺旋階段を歩いて行く。


「ああ、見えましたね」
 そこにあったのは行きに見たのと同じ、上へと点在する光の玉たち。
「これを辿れば、戻れますよ」
「ありがとう。じゃあ、また後で」
「ええ、また後で」
 手を振って束の間の別れを告げて、僕は上へ、上へと上がっていった。





そんな二人が目覚めてまず交わした会話は




かなり遅くなったけど、アキ。久しぶり。


はい。そしてこれからもよろしくお願いしますね、シュラ。




普通なら掠りもしない互いの道


遥かなる時を越えて、ここから彼らの道は再び



交わる





to be continue…




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